北のバカブ神その1(北のバカブ神ポセ・ティアム)
1・北のバカブ神 ポセ・ティアム
四人の中で唯一の女神は、清流のように透き通った肌に、腰まである真っ直ぐな銀髪を持っていた。
節目がちな瞳は薄い青紫に輝いていたが、そこに映るのは特定の人物だけだった。
通った鼻筋に、無駄な音を発さない薄い唇。
衣に包んだ身体は細く儚げだったが、その容姿に騙され、甘くみた者は骨まで凍らせられ粉砕された。
冷静沈着。
決して感情では動かない。
それが北のバカブ神ポセ・ティアムだった。
そんな女神だからこそ、悪の神の誘惑に揺るぐことなく、愛する者の手を取ることはなかった。
バカブ神として自国の民を、地上に生きる全ての命を護るため、最期の最期まで戦った。
悪の神との戦いで深手を負ったポセ・ティアムは、自国の民を国から逃がし、分身である北の柱を国ごと封印して力尽きた。
・・・時間が止ればいいのに・・・
夜明け前の薄暗い時間、数頭の草食動物が、西の柱の大木の周りで静かに草を食んでいた。
長い枝角を持つ半馬半鹿のイッペラボス、ヘラジカによく似たアクリス、それらに混ざって、妖精のニスの灰色の服の端や、赤い尖り帽子の先端がチラチラと見えた。
それらの邪魔にならないよう、ローブの裾と長い銀髪を最小限に揺らし、その人物は大木の根元に寄りかかって寝入っているリスのような召喚獣と、その主である少年をのぞき込んだ。
何かの記録だろう。
読んだまま寝入ったようで、胸元に落ちた本に、親指が栞のように挟み込まれていた。
軟らかな焦げ茶色の髪を数回撫でると、首から下げているアクアマリンのペンダントを手に取り、黄褐色のトパーズを追加して戻した。
その様子に何かを察したのか、赤い尖がり帽子が近寄ってくるのが、薄い青紫の視界の端に入った。
「ニス、いつもありがとうございます。
パンとミルクを用意してありますよ。
もちろん、バター付きのパンです」
白く美しい指が教会を指さすと、赤い尖がり帽子はそちらの方へと進んでいった。
「行ってきます・・・」
眠る少年に優しく囁くと、長い銀髪が一瞬フワリと揺れて、その姿が消えた。
そして、イッペラボスやアクリス達の草を食む微かな音だけがしていた。