侍女アブビルトその5(アブビルトは買い物中2)
5・アブビルトは買い物中2
ニコラスは、料理をするのは好きだった。
ココットを肩に乗せて、会話を楽しみながら料理をしていた。
最近は、クレフの家にいる妖精のシルキーがスパイスや野草を教えてくれたり、色々な場所で色々な料理を口にする機会があるせいか、レパートリーも増えた。
食べるのも好きだが、自分の作った料理を食べた人が、笑顔になるのが嬉しかった。
だから、ジョルジャやアンドレアが自分を見て恐怖に固まってしまっても、料理は喜んで食べてくれていると分かっているから、それだけで良かった。
「ニコラスおにいちゃん・・・」
だから、料理中に後ろから幼い声で声を掛けられて、とても驚いた。
「・・・アンドレア君。
こんにちは」
お昼寝から起きたばかりのアンドレアは、寝ぐせでぐしゃぐしゃになった赤茶色の長い髪をそのままに、枕を持ってドアの傍に立っていた。
少し離れ気味の茶色の瞳にたまった涙は、今にも零れ落ちそうだった。
服の上彼でもわかるほど痩せた体を小刻みに震わせ、それは赤茶色の長い髪をも揺れていた。
次の言葉を出そうと口をパクパクさせていた。
「いいんだよ、無理に話さなくて」
そんなアンドレアの様子に、ニコラスは慌ててアンドレアの前に膝まつき、ギュッと抱きしめた。
「ごめ・・・
ごめんな・・・
さい・・・」
大きくしゃくり上げながら、アンドレアはニコラスに抱き着き、何度も謝った。
アンドレアがごめんなさいと言うたびに、ニコラスはいいんだよと答えながら頭を撫でた。
「あの日、ぼく達、何も出来なくて・・・
ニコラスおにいちゃんは助けてくれたのに・・・
ジョルジャも、ごめんなさいって」
泣きはらした目をこすりながら、アンドレアはようやく話し始めた。
「皆を、助けてあげられなくって、ごめんね」
自分がもう少し強かったら、もっと多くの子ども達を助けることが出来たんじゃないだろうか?
もう少し注意深く物事を考えることが出来たら・・・
あの場に居たのは、師匠でもアレルさんでもなく自分だったのに・・・
悲しくて、情けなくて、後悔もしていた。
だからこそ、カリフとの約束は違えたくなかった。
そのために、出来ることを精一杯頑張ろうと決めた。
「ぼくとジョルジャは助かったよ。
ジョルジャがずっと僕を抱きしめてくれてたんだ。
ぼくはずっと目をつぶってたんだ。
なのに、ごめんね、ニコラスおにいちゃん。
おにいちゃんを見て、怖い事おもいだしちゃって」
「大丈夫だよ。
ニコラスは、ちゃんと分かってるからさ」
ココットがニコラスの肩に座ったまま、アンドレアに話しかけた。
「だから、『ごめんなさい』じゃなくって、『ありがとう』って言ってやってくれよ」
「あらがとう?」
「そう。
ニコラスに助けられたっていうなら『ありがとう』だよ。
もちろん、ジョルジャにも」
「そっか、ありがとうって言えばよかったんだ。
教えてくれて、ありがとう、ココット。
助けてくれて、ありがとう、ニコラスおにいちゃん」
アンドレアの笑顔を見て、ニコラスは不意に涙がこみあげてくるのが分かった。
それをグッと我慢して、ニコラスはアンドレアの両手を握った。
「いっぱいお話しをしよう。
僕はここにずっと居ることが出来ないけれど、いっぱいお話をしよう。
僕は、もっとアンドレア君やジョルジャ君と仲良くなりたいんだ。
もちろん、コルリ君とも」
「ぼくもジョルジャも、ニコラスおにいちゃんの作るご飯、大好きなんだ。
アブビルトさんのご飯は、嫌いじゃないけれど、たまに不味いんだよ」」
「そっか。
アブビルトさん、ご飯を作るのが苦手なんだって。
だから、アンドレア君達も一緒に作ってあげてよ」
「アブビルトさん、ご飯作るの苦手なの?
