侍女アブビルトその3(アブビルトの得意な事)
3・アブビルトの得意な事
アブビルトは、深夜のキッチンの隅で明かりも付けずに座り込んでいた。
なるべく目立たぬよう、ふっくらした体を出来るだけ体を小さく小さくして、その瞬間が来ないのを望んでいた。
事は、夕飯の片付けの時だった。
アブビルトが洗い物をしながら、隣で綺麗になった食器を拭いて片付けているニコラスと、料理の話をしている時に、使っていないはずの食材が無くなっていることに気が付いた。
それはここ数日、ある人物がこの教会に住むようになってから、毎日のように起こることだった。
目処は立っているが、行動に移さなかった。
今日までは。
見過ごす事も出来ずに、こうして行動に移したものの、この夜は空振りに終わった。
「ああ、それは無駄ですよ」
予定より一日早く戻ったガイは、大木の下に置かれたテーブルで、ニコラスが煎れてくれたお茶で喉を潤しながら、アブビルトの話を聞いていた。
昼食後の優雅なティータイムは、幼い子ども達が昼寝をしている時間帯が一番落ち着く。
「盗ったばかりだから?」
アブビルトはニコラスの焼いたクッキーが気に入ったようで、割った半分をココットに譲りながら食べていた。
「それもありますが、彼は『それ』で生きて来たんです。
人の行動パターンを先読みする能力や、気配を察知する能力、夜目が効くところはアブビルトさんの比ではないですよ。
僕たちでも、盗むことに関しては、フォラカさんには敵いませんし。
・・・まぁ、おかげで、滅茶苦茶面倒な事になったわけですが」
ガイは自分で言って、落ち込んだ。
「フォラカさんって・・・
孤児院で水晶を盗って行った方ですか?
僕、お姿を拝見しませんでした」
ニコラスはガイのカップにお代わりのお茶を煎れ、自分のカップにも注いだ。
「フォラカさんは、サーシャ様の付き人をしているシーフです。
あの水晶はサーシャ様の手に渡らず、『黒い迷宮』のオークション店の棚に並んでいました。
まぁ、そのおかげで、コルリ君と出会えたのですが・・・
あの町が一時でも壊滅状態になった後、僕とアレルさんで質の悪い呪いのアイテムを回収していたのですが、あの水晶はとうとう見つけられなかったのですよ」
「壊れちゃったとか、封印が解かれた神様に吸収されたとか?
その可能性はないんですか?」
「ん~・・・
姫様も、何とも判断しづらいようで。
サーシャ様なら、判断できたかもしれませんが、まだお戻りになられていないようで。
王様にも伺ったのですが、まだ行方が分からないらしく・・・」
「じゃあ、呪いのアイテムは?」
ニコラスの問いかけに、ガイはニッコリとほほ笑んだ。
「・・・アブビルトさん、お願いできますか?」
「最初からそのつもりだったんでしょう?
貴方がサーシャ様の神殿まで行った本当の理由を教えてくれたら、考えてもいいわ」
「本当の理由ですかぁ・・・
アブビルトさん、怒らないでくださいよ?」
ガイは自分ように取り分けられたクッキーを一枚手に取り、そっとアブビルトに差し出した。
「事と次第」
そのクッキーを受け取り、アブビルトは口を大きく開けて頬張った。
「実は、攻撃レベルは低いのですが、町の中にモンスターが出現しているんですよ。
何者かが送り込んでいるようで」
「送り込んでる?」
アブビルトはちょっと眉を寄せた。
「はい。
この神殿とクレフさんの家が、固定された空間移動呪文で繋がっているのと同じです。
見つけた幾つかの出現ポイントは、僕の結界で塞ぎました。
と言っても、出入り口の空間の穴に、サイズの合ったミニ竜巻を押し込んだ感じですね。出れずに竜巻で元の位置に跳ね返しているだけなので、ポイント自体は後日クレフさんにでも壊して頂かないといけませんが」
「ガイさん、そんな事出来るんですね。
凄いです!」
尊敬の眼差しを向けてくるニコラスに、ガイは照れ笑いで返した。
「いえ、東のバカブ神の力を応用しただけですよ。
ニコラス君も、クレフさんに教わった術や召喚獣を応用していますよね。
それと同じですよ」
「器用ね。
攻撃レベルが低いという事は、知的レベルは高いの?」
「はい。
どうやら、何かを探しているようなんですよ。
この町で盗むほど価値のあるモノと言ったら・・・」
「ジャガー病の研究資料かしら?」
「だと、僕は思っています。
研究資料は、研究城から全てこの教会に移したはずなので、いずれは・・・」
ガイの言葉が終わらないうちに、アブビルトはエプロンのポケットから小さなメモ帳を取り出した。
「ここは西のバカブ神の聖域でしょ?
滅多なことは起こらないはずだけれど・・・
念のためね」
アブビルトはメモ帳をペラペラめくりながら、時折ポンポンと叩いた。
すると、メモ帳から零れ落ちるように、絵本の挿絵にある様な2頭身サイズの兵隊が10体ほど現れた。
「か、可愛いです!」
月色の隊服に同色の帽子には、白い三日月が描かれていた。
小さいながらも銃刀も装備された小銃を担いだ兵隊は、きちんと隊列を組んで3人の前で敬礼をした。
その可愛らしさに、ニコラスは思わず前のめりになった。
「しばらくは、この子達に見回りを頼みましょう。
貴方達以外の人たちは?」
「姫様は一週間後に隣国で講義があります。
それに向けての準備をお城でしています。
アレルさんは、内偵に入っています。
僕も、この後合流する予定です。
クレフさんは、先の後始末でまだ戻っていません」
「サーシャ様が居ないなら、しょうがないわね」
ガイの話を聞きながら、アブビルトはメモ帳に勢いよく何かを描いていた。
「あの、町の人たち、驚いちゃいませんか?」
ピッ!と微動だにしない兵隊達を見つめたまま、ニコラスは聞いた。
「大丈夫よ。
姫様の色の隊服だし、月のマーク入れておいたから。
町の人達も、また何か始めたんだな。
って思うぐらいよ」
そう笑って、アブビルト指を三回鳴らした。
すると、兵隊たちは3部隊に分かれて町へと向かって歩き出した。
「アブビルトさん、凄いです!」
「私、料理は苦手だけれど、絵を描くのは得意なの」
アブビルトは満面の笑みで答えると、何かを思いついたように勢いよく立ち上がった。
「そうだったわ。
私、絵が得意だったのよね。
ガイ君、仕事は受けるわ。
その代わり、あの子達にも見せるから、貴方達しっかりバックアップしなさいよ。
さ、準備しなきゃ!
あ、ニコラス君、夕飯の支度お願いね」
一気に捲し立てて、アブビルトは教会の中へと駆け足で向かった。
残された二人は、ポカン・・・と残ったお茶を飲み、ココットはクッキーでポンポンになったお腹を上にして、満足げにテーブルの上で昼寝を始めていた。