東のバカブ神その17(風の柱)
17・風の柱
胸に収まった金属が冷たく、ドクドクと流れ出す体液が生暖かい。
むせ返る臭いに、ヌルヌルとした感触・・・
それら全てを風がさらった。
身体が羽毛に包まれたようにフワフワしていた。
うっすらと開いた視界に、昇っていく無数の朱の筋。
その回りを舞う白い花弁・・・
まるで絵に描いた樹の様だった。
『ガイ・・・』
遠のく意識の中、誰かの呼ぶ声が聞こえた。
『ガイ・・・』
懐かしいその声に心当たりはあった。
しかし、その声が呼ぶ名前は・・・
この世界の中心を護る聖樹ラ・パンヤ。
いつからか、西のバカブ神であるクレアスにラ・パンヤが言っていた言葉があった。
『誰かの犠牲で成り立つ世界はいらない』
誰かの犠牲?
そのためには、今有るものを犠牲にしてもいいと?
その質問に、クレアスは大きな金色の瞳を濡らした。
『・・・正直、僕には分からないんです。
ただ、パンヤ様はいつのまにか笑ってくれなくなりました。
・・・僕は、どうすればいいのか分からないんです。
ただ、大地を護るのが精一杯で・・・』
バカブ神の中でも、一番幼いクレアス。
一族思いのこの子は、きっと本当に迷っているのだろう。
『クレアス、人間や大地は僕たちが護りますから、パンヤ様の傍にいてあげてください』
あの時の瞳は、迷っていた。
迷ったまま冥界に帰り・・・
それがヘル・ステルがクレアスを見た最後だった。
ヘル・ステルは『悪の神』を封印するために、自身の分身である『風の柱』と命を使った。
風の柱・・・
なんて、力強く巻きおこる風柱・・・
風の中心で、風の柱が見せる『記憶』をボンヤリと眺めながら、ガイは決意を新たに決めた。
迷わない。
あの時と同じ思いで、再び剣をとろうと。
それと共に思った。
ニコラスの瞳の悲しみをとるには、どうしたらいいのかと。
ガイ・・・
ガイ・・・
しかし、どんな時でもどんな名前になっても、この声に呼ばれると肝が座った。