侍女アブビルトその2(アブビルトの悩み)
2・アブビルトの悩み
アブビルトは夕飯の支度をしながら悩んでいた。
先に預かった5歳の男の子ジョルジャとアンドレアは、2日前にガイから預かった8歳のコルリと1歳のアンドレアとなかなか打ち解けないでいたからだ。
美味しい料理を食べれば頬も緩み、打ち解けるのも簡単なのかもしれないけれど、私の料理ではとてもとても・・・
いやいや、心に傷を負った幼い子供たちなんだから、まだまだ時間はかかるでしょう。
打ち解けるのに時間がかかるのは当たり前だとは分かっていても、もう少し何とかならないものかと、アブビルトは悩んでいた。
喧嘩こそしないものの、空気は重々しい。
その空気だけでも、もう少しどうにかならないものか・・・
「アブビルトさん、考え事ですか?
スープが煮詰まってしまいますよ」
「煮詰まったほうが、味がしっかりするんじゃないのか?」
そんなアブビルトに、買い物帰りのニコラスが機嫌よく声をかけた。
間髪入れずに、ニコラスの胸元から顔を出しているココットが憎まれ口をたたいた。
「あら、ニコラス君にココット!
お帰りなさい。
暫くはここに居られるの?」
「数日ですが、師匠が戻るまではこちらでお世話になりたいのですが・・・
大丈夫ですか?」
抱えた食材を部屋の中央のテーブルに置きながら、ニコラスはアブビルトにお伺いを立てた。
「いいも悪いも、ここは貴方の家です。
いちいち聞かないでいいのよ。
料理は頼んだわよ」
喜ぶアブビルトを見て、ニコラスは嬉しそうに頷いた。
ニコラスは荷物の中からエプロンを取り出し素早く身に着けると、アブビルトの横に立ちナイフで野菜を切りだした。
アブビルトはニコラスの左肩の上に移動したココットの口元に、小皿によそったスープを
寄せて味見を促した。
「煮詰まっても、ぼんやりした味だな」
ココットの感想に、アブビルトは眉を寄せて調味料に手を伸ばした。
「いつもありがとうございます。
ガイさんは?」
「何でも、仕事の後始末とかで、サーシャ様の神殿に行ったわ」
「僕、まだサーシャ様とお会いしたことないんです。
どんな方なんですか?」
「美人!
すんごい美人!
スタイルもいいし、優しいし、神官としての能力も高くて・・・
ああ、ガイさん、呪いのアイテムの処理に行ったのね」
アブビルトがスープに水と調味料を足し、クルクルと煮込みなおしている横で、ニコラスの手は2人分かと思えるぐらいに良く動いていた。
それを、ココットは楽しそうに見ていた。
「呪いのアイテムですか?」
「確か、先の仕事は『黒い迷宮』だったのでしょ?
そこで持って来た呪いのアイテムの呪いを、サーシャ様に解除していただくのよ。
解除後は、普通のアイテムとして使える物もあるけれど、だいたいは懸けられている呪いと共に木っ端みじんになるわ。
姫様でも出来るけれど、やろうとすると煩いのが2人もいるから。
まぁ、危険がないわけじゃないから、二人の気持ちも分からなくもないけれど」
「ああ・・・
誰だか分かりました」
ニコラスの脳裏に、タイアードとアレルの顔が浮かんだ。
「ガイさん、明日には帰ってくるって聞いているわ」
「そうですか、ありがとうございます。
・・・あと、ジョルジャ君とアンドレア君は、どんな様子ですか?」
ニコラスが一番気にしていた事だった。
一度はジャガー病で家族を失い生きる場所を失ったが、幸いにも新しい仲間と生きる場所を与えられた。
しかし、それは長くは続かず、再びジャガー病で失ってしまった。
孤児院での生き残りである幼い二人は、ほんの少しの時間を共に過ごしたニコラスでさえ、その場にいたという事で惨状を連想してしまい、話すことも出来ないでいた。
自分より幼い2人に、ニコラスは
『大きくなったら、なにになりたい?』
その問いかけに、答えられるようになって欲しかった。
それは、亡くなった友人の望みであり、約束でもあった。
「ゆっくりね。
本当にゆっくりだけれど、会話は増えてきたと思うわ。
2人で居るのは相変わらずだけれど」
「そうですか、良かった」
心からホッとして、ニコラスは少し涙ぐんだ。
「ただ、コルリ君と上手く行かないのよねぇ・・・
来たばかりだから、しょうがないんだけれど」
「やっぱり、時間かかりますよね」
僕だって、そうなんだから。
そう、ニコラスは自分に言い聞かせた。
「アブビルトさん、ごめんなさい。
ジョルジャがまた・・・」
バタバタと走ってきたアンドレアは、ニコラスの姿を見つけて動きが止まってしまった。
反射的に目をギュッとつぶり、硬く口を結んだアンドレアを見て、ニコラスはとても悲しくなった。
そんなニコラスの頬を、ココットがペロリと舐めた。
「ああ、謝らなくていいのよ。
ジョルジャ君は?
場所はどこ?」
アブビルトはわざと二人の間に入り込んだ。
肉付きの薄い背中を撫でてやるつもりで手を置いたら、体が酷く強張っているのが分かった。
「アンドレア君、深呼吸して。
ゆっくりでいいから。
目を開けて、私を見て」
優しく落ち着いた声に導かれ、アンドレアはゆっくりと目を開いた。
すると、連動するように、口も開き始めた。
「ここには私がいる。
私は何処にもいかない。
それは、私が強いから。
私には戦う力がある。
戦って、貴方達を守ることが出来る」
それは、暗示の様だった。
ゆっくり、力強く聞かせた言葉のせいか、アンドレアはすっかり落ち着いたようだった。
ニコラスはスッと、アンドレアの視界の外まで下がった。
そして、そんなアンドレアの姿を見て、ニコラスはアレルを思い出した。
アレルさんは、ジャガー病の『被害者』となった人々の前には姿を現さずに、そっと影から見守っているのは、こういう事があるからなんだろうな・・・。
きっと、自分を見て辛い『過去』を思い出さないように、アレルさんの配慮なんだ。
その事を『過去』と割り切れるまで、人によって時間も違うだろうし、心の傷も違うだろうし・・・
だから、少しでも思い出す要素のないサーシャ様や姫様が、『救い手』として現れるんだ。
ニコラスは孤児院でアンナが話していたことを思い出し、実感した。
「アブビルトさん、ごめんなさい・・・
ボク・・・」
「いいのよ。
さぁ、アンドレア君の所に行きましょう。
濡れたままだと、風邪をひいてしまうわ」
アブビルトは落ち着いたアンドレアを抱き上げてキッチンを後にした。
「ニコにはオレっちがいるもんな」
ココットは湿った鼻先をキスするかのように、ニコラスの頬に押し付けた。
「ジョルジャ君にはアンドレア君がいるし、コルリ君にはアイビスちゃんがいるから、きっと大丈夫だよ」
ニコラスは自分に言い聞かせるように、ココットの背中に鼻先を埋めた。