東のバカブ神その22(夢)
22・夢
ニコラスは、夢を見ていた。
どこにでもある、質素な部屋。
古びてはいるがよく磨かれたテーブルの上に、一輪の紅い花。
柔らかな春風に遊ぶカーテンに、窓際に置かれた中くらいのべッド。
ああ、僕の部屋だ。
僕は、戻ってきたんだ・・・
そう懐かしんでいると、外から風に運ばれて、歌声が入っきた。
アニスの声だ。
そっと窓から覗いて見ると、気持ち良さそうに洗濯物を干すアニスの姿があった。
しかし、ニコラスの知っているアニスより若かった。
『ニコラス、今日はいいお天気ね』
その言葉は、少し先のカゴに入った赤ん坊に向けられていた。
それが幼い頃の自分だと、ニコラスは分かった。
窓の外は、瞬きするかの様に時が流れていく。
『ニコラス、上手上手』
赤ん坊だったニコラスが歩き始め、走るようになり、遊び、剣の練習をして・・・
それは、まるで絵本をめくるかのようだった。
そんなニコラスの傍らに、アニスはいつも笑顔で居た。
仕事が忙しいはずなのに、少しでも時間が有るとニコラスの側に居た。
『ニコラス~手伝って~』
今度は家の中から呼ばれた。
部屋をでると、良い匂いがしてキッチンに足を運んだ。
『もう、私よりニコラスの方が上手いわね』
キッチンで料理を作っているニコラスとアニス。
並ぶ二人の姿は、ニコラスの身長がぐんぐんと伸びていく。
『たくさん食べて、大きくなるのよ』
キッチンのテーブルで、食べるニコラスに優しく微笑むアニス。
スっと、明かりと『ニコラス』が消えて、変わりに黒いマントの男、あの日のアレルが現れた。
『依頼は受ける。
坊主はどうする?』
『ありがとうございます。
なるべく早いうちに・・・
この体はもう持たないでしょうから・・・
あの子はジャガー病ではありません。
先のことは、姫様に託します。
初めからそうすればよかったのですが、私の唯一の家族で・・・
ここに居たら、いつ感染してもおかしくないのに・・・
手放したくなかったんです。
私、あの子がいたから頑張れたんです。
あの子がいたから笑っていられたんです。あの子は私の全てでした。
私・・・
幸せでした』
泣き崩れるアニスを、アレルはそっと抱きしめた。
その顔が、一瞬だけひどく悲しんでいた。
泣いているアニスより、アレルの方が苦しい顔をしていた。
ニコラスは、一瞬でもいいからそんな二人に触れたくて、一生懸命手を伸ばすが、夢は闇に消え始めた。
『ニコラス、大好きよ』
その姿が消える間際、アニスは確かに今のニコラスを見て、いつものように笑った。
夢が満天の星空に変わり、ニコラスを包む。
この空間はとっても暖かく、夢の中なのに眠気を覚えて目を閉じた。
まるで、アニスの歌声を聞いてるように、ニコラスの気持ちは安らかになった。