東のバカブ神その21(よ・ば・い)
21・よ・ば・い
「俺、覚醒してもよ、『記憶』も『思い』も無いと思うんだわ」
酒を片手に乱入したアレルは、窓際にランプを置き傍らの椅子で本を読んでいたクレフを、縫いぐるみのようにベッドに押し倒して膝枕させていた。
「溜息つくと、幸せが逃げるぜ」
本を閉じて重いため息をついたクレフの髪を一房握り、アレルは二度三度引っ張った。
「私は、貴方の母親でも恋人でもありません」
「前世の『記憶』や『思い』がなくても・・・」
クレフの抗議を聞き流し、握っていた髪を放した手をクレフの後頭部に回して、形のいい頭を軽く押した。
アレルの顔がすぐ近くにきて、熱い息がかかる。
半分ほど空いた酒瓶を持ってきたくせに、酒の臭いはしなかった。
「これ以上は、殺しますよ」
真っ直ぐ、射るようにクレフを見つめる黒い瞳。
それは自信に溢れた瞳。
クレフの心の奥底は、この瞳を知っていた。
「色気ねぇな。
俺は夜ばいに来たんだぜ」
鼻で笑って、アレルは勢いよく起き上がり、クレフをベッドに押し倒した。
「昔も今も、お前は俺のモノだ」
クレフの心とは逆に、アレルの心は熱い。
なぜ、こんなにも熱くなれるのだろうか?
こんな私に、そこまで熱くなる価値が有るのだろうか?
こんな体の私に・・・
瞳に吸い込まれる。
この男の視線だけは、私の中へと入って行く。
この男の唇は熱い。
重なった唇の熱さに、クレフは自分の総てを、この唇で奪いとられると感じた。
「私に分かるのは、今だけです。
第一、貴方も前世の記憶や想いはないと、おっしゃったではありませんか」
振った右手が、乾いた音をたてる。
「って!
お前さ・・・」
クレフは体を起こしたアレルの前に袖をめくり、左腕を差し出した。
右手で懐刀を握り、そっと左手首の内側に押し当て、ゆっくり、力を入れながら引いた。
白い肌に、朱い筋が出来た。
それを、アレルはただ黙って見ていた。
「おおよその見当はついていますよね。
どんな深い傷を受けようとも、この体は朽ちることなく、魂を解き放つことはありません」
傷は、すぐにふさがった。
もう、跡形もない。
クレフは懐刀を投げ捨て、アレルに背を向けて一枚脱ぐ。
「『不死』というのは、次の世代に自分の遺伝子を残す必要がありません。
そのせいなのでしょう、私に性別はありません。
女性でも、男性でもない。
貴方が付けた深い傷も、もうありません。
・・・貴方は、こんな私に欲情するのですか?」
後ろを向いたまま、もう一枚脱いだ。
アレルの視線が熱く絡み付いてくるのがわかった。
「欲情する」
薄い衣に包まれた細い体を、アレルは後ろから抱きしめた。
その腕は、今までになく強く、熱かった。
「『記憶』も『思い』もない『今』に、俺はお前を選んだんだ。
お前が欲しいんだ」
耳元の声が熱い。
抱き締める腕が熱い。
・・・アレルの心が熱い。
「夢見に何を言われたか知らねぇけどよ、未来なんて不安定なものを、頭から信じるこたぁないぜ。
未来は、自分で作るもんだ。
それに・・・」
剥き出しになった白く細い首筋に、アレルは思いっきり噛み付いた。
体を包む熱が、首筋に集まったのかと錯覚した。
同時にスッと体が解放され、振り返るとアレルはドアに手をかけていた。
「俺様の印が欲しいなら、いつだって何度だって付けてやるよ」
アレルは投げキスをして、ドアを閉めた。
クレフは閉められたドアに向かって、思いっきり枕を投げた。
そして、そっと、噛まれた場所に手を添えた。