侍女アブビルトその1(アブビルトの得手不得手)
1・アブビルトの得手不得手
アブビルトは珍しく悩んでいた。
絵を描くのは得意だが、料理をするのは苦手だった。
18歳の時にアルジェニアの王妃に侍女として付き、2年後に姫のレビアが産まれると姫の侍女となった。
レビアがジャガー病の研究組織を設立すると、研究城でレビアのバックアップに勤しんだ。
その間、16年。
自慢の癖のない黒髪は白いものが混じることなく腰まで伸びた。
視力は少し落ちたものの、生活するのに不便はない。
体力は少し落ちて、贅肉も程よくついた。
ジャガー病の感染リスクがあるため、日々の仕事は常に緊張感があった。
そのストレスを解消するのは、絵を描くことだった。
そんな生活が数カ月前に終わった。
その研究城が跡形もなく吹っ飛ばされ、跡地には早々に西のバカブ神の神殿が建てられ、その管理を任せられた。
絵を描くのは得意だ。
掃除や洗濯も得意だ。
この神殿の主でもある西のバカブ神の少年ニコラスは家事能力に秀でていて、彼が神殿に在中している時は、彼に料理を丸投げに出来て助かっていた。
「まともな料理なんて、今更よね・・・
しかも、子供向け」
ニコラスが召喚魔導士の住み込み弟子となり教会を出た代わりに、壊滅した孤児院の生き残りの子ども2人と生活を共にすることになった。
茶色のくせっ毛のジョルジャと、赤茶色で毛量があるアンドレア。
共に5歳の男の子で痩せていて、髪も伸び放題だった。
二人は酷く怯え、特にジョルジャはオネショも毎晩の事だった。
洗濯は構わない。
怯えているのも時間とともに何とかなるだろう。
けれど、私の料理の腕は何とかなるのかしら?
野菜の皮を剥くたび、味見をするたびにアブビルトは思った。
「アブビルトさん、こちらでしたか」
スープの微妙な味に眉を寄せていたアブビルトを、背後からガイが声をかけた。
レビアと共にジャガー病の研究組織の一員であるガイは、その姿をあまり見せないし存在も薄いが、好感度は良かった。
「あら、お帰りなさい、ガイさん。
今日はこちらにお泊りですか?」
「数泊、お願いできますか?
こちらでも、仕事の片付けがありまして・・・
それと・・・」
ガイの糸目の目じりが、申し訳なさそうに下がった。
アブビルトは料理は苦手だが、洗濯や掃除は苦ではなかった。
やれば綺麗になるから、どちらかと言えば好きな方だろう。
だから、薄汚れた赤ん坊のアイビスを洗うのは楽しかった。
微妙な味付けの料理も、育ち盛りで空腹のコルリがペロリと平らげた。
ガイが連れてきたのは、1歳の女の子のアイビスと、8歳の少年のコルリだった。
てっぺんがどこだか分からないほどの大木の下、赤味の指す白い肌と赤褐色のくせ毛をもつアイビスと、癖のない青黒い髪を一本に結んだコルリが気持ちよさそうに眠っていた。
「今回の仕事で生き残った子どもです。
僕が内偵中に出会いました。
町から逃げるように促したら、小さなアイビスちゃんを抱えて荷馬車に隠れて脱出して、近隣の村の宿屋に頼み込んで働いていたそうです。
子どもの組織とはいえ、足抜けが失敗すればリンチは確定ですからね。
下手したら、アイビスちゃんは人身売買される可能性が高いです。
この年齢でしたら、薬や実験体と言ったところでしょうか?」
食後のお茶を飲みながら、ガイは二人の寝顔を見ていた。
「そうね。
最近、ジャガー病の研究でも使う所があるものね。
それが倫理的にどうかは置いといて、研究的には必要よね。
姫様は拒んでいるけれど」
「・・・綺麗ごとだけではないですからね」
「ここに来たと言うことは、感染者ではないという事ね。
先の二人の様に、私が育てていいのかしら?」
「はい、お願いします。
アイビスちゃんは、コルリ君が数カ月前に逃げ出した町で拾った子で、名前がなかったので、ここに来る前に姫様が付けてくださいました。
『アイビス』とは鳥の名前だそうです。
僕の故郷に近い国の固有の鳥で、一時は絶滅危惧されていたそうですが、今ではその個体数も安定してきたそうで、その生命力にあやかったそうです」
「先の二人と、仲良くしてくれればいいんだけれど」
言って、アブビルトは大きく背伸びをして大の字に寝っ転がった。