侍女アブビルトその7(アブビルトの思い描くもの)
5・アブビルトの思い描くもの
一仕事終えて、体が半分ほどまで痩せたアブビルトは、子ども達の驚く視線も構わず、ニコラスの作った夕飯を誰よりも美味しそうに食べつくした。
子ども達とニコラスで夕飯の片付けをすます頃には、窓から満月が見える時間になっていた。
お風呂に入ろうとした子ども達を、ガイは『祈りの部屋』へと促した。
ステンドグラスのない木造の教会の『祈りの部屋』は丸く作られ、中央にニコラスの姿をした西のバカブ神の木像が祭られていた。
その像を中心に、十数個の椅子が円を描くように並べられ、所々に明かり用のランプが置かれていた。
ランプの軟らかな明かりが、ほんのりと部屋の中を照らしていた。
すっかり体系の戻ったアブビルトは、像の正面に座り、キャンパスに絵を描いていた。
「皆、お片付けありがとう」
子ども達が入って来たのを気配で察したアブビルトは、一旦筆を置き、子ども達の方へと向き直った。
いつもとは違い、付けているエプロンが絵の具で酷く汚れていた。
「こっちに座って。
今日から寝る前に、皆で絵を描きましょう。
自分も含めた、皆の集まった絵よ」
子ども達がアブビルトの前の椅子に座ると、ガイが一人一人の前にイーゼルとキャンパスをセットしていった。
「ニコラス君、貴方もね」
入り口で眠そうなアイビスを抱っこしていたニコラスは、アブビルトに手招きされた。
ニコラスは子ども達の背中が見える位置に座り、アイビスの背中を撫でていた。
「上手に描けないよ?」
困惑した顔のアンドレアに、アブビルトはほほ笑んで答えた。
「私、上手に描いてなんて言ってないわよ。
早く書けばいいわけでもないけれど・・・
そうね、描く人のお顔をよく見てね。
描きながら、描く人の事を考えてね。
たとえば・・・
ジョルジャ君の髪は綺麗な焦げ茶色だけれど、癖が強いから伸ばしっぱなしだと邪魔じゃないのかな?
怖がりだけれど、皆の中で一番用心深いよね。
・・・こんな感じに、自分の目で見てわかるお友達のところや、目で見て見えないところを考えながら描いてみてね。
お友達のここが好き、ここが嫌い、こんな良いところがある、止めてもらいたいところ・・・
分からなかったら、聞けばいいから。
どんどん、聞きましょうね」
「お友達・・・」
ジョルジャはそっとアンドレアと目を合わせた。
「そう、お友達。
ここの教会で一緒に生活しているお友達。
たまに来るガイ君やニコラス君、大人の私もお友達」
言われて、子ども達はお互いの顔を見比べ始めた。
控えめにだけれど、ジョルジャとアンドレアは、初めてコリスと視線を合わせて顔を見あわせた。
「今日、一日で描かなくていいのよ。
毎日、夕飯後の、お風呂に入る前に描きましょうか。
もちろん、描きたかったら、いつでも描いていいのよ。
夜は暗いから、朝とは違う色を使うようになるかもしれないわね。
お昼寝の後のスケッチの時間は、今まで通り好きなものを描いていいわ。
でも、その時にでもお友達を見てみて。
太陽の光と、ランプの光で髪の色がどう違うか。
暖かい時と、寒い時の肌の色の違い。
同じお友達だけれど、違って見えるのよ。
ニコラス君も、ここに帰って来た時に、続きを描けばいいわ。
少しずつ、少しずつね。
そして、出来上がったらこのお部屋に飾りましょうね」
「・・・どうやって、描くの?」
アンドレアは目の前の真っ白なキャンパスを、ジッと見つめた。
はるかに自分の顔より大きいキャンパスは、目の細かい麻の布だった。
「じゃあ、始めましょうか」
子ども達はガイから手渡された鉛筆を手に、お互いの顔をジッと見つめあい始めた。
すぐには話せないだろう。
それでも、相手の外見を観察して、日頃の行動を見て、共に興味を持ってくれればいい。
子ども達に言った通り、絵の上手い下手ではなく、打ち解けるきっかけになればいい。
そう、アンドレアは思った。
ニコラスとガイとお茶をしながら話していた時、アンドレアに、夢が出来た。
子ども達の絵でこの部屋を、ゆくゆくはこの教会全体を飾りたい。
その絵は、子ども達が大きくなった時、きっと、自分たちの成長が分かる物になる。
大人になり大きな壁にぶち当たった時、辛い事ばかりではなく幸せな事もあった、自分一人ではなく仲間がいた、ここが出発点だった、そう思い返せる場所にしたい。
そんな夢を叶えようと、初めてキャンパスに向かう子ども達一人一人の顔を見ながら、アブビルトは筆を走らせた。