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零地帯  作者: 三間 久士
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北のバカブ神その10(回復)

10・回復


 「で、だ。

ニコ、お前が逃げてきた町が、フレイユの城下街だとしてだ、クレフは城に居ると思うか?」


モルガンの用意した食事を、アレルはベッドに腰掛けたまま静かに右手、手づかみで食べていた。

あまりの静かな食事風景に、回復にはまだ時間がかかりそうだとニコラスは判断しつつ、テーブルの上で食後の薬を用意し始めた。


「そうだ、ニコラス。

試したい薬って、今あるのか?

レビアから、お前が新しい薬を調合したって聞いたぞ。

あるなら、俺様が試してやるから、出せよ」

「薬草と、回復呪文を合わせてみたものなんですが・・・

効く保証はありませんよ」

「今までのジャガー病の薬も、まずは俺が試してんだから、いいんだよ」


なるほど、アレルさんの体質は、治験の第一段階にはもってこいなのかもしれない。


そう納得して、ニコラスは薬の調合を変え始めた。

その間にも、アレルはどんどん食べていく。

右手で鷲掴みにして食べているぐらいなら、アレルのいつもの食事風景に慣れているニコラスにしてみれば静かなものだが、モルガンはあからさまに嫌悪感を示していた。


「確実だとは言い切れないんですが、あの夢を見た後なので・・・

僕をあの結界外へ導いてくれたのと、ユニコーンで逃げていた僕たちをこの家に導いてくれたのは、多分、師匠の・・・妹さん?弟さん?」


小首をかしげたニコラスに、モルガンが答えた。


「ルイです」

「あの二人には性別がありません」


フェイの言葉に驚いたニコラスは、勢いよくアレルを見たが、アレルは驚くそぶりもなく平然としていた。


ああ、そうか、アレルさんは師匠の覗きの常習犯だから、知っていたんだ。


と、ニコラスは変に納得してしまった。

そして、薄暗い森の所々に現れ、指を差して誘導していたの者の姿を思い出した。

森の暗さではっきりとは見えなかったが、目深に被ったフードのシルエットはクレフに似ていたと思った。

しかし、唯一はっきり見えたのは、フードの下の青い瞳だった。

その瞳はクレフとは違い、しっかりニコラスを見ていた。

クレフより力強く、クレフより悲しげだったとニコラスは思った。


「何で捕まえなかったんだよ」


食欲はしっかりあるようで、アレルは空いた皿をニコラスに見せて、お代わりをアピールした。

すぐにお代わりをよそって手渡すあたりが、阿吽の呼吸だ。


「師匠だったら、そんな回りくどいことしませんよ。

それに、アレルさんを助けなきゃ!

