月の女神アル・メティスその1(年老いた鉱夫の話)
1・年老いた鉱夫の話
アルジェニアの隣国、大きな鉱山を挟んでスーラ国はあった。
国境の鉱山以外にも、大小の鉱山を持つこの国は、鉱夫や武器や防具の店で十分に潤っていた。
その歴史は浅くはなく、坑道は地下からも城下町に入り組み、果ては城内の地下にまで続いていた。
城下町は鉄加工の臭いと音があふれ、坑道は埃と騒音にあふれていた。
「ここの鉱夫の大半はな、外の国から来た奴がほとんどさ。
ワシも、数十年前に流れてきたんだ。
待遇よくてよ、ワシみたいに居着いた奴も少なくないさ。
でもな、国王が代わってからだな、こんなに仕事がきつくなったのは。
ワシみたいに古いやつは、殆どいなくなっちまった。
ああ?
そりゃぁ、お前、休みもろくにもらえなけりゃぁ、体がもたねえ。
年取って弱った奴は違う仕事があるとか言われて、無理やりお城に引っ張っていかれちまった。
皆、疲労がたまってから、怪我や事故もだいぶ増えたしな。
落盤も多くなった。
そういった時の対応も悪くなったな。
コブラナイの音も、いつの間にか聞かなくなったなぁ・・・
ん?コブラナイか?
最近の若いのは、コブラナイの音も聞いたことがないのか。
コブラナイはな、ゴブリンの親戚よ。
ゴブリンは悪いことしかしないが、コブラナイは質のいい鉱脈を、岩盤を叩いて教えてくれるんだ。
姿や声は見せないがな、馬鹿にすると怒って石を投げてくんだわ。
ワシみたいな古い奴は、あの音が暫く聞こえなくなったら、仕事場を移したもんだ。
今の国王は何を考えているのか・・・
大怪我して動けねえ奴も、お城に引っ張っていく」
金属がぶつかる音や爆発音が響き、もうもうと土埃が舞う中で、人目を避けるようにランプの光がうっすらと届く物影で、年老いた鉱夫が岩に腰をかけ、水を飲みながら話をしていた。
「どんな仕事があるのか知らねぇが、お城に引っ張っていかれた奴は、誰一人として帰っちゃこねぇ」
年老いた鉱夫は、目の前の若い男に手招きをして、その汗と埃と垢で汚れた耳にそっと話した。
「食われちまうんだと。
国王が、食ってるんだと」
年老いた鉱夫は馬鹿にしたように小さく笑うと、急に真顔になった。
「そろそろ、ワシの番かもなぁ・・・。
兄ちゃん、どこの国から何の目的で来たのかは知らないが、ここは長くいるところじゃねぇ。
怪我しねぇうちに逃げた方がいいぞ。
見張りや上の人間はワシらに穴を掘らせるだけだがな・・・
いま掘っているこの地下道、隣の国まで行く気だぞ。
冗談なんかじゃないぞ。
ワシはこの仕事長いんだ。
説明がなくてもわかる。
国王は、隣の国に戦争でも吹っ掛けるつもりか・・・
おっ、見張りが来る。
いいか、兄ちゃん、早くこの国を出るんだぞ。
命あっての金だぞ」
年老いた鉱夫は小さな声で厳しく言い切ると、左足を引きずりながら仕事へと戻って行った。