大人なのに?
絵を描くのはすんご~く上手なのに」
泣いて話をして、心の重荷がとれたのか、孤児院に居た頃の様に話をしてくれるようになった。
「大人でも、苦手なものはあるんだって。
アブビルトさん、絵はすっごく上手だよね」
「いつもお昼寝終わった後に、木の下で皆でお絵描きするんだよ。
でもね・・・」
「何か、嫌な事あるの?」
アンドレアの表情が曇った。
「ぼくより、ジョルジャの方が・・・
コルリおにいちゃんがね・・・」
よほど言いにくいようで、アンドレアはもごもごと言い淀んだ。
そんなアンドレアを見て、ニコラスとココットは困って顔を見合わせた。
「まぁ、慌てなくていいんじゃないの?
今日はニコラスも一緒に絵を描けばいいじゃん」
「でも、ジョルジャ君が・・・」
「ぼく、ジョルジャとお話ししてくる!」
言って、アンドレアはキッチンを飛び出していった。
元気な後ろ姿を見て、ニコラスは一抹の不安を覚えた。
昼寝の後は、大木の下で絵を描く時間だった。
いつもなら、アブビルトが皆に声をかけ、スケッチブックやクレヨンを手渡していたが、今日は買い物に出ているため、ジョルジャとアンドレアが準備をした。
準備をしながら、キッチンから出てきたニコラスを見たジョルジャは最初こそ顔をこわばらせて動きを止めたが、アンドレアがその手を力強く握ると、恐々と口を開いた。
「あ・・・
ありがとう」
それはとても小さな声で、目もギュッとつぶっていたけれど、ニコラスは涙が出るほど嬉しかった。
「ココット、ありがとう。
君は、最高の友達だよ」
嬉しくて、肩に乗っているココットにお礼を言うと、ココットは粗い鼻息を返事の代わりにした。
定位置があるのか、子ども達は迷うことなく大木の下に座ると、スケッチブックを広げて絵を描き始めた。
ジョルジャとアンドレアは大木を背もたれにして並んで座り、人間の顔と認識できるものを描いていた。
少し離れたとこれで、アイビスとコルリが座っていた。
アイビスはスケッチブックに沢山の色を使って線を引くと、今度は小鳥や蝶を追って歩き、少しすると尻もちをついた。
そしてまた歩いては尻もちをつく。
それをコルリの近くで繰り返していた。
そんなアイビスを視界の端で確認しながら、コルリは一本のクレヨンでスケッチブックを塗っていた。
ガイとニコラスも、子ども達を前にしてスケッチブックを広げたが・・・
何を描こうか迷っていた。
「ねぇ・・・
僕とジョルジャ、黒い夜が怖いんだ」
不意に、小さく震える声で、アンドレアがコルリに声をかけた。
「・・・夜?」
コルリは塗りつぶしていた紙を見て思った。
ボクにとってこの黒は生まれ育った町のつもりだった。
けれど、この二人にとっては夜なんだ・・・
「うん。
黒い夜は、怖いんだ・・・
黒は、僕たちから全てを奪った色だから」
黒い紙から目を放すように、アンドレアは空を見上げた。
釣られて、コルリも空を見上げた。
「眩しい・・・
色・・・
たくさんの色がある・・・」
青々と生い茂った葉や、そこから零れて降り注いでくる太陽の光。
大木の生命力はとても優しく、明るさも温もりも生まれ育った町とは正反対だと、コルリは気が付いた。
「今日は皆で、この空を描いてみましょうか?」
そんなコルリの変化に気が付いたのか、ガイが提案した。
「あれ?
ガイさん、何か飛んできましたよ?」
賛成して、空を見上げたニコラスの視界に、月色の小鳥が入って来た。