って、それしか頭にありませんでしたから」

「坊主に助けられるようになっちまうとはな」


乱暴な口の聞き方ではあるが、口の端がうっすらと上がっていたのをニコラスは見逃さなかった。

アレルの食欲はモルガン達の想定外だったようで、外からもぎたての果物が籠いっぱいに盛られてきた。


「誰だ?」

「ココットです」


篭を抱えてきた少年がココットだと聞いて、アレルは驚きを隠さなかった。

丸みを帯びた顔に、くりくりとした茶色の瞳と、クルクルとした金色に近い薄茶色の髪、何より特徴的だったのが、唇から少し覗いている大き目の二本の前歯だった。


「おれっチだって役に立つんだぞ」


得意げに笑って、ココットはアレルの脇に篭を置いた。


「それは、あの子たちの好きだった、水薔薇の実です」


その篭の横に小さな小さな篭が置かれ、説明をしたフェイの声が、どこか懐かしむように聞こえた。


そこには赤黒く輝く、小さな実が沢山入っていた。

初めて見る木の実を、ニコラスはそろそろと口に運んだ。

そっと噛み締めると、口いっぱいに甘酸っぱさが広がった。それはくどくなく、口の中がサッパリとする甘さで、ニコラスも気に入った。


「とりあえず、俺は城に行く」


右手で大きな果物を持ち、口で皮をむいて頬張る。

アレルの姿は野生児そのものだった。 


「・・・城」


何かを忘れている。

何かが引っかかる・・・

母さんが言っていた『姫様の城』ではなく『夜の城』だろう。

けれどまだ何か・・・


ニコラスは記憶の片隅にある『引っかかり』を思い出そうと考え込んだ。


「城へは行けないでしょう」


モルガンの声に、アレルの食事の手が止まった。


「城下町と城は異なる結界が張ってあり、それぞれ治める者が違う。

城下町は『死の神アープ・チィム』が治める、死者の為の町。

命ある者が一歩踏み込めば、その灯を消されるだろう。

お前達は幸運だったのだ。

死神と剣を交え、命があったのだから」

「だから、もう帰れって?」


この声は、「良くない声」だ。

アレルの声を聴いた瞬間、ニコラスはがっくりと肩を落とした。


「城は、あの惨状からどうなったのか私達もうかがい知れないが・・・」

「あ!」


ニコラスは思い出した。タイアードを運んできた兵士の言葉を。


「姫様が報告を受けていました。

確か・・・

目的の城への潜入に失敗したこと。

遠征は問題なかったけれど、件の国と城は別々の結界が張ってあって、所有者も別々で・・・

お互い、干渉しないようにしているようだと」


兵士の言葉を思い出しながらも、タイアードの事には触れないようにしなければと、ニコラスは言葉を選んだ。


「・・・レビアが動いてたか」


そんなニコラスを、アレルは目を細めて見ていた。

その視線に隠し事を見抜かされているようで、ニコラスは嫌な汗をかいた。


「ってことは、ジャガー病関係か・・・

そろそろ新月だな」


舌打ちすると、アレルはじっとニコラスを見た。


「城では、ジャガー病の研究が行われていました。

研究者の筆頭は、城に仕える魔導師ドレイク。

あの子たちの両親を殺したのも、その男です。

死の神アープ・チィムが現れたのは、あの子が姿を消して少ししてからでした。

チィムは、月の女神の力が一番弱まる新月に、死者の魂を聖樹の下へと誘うため地上から姿を消します」

「なぜ、新月に力が弱まるんですか?」

「太陽が輝く朝は、地上は光りの力に満ち溢れていますが、闇に包まれる夜は魔のモノたちが動き易い時間です。

そんな大地を守るのが、月の役目。

ただ、地上で太陽が輝いている時間、月は地下のモノたちに休養を与えます。

しかし、ずっと力を使っていられるはずもなく、日に日にその力は弱まり、丸一日力を失う日があります。

そんな日は、地上にいる魔のモノは見張り無く暴れることが出来、地下の魔のモノたちは休養なく不安が広がります。

そこで、神官が暴れるモノを諌め、死の神が地上の死せる魂を導き地下へ下り、その姿をもって地下を率いるのです」


ニコラスの質問に、フェイはしっかりと答えた。

が、その説明はアレルには半分も理解できていないようだった。

クレフを師に持つニコラスも、自分なりに理解するのに必死だった。


「つまり、もう少しすりゃ、あの黒いのは暫く居なくなって、レビアの力は使えないってことだろ。

まぁ、レビアはその日は丸一日結界の中だがな」


タイアードの治療で力を使い切ったレビアが、今度の新月までどこまで自身を回復出来るか、ニコラスは心配になった。


「おい、ニコ。

レビアのことは心配するな。

あいつは何があってもどんな状態でも、新月の時は大丈夫だ」


ニコラスの心を見透かしたかのように、アレルはいつものように悪い顔で笑って見せた。


「とりあえず、俺は行くぜ。

ニコはどうすんだ?」

「あ、え・・・」


帰れ。


その言葉を予想していたニコラスは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔でアレルを見た。


「ジャガー病が絡んでるとわかっちゃ、お前、引かないだろう。

ま、タイアードの訓練に実戦、だいぶ強くなったじゃねぇか」


そんなニコラスの顔を見て、アレルは柔らかく笑った。


「もちろん、一緒に行きます!」


純粋に嬉しかった。

アレルに認めてもらえたと、ニコラスは素直に喜んだ。


「ただ、俺に何かあったら置いていけ、構うな。

直ぐにレビアの元に戻ってそれまでの事を報告しろ。

それがお前の仕事だ、いいな。

ココット、ニコラスが俺の言いつけを破ろうとしたら、噛み付いてでも引きずって逃げろ」


それが条件だ。


と厳しく言われ、ニコラスは神妙な顔で頷いた。


「話しがまとまった所で報告しよう。

何者かに結界が破られた。

数分で此処に到着するだろう」


モルガンの報告に、空気が一気に緊張した。


「これをお持ちなさい。

水薔薇の実を使った飴です。

水薔薇は綺麗な水中に咲き、その実には神経麻痺を和らげる効果があります。

痛みへの効果は即効性がありますが、持続時間はもって二時間程です。」


フェイが差し出した袋を受け取り、アレルは早速2粒口の中に放り込んだ。

それを見て、ニコラスはアレルの体の左側がまだ痺れていることに気が付いた。


「条件、忘れんじゃねぇぞ」


何か言いたそうなニコラスを、アレルは歯を剝き出して威嚇した。

静かに立ち上がる顔が歪んだ。


「来た」


モルガンの声に被さるようにして、家が大きく揺れた。


「ニコ、前言撤回!

結界を張って隙を見て逃げろ!

ココット、頼んだぞ!」


叫ぶと、アレルは黒い翼を広げて窓から飛び出した。



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