東のバカブ神その16(闇の誘い)
16・闇の誘い
空を切る。
アレルの攻撃も、ガイの攻撃も効き目がなかった。
しかし、相手の攻撃は有効だった。
「さすがですね」
「あの姿のままってのが、一番気にくわねぇんだよ」
「あの姿って、あのお方ですか?」
「姿だけな!」
手応えがあるのは、そこかしこから沸きでてくる形の定かでないモノ。
「ガイ、何かしようとしてんなら、早くしろ!」
炎で一掃しても、消えるのは形の定かでないモノと建物だけだった。
「イマイチ、感覚が・・・
こう・・・」
いつもとどこか違うガイの戦闘スタイルに、アレルはいささか苛立っていた。
ガイの調子に引きずられて、自分の調子も微妙にずれているのが分かった。
「何時もどおりに戦えよ!
俺もこれ以上は保証しねぇぞ」
アレルは自分の中に巣くう獣を警戒していた。
この街に長く居すぎたせいか、ジャガー病を抑えるのが難しくなっていた。
「取り戻せたのは仕込みだけで、アレルさん対策もないんですからね。
お願いですから、このタイミングでジャガー化しないで下さいよ」
戦いながら、背中合わせの会話はいつものことだ。
互いの背中を守り合う、それが二人の幼少の頃からの戦い方だった。
「おい、誰に仕込み取られたんだ?」
「いえ・・・」
一瞬合わせた肩越しに、アレルはガイの動揺をしっかりと感じとった。
この野郎、ヘマしやがったな・・・
その呟きを聞いて、ガイの背筋がピッと伸びた。
「そんなことより、今ですよ、今!前!」
ガイの悲鳴にも似たような声と同時に、黒い冷気が二人を飲み込んだ。
暗く・・・
冷たい・・・
お互いの気配を感じることもできない。
全身が重く、そこらじゅうを締め付けられ、頭が痺れはじめた。
貴方サエ 居ナケレバ・・・
貴方サエ 産マレテコナケレバ・・・
人間デモナク 獣デモナイ ナンテ醜イ姿
人殺シ
人殺シ
何故 貴方は 生キテイルノ?
皆 貴方ニ 殺サレタノニ・・・
この黒い霧は、二人の心に留まる女性の髪。
モウ ヤメマショウ
全テヤメテ 私ダケヲ求メテ
私ダケヲ 見テ・・・
私ダケヲ 抱キシメテ・・・
私ダケヲ 愛シテ・・・
誘う言葉が闇の手となり、ねっとりと体に絡みつく。
絡みついて下へ下へと、底のない闇へ引きずり込もうとした。
可笑しい。
可笑しすぎるだろ。
二人の思いは同じだった。
「二人とも、んなこと言ってくれねぇよ」
「お二人とも、そんなに優しくはないですね」
アレルの喉の奥から笑いがこぼれ、沸々と全身から炎が立ち上がった。
黒い霧は、瞬時に紅蓮の炎と変わった。
「風よ」
ガイが右腕を挙げた瞬間、アレルの出した炎はその腕に集まり火柱となった。
「何とか、使えそうです」
火柱は小さく数個に別れ、そこかしこで暴れ始めた。
それを見て、アレルは興醒めしていた。
「・・・お目覚めですか」
小馬鹿にしたように呟き、火柱で見通しがよくなった周囲を見渡した。
白い花が見えた。
白い花は点々と数を増やし、瞬きするたびに黒い空間を白く埋めていった。
直ぐに、アレルやガイの足元にも小さい芽が顔を出し、瞬く間に白い蕾をつけ、開花した。
「白月花草です。
冥界で唯一咲いている花で、邪気を収めてくれます」
ニコラスの声に、アレルの表情が険しくなった。
そして、その言葉通り、淀んだ空気はまたたく間に薄らぎ、ニコラスとクレフが姿を現した。
「俺は、戻って来いなんて言ってねぇぞ」
アレルの睨みを真正面から受けたニコラスの瞳は、金色になっていた。
「貴方も、そろそろこの町をでないと・・・」
アレルがその唇に自分の唇を重ねたのは、反射的だった。
瞬間、右頬から全身に電気が走った。
「さ、ガイさん行きましょう。
私たちに出来ることは、ここまでのようですよ。
後はサーシャ殿にお任せしましょう」
張り倒したアレルを容赦なく踏み付けて、クレフは呪文を唱え始めた。
その声に聞き入りつつ、
これが正しい反応だ。
と、アレルは一人納得していた。
「アレルさん、踏み付けられて満面の笑みは・・・」
「うるせー。
さ、どうするんだ?
ガイ君、何だか目覚めちゃったみたいで、頑張ってますけど」
アレルは気を取り直して立ち上がると、引いてるニコラスの頭を軽くこずいた。
ガイの操る風は、白月花の花弁と香りを巻き上げ、辺の浄化を進めていた。
それに負けじと、次々と花が咲いていく。
その中心で、あの黒髪の女性は立ち尽くしていた。
「師匠の呪文で、一時的ですが、あの方を封印するそうです。」
「クレフは浄化呪文なんか出来ねぇだろ?」
「一番レベルの低い浄化呪文なら、出来るそうですよ。
それに、強い結界呪文を合わせるそうです」
「で、この花で追い打ちをかけるわけか。
お前、ニコラスとしての意識はあるのか?」
「あります。
前回のように、意識は飛んでません」
「いきます!」
ニコラスの返答にかぶせるように、クレフの声が響いた。
反射的に、アレルは翼を出し、ガイの襟首を掴むと躊躇なく上空に逃げた。
「シリブロー・ザクルィトエ」
金色と白銀の魔法陣が幾重にも重なり合い、乳白色の繭が出来上がった。
「まだだ!」
繭はアレルとガイの足元、登頂部から黒い亀裂が入り始め、みるみるうちに蜘蛛の巣のように拡がった。
「ニコラス、時間を稼いでください」
再度、呪文を唱え始めるクレフの言葉を受けて、ニコラスが進み出た。
そっと繭に手をかざすと、大地から細い枝が現れ、みるみるうちに繭を包み、白月花草が咲き乱れた。
「やるねぇ~」
「まだです」
アレルが軽口と叩くと、それまで大人しかったガイが、スルリとアレルの腕からすり抜けた。
繭の上に着地すると、胸元から細身の短剣を取り出した。
「眠れし時よ、いにしえの封印を解き、清よき風を取り戻せ。
汝は我なり・我は汝なり」
短剣で自らの左胸を深々と突く。
みるみるうちに、足元の白い花弁が朱色に染まった。
「我が名はヘル・ステル。
東のバカブ神なり」
風の勢いが増し、噴き上がった花弁がガイごと繭を包み隠した。
次の瞬間、閃光が走った。