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零地帯  作者: 三間 久士
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東のバカブ神その14(想い人)

14・想い人


 この街は誘惑の街だ。

人の弱いところを揺さぶり、意識的でも無意識でも心の奥底に隠しているモノを表面に上げてくる。

自分の弱さや醜さ、目を反らしてきたそれらを、目の前に引きずり出される。

誰もが持つ心の闇・・・


ガイは長い夢を見ていた。

水晶が見せた夢は、遠い記憶の旅だった。

忘れていた過去を引きずり出され、心がどうしようもない喪失感に襲われていた。

重い身体を立ち上げ、それより重い頭をあげると、とても美しい薄紫色の瞳があった。

ガイはこの瞳を良く知っていた。

大理石の女神像より白く美しい肌。

絹のように流れる銀の髪・・・


「残念ですが、あの方はそんな瞳で僕を見てはくれませんよ。

それに、今の僕にとっては遠すぎる過去で、まるで他人の記憶です」


その者の伏し目がちな瞳に映り込む者は、いつも決まっていた。


「風の神ヘル・ステル・・・

私の愛しい人」


過去の自分の中にある、あの方の最期の記憶。

それは、いつもと変わることのない姿と声。


「私と一緒に・・・」


白い手が差し出された。

それは、あの時代に強く望んで叶わなかったことだ。


「残念ですね。

今も昔も、その手を取る方は決まっていますよ」


この誘惑に素直に流されてしまえば、どんなに気が楽だろうと思った。

しかし、今はあの時代とは違うし、時代が違ってもあの方は絶対にそんな言葉は口にしない。


いつもの糸目の表情が悲しげに微笑むと、スっと両手に小刀を構えた。

瞬間、想い人の姿は白煙に包まれ、瞬く間に違う人物が現れた。


「ガイ・・・」


軽く波打つ豊かな黒髪を高々と結い上げ、力強い黒い瞳で射るようにガイを見つめる。

小さな朱い唇は、ガイの名前を呼んだ。


「ガイ、こちらに」


その姿に、ガイの動きは止まった。


「なぜ、私の手を取らないのですか?

この手を取り、いつものように私の名前を呼んで・・・」


一歩、一歩、特別の日にしか身に着けないドレスの裾をすりながら、その女性は在りし日の声でガイに近寄って来た。


「ガイ、なぜ私から顔を背けるのですか?

久しぶりなのだから、貴方の顔をよく見せてください」


違うと抗う。

姿形は在りし日のままだが、この方は・・・

必死に心を整えようとするガイの鼻腔を、懐かしい香りが刺激した。

春の木漏れ日のような、花開いたばかりのマリアナの花のような香り。

それは、今のガイの一番古い香りの記憶。

今世での初恋の女性が、好んで付けていた香りだった。

その姿に、声に、香りに・・・

心が揺れた。


「ハイハイハイハ〜イ。

そこまで。

ストップストップ」


差し出された手を取ろうとした瞬間、もの凄い不機嫌な声と同時に、ガイの身体は真後ろに引っ張られた。


「・・・あ・・・」


自分の首ねっこを掴んだ人物をそっと見上げ、そこにある顔を見た瞬間に気持ちが一気に引き締まった。


「あ・・・

っじゃねぇよ。

ようやく召喚獣飛ばしてきたかと思ったら、何、騙くらされてんだよ。

水晶も割れちまってるし」


感情を剥き出しにしているその顔に、ガイは命の危険を感じた。


「騙されてませんよ」


瞬間、視線を部屋の中央へと向けた。

黒髪の女性の向こう側に、燭台の上でキラリと光る破片が見えた。


「ふん。

どうだか」


荒々しくガイから手を離すと、アレルはジッと前を向いたまま右手に炎を構えた。


「何処のどいつが化けてるか知らねぇが、その姿はいけすかねぇなぁ。

その姿がどんだけの人物なのか、知ってんのかよ?」


ガイには、アレルに見えている人物の予想が付いた。


「アレル・・・

また、私を殺すのですか?」


朱い唇がうっすらと湾曲した瞬間、アレルの周囲の空気が殺気を帯びたのが、扉で待機していたニコラスにも分かった。


「ニコ、クレフを探して、一緒に町を出ろ。

今すぐだ!」


前を見据えたまま振り返ることなく、アレルはニコラスに声を上げた。

ニコラスは弾かれたようにドアから放れると、黒い翼が開いたのを確認して走り出した。


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