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零地帯  作者: 三間 久士
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月の女神アル・メティスその6(ガイの思い)

6・ガイの思い


 城が壊滅した。

城へと続く坑道も全て崩れ落ちた。

業火は丸一日城を包み込み、贅を尽くした城を瓦礫の山と変えた。

その一日の間、隣国のアルジェニアから来た兵が城下町の警備をし、スーラ国の医療兵とレビアが怪我人の治療にあたった。

炎が落ち着いた今、警備にあたっていた兵の半数が撤去作業に取り掛かっていた。


「城下町は被害なかったんだな。

被害というか、混乱らしい混乱もなかったな。

勉強会に参加した人たちも、避難してたし。

やっぱ、あのおっさんか?」


大人に混ざり撤去作業を手伝うニコラスの胸元で、ココットが顔だけ出して辺りを見ていた。


「たぶんね。

姫様やアレルさんの事を知っていたから、こんな事態も慣れっ子なんじゃないのかな?

町の人達は、逃げる元気もないほど、疲れていたんだろうね。

・・・国の象徴のお城が焼け落ちるのを、ただ呆然と見てたよね」


幾つもの生気のない目が、燃え盛る城を見ていた。

身の危険を感じて逃げることも、火を消すこともせず、ただただ、人々は見ていた。

その光景を、ニコラスは思い出した。

ニコラスはスコップを持つ手を止め、夕日を仰いだ。

城を焼いた炎より弱いその輝きの中に、逃げ惑い燃え尽きていくモノ達の幻を見ていた。

慣れない。

汚れを焼き払う業火の熱さも、その中で還っていくモノたちの最期も。

ニコラスは未だに慣れなかった。

周囲に漂う煙の残り香も、その中に混ざっている肉が焼けた臭いも。


発病したらもう人間じゃなくなる。

ジャガーウイルスは、瞬時に『人間性』を食らいつくして、心身ともに『獣』にしてしまう。

『理性』なんてものはない。

あるのは『野生の本能』。

だから、あの人は感染者が『人間』であるうちに、その時間を終わらせる。


そう教えてくれたガイの言葉を思い出した。


アレルさんが『終らせた』時間は、どのくらいなんだろう・・・


ニコラスは思って、悲しくなった。

終わらせられた人々も、終わらせなければいけないアレルのことも。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です、ガイさん。

アレルさんは一緒じゃないんですか?」


そんなニコラスの背中に、爽やかな声がかかった。


「毎度のことですが、いつの間にやら逃げられました。

僕はいつもの尻拭いです。

新月までしばらくありますから、よっぽどの事がない限り大丈夫だとは思うんですが」


肩をすくめて見せるガイに、ニコラスはホッとして笑顔を向けた。


「昨夜も師匠と言い争ってましたよ。


『少しは自身の能力をコントロールしてはいかがですか?

燃やすだけなんて、子供でも出来ますよ』

『テメーが水龍でも召還すりゃぁいい話だろう』

『私はいいんです、私は!

ニコラスのことを考えてください!

ニコラスは貴方との相性が最悪なんですよ!

燃えてしまいます!!』

『なら、しっかり子守りしとけ!』

『あの子はそんな年でも、そんなに弱くもありません!』

『なら、自分でなんとかできんだろう!

何とかさせろ!

ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ』


・・・って、感じですね」

「ニコラス、似てる似てる」


二人の真似をして見せたニコラスに、ココットは胸元から飛び出し近くの瓦礫に立つと、前足をたたいて賞賛した。


「なるほど、いつもの痴話喧嘩ですか。

ま、クレフさんの言うこともごもっとも。

ニコラス君、今回は燃えませんでしたか?」

「なんだかんだ言っても、師匠が先手先手と動いてくれるので、無傷です。

師匠から頂いたアクアマリンのお守りもありますし。

詠唱も少しは早くなったんですけれど・・・

師匠のように幾つもの呪文を発動手前で溜めておくことが出来ればいいのですが。

まぁ、あの炎の熱さには少しは慣れました」

「そうですか」


ガイは屈託なく笑うニコラスの頭を撫で、柔らかな髪を梳きながら言葉を続けた。


「あの人の側にいるのなら、死なないでくださいね」

「あ・・・

はい」


ガイの表情はいつもと変わらないのに、一瞬、ニコラスにはとても悲しそうに見えた。


「さて、もう暗くなりますから、宿に帰りましょうか」

「あ、僕、もうちょっと・・・」


そう言って、数歩後ずさりした瞬間、二人の足元が崩れた。


「うわっ・・・ぷぷぷ・・・」


砂や細かい瓦礫を頭から被り、ニコラスは口の中に入ったそれらに不快感を覚え、唾液と一緒に吐き出した。


「ニコラス君、怪我は?」


自分の真下から聞こえた声で、ガイが自分の下敷きになっていることに気が付いた。慌てて立ち上がり、ペコペコと頭を下げた。


「ニコラス!」

「大丈夫だよ、ココット。

そこで待ってて」


頭上の穴から、心配そうにココットが覗き込んで声をかけた。


「すみません、ガイさん。

お怪我、ありませんか?」

「これぐらい、大丈夫ですよ。

でも、ここは大当たりかもしれませんよ」


服の汚れを払いながら立ち上がると、ガイは袖口から小さな火種を出して灯した。


「姫様から探すように頼まれたのは、あれじゃありませんか?」


アレルの炎は例外なく全ての部屋を飲み込んでいた。

しかし、全てが焼き尽くされ、存在を消された部屋の中で、それは唯一存在していた。

卵型真鍮に大きな樹が彫り込まれ、その周りにとぐろを巻く黒い蛇の置物。

その蛇は、大きく口を開き、今にも卵型の真鍮を飲み込もうとしていた。


「これが・・・」

「ジャガー神だそうですよ」


ガイは片手で掴むと、胸元から袋を取り出してそれを入れた。


「卵はこの世界。

彫り込まれている樹は聖樹。

それを被い食べてしまう蛇が終末の神。

どなたの発想ですかね?

実際は聖樹に封印されているわけですが」


そっと渡されたその袋を、ニコラスは大事そうに抱き抱えた。


「スーラ王は、ジャガー病の研究を、忌まわしい方向に使いたかったようですね。

新月までまだまだ日があるというのに、あのタイミングでの発病をみますと、スーラ王はご自分にもジャガーウイルスを入れていたのでしょう。

で、驚くことは、自分で発症するタイミングを調節できた事。

足元が崩れる前に何かを飲み込んでいたと聞きましたが、多分、それが関係しているのでしょうね。

発症した後、アレルさんのように人間に戻れたのかは・・・そこまでの報告書がなかったので、分かりませんが。

自我を保つことも、あまり長時間はできなかったようですし、一発勝負といったところでしょうか?

まぁ、この神像が出てくれば、姫様を叩きたがっているハエを大人しく出来るでしょう」


ジャガー病の研究に携わっている者全てが協力的ではない。

中には研究に絶対的権力を持つレビアの足元をすくい、取って代わろうと画策する者も少なくない。

ジャガー病で起こった『惨事』に携わったとき、レビアは『正義』でなくてはならない。


「・・・姫様は、なぜここまで出来るのでしょうか?」

「それは、そのうち姫様ご自身からお話くださいますよ」


風が流れるように、ガイはニコラスに手をさしだし、戻りましょうと促した。

その手を取ったニコラスを抱きかかえると、ガイは小さな耳に優しく囁いた。


「慣れなくていいのですよ。

あの人の業火も、命が消えていってしまうことも、貴方は慣れないでください。

それが貴方を強くします。

だから、慣れないでください。

強くなって、あの人より先に逝ってしまわないでください」


泣いているのかと思った。

懇願にも思えるその言葉に、自分を抱く腕に力を感じ、ニコラスはどうしていいのか分からず身動ぎひとつも出来ずにいた。


「ニコ~、おれっチお腹空いた~」


そんなニコラスを助けたのはココットの大きな声と、それに負けないぐらい大きく響いた腹の音だった。


「行きましょうか」


いつもの顔を見せて、ガイは地上へと飛んだ。




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