侍女アブビルトその6(アブビルトの買い物帰り)
6・アブビルトの買い物帰り
町の中に、画材を扱う店は一軒だけだった。
レビアがこの町にジャガー病の研究城を立て、研究だけでなく生活の拠点をもこの町に置いた時、レビアについてきたアブビルトは、画材店が欲しいとおねだりして建ててもらった店だった。
この店には子どもの使うクレヨンから、色鉛筆、水彩と色々そろっていた。
そして、他の店には中々置いていない、チューブに入った特殊な絵の具もあった。
アブビルトの今日の目的は、その特殊な絵の具だった。
他よりも高価な特殊な絵の具をどっさり買って、子ども達ようのクレヨンやスケッチブックも買った。
店の主人に仲介を頼んでいた、販売用の絵も全て買い手がついたと報告を受け、アブビルトはとても機嫌が良かった。
店の角を曲がるまでは。
「せっかくのいい気分に、水をさされたわ」
買い込んだ荷物の紙袋を両腕に抱えたまま、アブビルトは深いため息をついた。
眉を寄せたアブビルトの数メートル先には、黒いフード頭かぶり、真っ白な仮面で顔を覆い、腰を曲げた姿の魔導士が一人いた。
それは人間ではない。
身も心も闇に落ちた、ジャガー信者の成れの果てだった。
「ガイ君が、結界を手加減して張ることはないだろうから・・・
ガイ君の力より格上と判断するのが妥当かしらね」
アブビルトは荷物をそっと下に置くと、ポケットから小さなスケッチブックを取り出し、メモをして破くと、一枚めくって月色の小鳥の絵を叩いた。
すると、胸に白い三日月の模様がある月色の小鳥が飛び出し、破ったメモを加えて飛び立った。
「さ、食事前の一仕事といきましょうか?」
アブビルトは鳥が飛び立ったのを確認して、買ったばかりの特殊な黒と白の絵の具と、筆とスケッチブックを取り出した。
「娘、探し物をしているのだが・・・」
アブビルトに気が付いた魔導士は、しわがれた声で話しかけてきた。
その声はとてもおぞましく、聞いている者の魂を地の底へと引きずり落とすかのようだった。
「私は、貴方に用はないわ」
事実、魔導士の声には魔力が乗っていた。
気を抜くと、魂を抜かれ肉体と共にいいように信者たちに使われてしまう。
アブビルトは気を引き締めて、スケッチブックに魔導士の姿を描き始めた。
「私は本を探しているのだが・・・」
「声に魔力を乗せるのは、貴方達だけじゃないのよ。
『私の言葉は天の声
私の声は地の音
私の筆はお前の魂を縛るもの』」
言いながら、素早く書き上げた魔導士の絵に大きく息を吹きかけた瞬間、魔導士は喉元を押さえ苦しみ始めた。
それでも一歩、一歩と自分に向かって足を進める姿を確認して、アブビルトは紙袋の中から赤い絵の具を取り出した。
「『お前の手は太陽に
お前の足は大地の溶岩に
赤き枷に封印される』」
赤い絵の具は筆につけることなく、そのままチューブを絞りだし、魔導士の絵の首、手、足に赤い線を描いた。
魔力の弱い方が負ける。
見えない力の勝負に、アブビルトの全身は汗が吹き出していた。
「貴方の居場所はこの中よ!
来なさい、ジャガー教信者!」
最後の一押しとばかりに、アブビルトは言葉に更なる魔力を乗せて叫んだ。
「うぎゃややややややや」
耳障りな悲鳴を上げ、魔導士の姿はスケッチブックに吸い込まれると、アブビルトは地面に座り込んだ。
「流石ですね~、アブビルトさん。
お見事です!」
タイミングよく、空を飛んできたガイが、コルリを抱えて目の前に降り立った。
その肩には、月色の小鳥が止まっていた。
「・・・誰?」
地面に立ったコルリが、小首をかしげてアブビルトを見た。
「アブビルトさんですよ」
「・・・誰?」
「アブビルトさんです」
永遠と続きそうなコルリとガイのやり取りを、アブビルトが片手を上げて遮りながら立ち上がろうとした。
すぐさまガイが反応し、その手を取って軽く引いた。
「言いたいことは分かるわ、コルリ君。
いつもの私と違って、体型が半分しかないって言いたいのでしょう?」
アブビルトは苦笑いしながら、地面に散らばった絵の具を拾った。
「アブビルトさんは魔力を言葉に乗せて、描いた絵に封印したり、描いた絵を出したり出来るんですよ。
今みたいに、魔力が強い相手ですと、相手の持っている魔力の上をいかないといけないので・・・」
「これが本当の『痩せる思い』ってとこね。
ニコラス君のご飯が楽しみだわ~」
地面に置いた荷物にスケッチブックや絵の具を入れながら、アブビルトは楽しそうに言った。
「食べたら、すぐ戻るんですよ」
そんなアブビルトをぼぅと見ているコルリに、ガイがこそっと耳打ちした。
「余計なことは言わないでいいのよ。
ガイ君、結界はどう?」
言われて、ガイは昨日張ったばかりの結界をチェックした。
レンガ作りの家と家の間にある空間の穴には、ガイの作り出した小さな竜巻が張ってあった。
「ちゃんと、機能していますね」
「他から入って来たのかしら・・・
とりあえず、姫様には報告ね。
ほら、これ持って。
コルリ君も来てくれたのなら、あと数店寄ろうかしら?」
ガイに荷物の紙袋を持たせると、アブビルトはコルリの手を握った。
「あらら、本当に荷物持ちで呼んだんですか?」
「メモに、他の事書いてあった?
コルリ君にも、この町を覚えてもらわないとね。
お買い物、頼めないじゃない。
ほら、痩せるほどの仕事したのだから、労わってちょうだい」
機嫌を直したアブビルトは二人の真ん中で、二人を促して歩き始めた。