北のバカブ神その7(モルガンとフェイの夢語り)
7・モルガンとフェイの夢語り
私はモルガン。
この森の泉に住まう者。
ある人物の話をしよう。
あの者は銀糸の長い髪と、この国特有の透き通るように白い肌をもった、城に使える優秀な魔道召喚師だった。
幼い頃から私たちが視えていたあの者は、時折私たちの森に来ては何も語らず、小屋の外にある泉に足を着け、静かな時を過ごしていた。
ある日、あの者が右足に深い傷を負い、初めてこの小屋のドアを開けたあの日、懇願されたのは、自身の保身と身の回りの世話。
その後、国の兵士たちに見つからぬようひっそりと暮らし、しばらくして双子を産んだ。
すると、すぐに国の魔道師達が森の結界を破り双子を連れ去っていった。
あの者は産後間もない体を起こし魔法衣に身を包むと、いつもは杖がわりにしていた魔法の杖を、動かなくなった右足代わりにして城へ向かった。
あの者が瀕死の状態で戻ったのは二日後。
その両腕にしっかりと双子を抱えていた。
傷の手当をしようとする私たちの手を振り払い、最後の力を使って双子に自身の魔道召喚師としての能力を伝承した。
詠唱は長く、一呼吸ごとにその命が削られて行くのが分かったが、私たちは止めなかった。
それが、あの者の一番の望みだったからだ。
「モルガン、フェイ、今まで有難うございました。
この子たちが幸せになれますように・・・
愛しているわ・・・」
詠唱が終わると、いつもの笑顔を私とフェイに向け、そして腕の中で安心して眠っている双子を愛おしく見つめ、あの者はそのまま息を引きとった。
双子は私とフェイで、この森で育てた。
あの者に頼まれた訳でもないが、双子の私たちを見つめる瞳と、私たちの指を握った小さな手の温もりを、なぜか離すことが出来なかった。
時折やってくる兵士たちは、私たちの作り出す蜃気楼と結界により、迷ったまま消息を絶ち、そのうちやって来る者は居なくなった。
育つ中で、双子は自分達の体がどういったものか、私とフェイの存在がなんなのか、私たちの教えた知識から理解したようだ。
そしてあの日、風がある噂を運んできた。
私はフェイ。
この森の泉に住まう者。
双子の話をしましょう。
人間の成長は早いものですね。
私たちの両手に納まって泣いていた赤ん坊は、すくった水のようにすり抜け自身の意思に従って歩くようになりました。
双子といっても、上の子は思慮深く物静かな子でした。
下の子は活発で気まぐれな子でした。
そんな性質だったからでしょう。
あの日、悪戯な風の戯言に耳を傾けてしまったのは。
貴方たちと変わらない年だったと記憶しています。
「森を出た?」
「城の地下牢に、『不死なずの者』が繋がれていて、王の命を狙っている。
そう、『風』に耳打ちされたようです」
上の子はよく考える子でした。
この時も、森を出てしまった下の子と行動を共にするのではなく、一人で追いかけるでもなく、私たちに報告をしにきました。
「『きっとお父様だ』と言っていました」
二人は父親に会ったことはありません。
小さな肖像画すら無く、顔も知らなければ、どんな男だったかも知らず・・・
それどころか、母親の顔すら覚えていないでしょう。
なのに、なぜそう思ったのか?
きっと、母親の魔力と一緒に、記憶も子どもたちの中に引き継がれたのでしょう。
「貴方は思わなかったのですか?」
「思いました。
けれど、今の私達に何ができますか?
『何の為に逃がされたの』そう、言いましたが・・・」
そう、この双子はあの城から、母親が命をかけて逃がした命。
下の子がその事を解っていないはずはないし、上のも親を恋しがっていないはずはなかったのです。
私たちは人間の世界に積極的に関与することはありません。
しかし、この時私たちは、双子の力になってあげたいと思いました。
上の子は私たちと共に、初めて森を出て城下街を見ました。
初めて見た城下街は、それはそれは大きな竜巻に襲われていました。
竜巻の中、助けをこう人々を放っておけず、それでも幼子の魔力では太刀打ち出来ず・・・
自身の命も危ぶまれた時、母親が施した封印が解かれ、巨大な魔力が幼子の体から放出されました。
母親は、双子に魔力を与えたと同時に、その小さな器が魔力に負けて自滅してしまわないよう、体が整うまで魔力を封印していました。
それが一気に吹き出したのです。
魔力の波は、竜巻を飲み込んでいくものの、やはり母親の危惧していた通り、その媒体である小さな体も傷つけていきました。
しかし、驚くことに、小さな体は傷つくそばから再生されていきました。
幾度となく傷つき再生し、竜巻を消した頃には、城下街には命あるものはいませんでした。
下を向き、鮮血で染められた道を進み、城に入ると、兵士のアンデットが襲い掛かってきました。
私達は浄化呪文を使えません。
上の子も不得手としていたため、とても苦戦していましたが、湧き出る魔力で応戦していました。
そこに現れたのが、盲目の神官でした。
神官の助けもあり、地下牢までたどり着くと、そこには一人の男が岩の壁に貼り付けられていました。
その姿はそれまで襲ってきたアンデットとなんら変わりはありませんでしたが、目には光が宿っていました。
そして、その朽ちた胸元には魔術の刻印が刻まれていました。
そのアンデットはかすれた声で双子の母親の名前を呼びました。
「・・・お父様ですか?
私は・・・」
震える声で問い名乗ると、アンデットはゆっくり噛み締めるように上の子の名前を呼びました。
自分がつけた名だと、母の幼い時によく似ているとも。
上の子は牢の中に入ろうとしましたが、神官はそれを許さず、父親の魂を浄化しました。