表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零地帯  作者: 三間 久士
76/137

北のバカブ神その8(目覚め)

8・目覚め


「で?

俺達に何をしろって?」


瀕死のアレルの治療のためにベッドを借りて丸二日。

目を覚ましたアレルの機嫌は、顔や雰囲気から手に取るように分かるほどに、とても悪かった。

ニコラスが召喚したユニコーンは、結界を出てまた新たな結界に入るも、何かに導かれるままに森を疾走し、大きな泉のある広い場所にでた。

その泉のすぐ横に、小さく古い家があった。

躊躇はしたものの、アレルの呼吸も弱く、顔色も悪かったので、ニコラスはこの家に助けを求めた。

瀕死の状態から丸二日。

寝ている間にいつもの姿に戻ったアレルは、今ではベッドの縁に腰掛け、自分で左肩から腕の包帯を巻き治しながら、目の前の二人の女の人を睨みつけていた。


「人間という種族は、礼儀を知らない者が多い」


線が細く美しい二人の女性は、時としてその姿を景色の向こう側に透けさせていた。

よく似た二人の女性は、泉の傍に住む妖精フェイと、モルガン・ル・フェイという水の妖精だった。


「アレルさん、僕、今回は本当に駄目かと思いましたよぉ。

傷が酷いのはいつもの事ですけど、いつもより重傷だし、重症どころか瀕死だし、半分ぐらいジャガー病発症しちゃったままだし、寝てる間に体はいつものサイズに戻っていくし・・・

僕一人じゃ、無理でしたよぉぉぉ。

ちゃんと、モルガンさんとフェイさんにお礼を言ってください」


アレルが目を覚ましホッとしたのか、ニコラスはアレルの膝元に泣き捲し立てた。


「あんな夢をみせといて・・・

ニコも見たか?」


凶悪な表情で、包帯に悪戦苦闘したまま、ポソっと聞いた。

ニコラスも、アレルの太ももに顔を埋めたまま小さく頷いた。


「何故でしょう?

私達にも分かりませんが・・・

『あの子たち』を貴方たちには解ってもらいたかったのかもしれませんね」


包帯に苦戦しているアレルに、フェイが手を貸しながら言った。

慌ててその手を弾こうとしたアレルに、フェイは優しく言って包帯を巻いていった。


「大丈夫です。

私達は魔物でも動物でも人間でもありません。

ジャガー病は感染しません」

「・・・すまない。

ありがとう」


溜息と共に怒りを納めたアレルは、やっとニコラスへまともに視線を向けた。


「大丈夫です。

アレルさんを運んだのは召喚獣のユニコーンだし、看病してくださったのは、こちらのお二人ですから。

僕はアレルさんには触れてませんよ」


向けられた視線の意味を即座に理解して、ニコラスは素早く体を起こしアレルと距離を取った。


「お前、ろくに寝てないだろ」


自分の左右の目の下をなぞって、ニコラスを指差した。

隈を指摘され、ニコラスは慌てて顔をこすった。


「血には触れてませんよ。

それに、ジャガー病の看病は慣れてます。

ここには薬の素もありましたから」


ジャガー病の看病に関する知識は、薬を含めてそこいらの医者には負けない自信があった。


「あの黒ずくめの方と戦っていた場所とは違う結界が張ってあって、そのお陰もありますね」

「そうか・・・

すまない、すっかり世話になってしまった」


包帯がすっかり巻き治されると、アレルは再度頭を下げた。

その素直さに、ニコラスは少々驚いた。


「ニコ、お前の煩い友達は?」

「ココットですか?

ココットなら、外に木の実を採りに行っていますよ」

「・・・クレフはどうした?」

「それが、数日前から姿が見えなくて・・・

姫様に伺いに行ったら色々とありまして、僕も飛ばされたんです。

それで、なぜあの姿だったんですか?

思いっきり迷惑を被った僕には、聞く権利があると思います」


何となくだが、レビアたちの状況やシンの事は黙っておいた方がよさそうだと、ニコラスは判断した。

ニコラスが強く言い切ると、アレルはベットの上に胡坐をかき、そっぽを向いた。


「・・・コントロール」

「は?」


そっぽを向いたままポソっと出た言葉を、ニコラスは耳に手を当てて聞き返した。


「炎のコントロールを、もちっとマシにしようとしてたんだよ」


不貞腐れたアレルの言葉に、ニコラスは数日前のクレフとアレルの痴話喧嘩を思い出した。


「スーラの国で行われてたジャガー病の研究所に、体内の細胞を若返らせる『若返りのお茶』があったんだよ。

まぁ、研究で出来た副産物だわな。

今までも、炎のコントロールは出来るように修行はしていたんだよ。

でも、これがなかなか・・・

で、こないだ『若返りのお茶』なんてアイテムが手に入った訳だ。

使わない手はないだろう?

