東のバカブ神その12(回想『東のバカブ神ヘル・ステル』)
12・回想『東のバカブ神ヘル・ステル』
風が哀しく歌う。
国中に立ち込める煙りと、解けない緊張感。
人々は疲れきり、兵たちの指揮も下がっていた。
もともと、一つの場所に長く滞在する一族ではない。
流れを無理やり止めているのだから、皆の中の「風」も濁り始めていた。
初めて作った城にはまだ不慣れだったが、その窓から眺めることには慣れてしまった。
そこからの景色は、随分と変わっていたが。
いつまでつづけるのか・・・
もとは、同じ一族だというのに・・・
そんな思いが日増しに強くなった。
「失礼します。
ヘル・ステル様」
荒々しいノックと共に、傷だらけの兵士が入ってきた。
「北の・・・
どうしたのですか、その姿は!?」
北の国の兵士は息も切れ切れに足元に膝まづき、次の句を繋げようと懸命に息を整えていた。
その体は新旧の傷に飾られ、鮮血で染められた甲冑に包み、携えている剣に殺気が残っていた。
援軍の申し入れなら、召喚獣をよこすことになっていたはず。
「申し上げます。
我が君、北のバカブ神、崩御いたしました』
目の前が暗くなった。
手足の感覚が無くなり、窓枠に身をゆだねた。
あの方が・・・
逝ってしまった・・・
「先日、悪神との戦いで勝利したものの、受けた傷が深く・・・」
バカブ神の中でも一番思慮深く、一番美しかった。
「我が国も、北方柱とともに封印いたしました」
あの美しい髪の一房にすら、触れることが敵わなかった。
「ヘル・ステル様、これを・・・」
兵士が差し出したのは、銀色に輝く水晶だった。
あの美しい髪と同じ色に輝いていた。
「我が君が命と引き変えに悪神を封印いたしました」
「我が国に封印しろと?」
この水晶を見てはいけないと分かっていた。
この水晶は・・・
「この水晶は人間の負の気持ちを糧とします。
風の国、結合の役割をもつ貴方様に・・・」
なんて役割なのだろうか。
「世界中の負の気を集めろと。
さすれば魔族もそこいらに現れるのは難しいと・・・
あの方は最後まで・・・」
「何年かに一度、我が国の僧侶が浄めに参ります」
「民は逃がしたのですか?」
「はい。
封印の地には、我が君お一人で・・・」
「そうですか・・・
分かりました。
その水晶、こちらで預かりましょう」
体制をたてなおし、兵士に手を差し延べた瞬間だった。
「ありがとうございます」
兵士はその姿を、美しい神の姿に変えた。
どこまでも白い肌、長く美しい銀色の髪、伏し目がちな瞳にヘル・ステルの姿は映ることはなく、水晶を受け取るとその姿は消えてしまった。
そして、見てしまった。
見てはいけないと分かっていたのに、水晶からの視線に、引き寄せられるかのように。
心ガ・・・
ザワツイタ・・・