今よりチビだった時の方が炎も弱かったから、何とかやれると思ったんだよ。

ただ、万が一を考えて、結界は張らないといけねぇ。

けど、月の周期でジャガー病も一進一退するから、レビアの結界は使えないんだよ」

「いつもは、誰に結界を張ってもらっていたんですか?」

「張ってねぇよ。

やばくなったら、ガイが止めに入ってたからな。

ただ、今回は別件でガイも動いてるから、言わなかったんだ。

でだ、レビアから

「北の氷で閉ざされた場所でやれば、被害も最小限ですむでしょう」

って、いつものごとく飛ばされた訳だ。

まぁ、チビの俺が出す炎なんざ、たかが知れてるからな。

そのうち食料が切れて森をさ迷って・・・

あいつとご対面ってわけだ」

「で、成果はあったんですか?」

「ぼちぼち。

で、クレフはここには?」


気を取り直したのか、言ってすっきりしたのか、アレルは二人の女性を交互に見た。


「あの城で、盲目の神官と共にこの国を出て行きました、それ以来、戻ってきていません」

「あの城下町はあの時以降、魂が集まる『死の国・フレイユ』となった。

命ある者は居ない」

「僕が逃げて来たのは、竜巻に襲われた城下街だったんでしょうか?

実は、ちょっと不思議な体験をしました・・・」


夢の中で見た幼いクレフは母親そっくりだったが、雰囲気はモルガンに似ているとニコラスは思った。


「あの城下町は、それぞれの『想い』で成り立っている。

町並みも家も、皆自分の『命在りし頃』の一番思い出の色濃い時が反映されている。

あそこに居るものは、時が来れば聖樹の元へ旅立ち、長い眠りにつく。

その眠りの中で現世の総てを洗い流し、来世へと転生する。

思いを深く残した者は長く留まり、己の死を理解していない者も居る。

あの城下町で心安らかになり、下界へと降りれば、来世への転生の時間も短くなる」

「あの城下町は死んだ者が、己の『負』と向き合い消化する場所でもあります。

『心残り』を上手に昇華できなければ、その魂は悪鬼となり人間に害をなすようになります。

だから、命ある者の立ち入りはもとより、もちろん接触も禁止されています」

「命ある者との接触は、現世への未練を残す。

それが愛した者なら、なおのことだろう」


見覚えのある部屋で当たり前だ。

見覚えのある景色で当たり前だ。


ニコラスは自分の手が震えているのが分かった。

握り締めた拳に、脂汗が溜まった。


確認したい。


しかし、ニコラスは口に出すのがとても怖かった。

ニコラスは思った。


緩やかに『過去』を過ごし、『現世』を消化していたあの人の『時』を、僕は狂わせてしまったんじゃないのかな?

僕を抱きしめてくれたあの温もりと、届いてしまったあの時の呟き・・・


「あの人は・・・

母さんは・・・」


ニコラスアはこの言葉を口にするのが精一杯だった。


「オラ!」


そんなニコラスの横腹に、アレルが荒々しく蹴りを入れた。

怪我をしているため、威力は皆無だったが、ニコラスの体を揺するにはちょうどよかった。


「タイアードの片腕と言われた男が選んだ女だぞ。

ましてや、あ・の・レビアの直属でジャガー病の研究をしていたんだ。

お前なんかに心配されるほど、弱い心は持ち合わせちゃいねぇえよ。

心配する方が迷惑だ」

「・・・アレルさん」


心底面倒くさそうにアレルに言われ、ニコラスはキョトンとしたものの、次には悪餓鬼の様に笑いかけられた。


「会えたことを、素直に喜んでおけばいいんだよ」


言われて、ニコラスは別れ際を思い出した。


時が止ればいいのに・・・


悲しそうなあの呟きも、僕を忘れずに愛してくれていたからだ。


力強く自分のために祈ってくれたこと、笑顔で送り出してくれたことを思い出して、自然と目元と頬が緩んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