東のバカブ神その11(解かれた封印)
11・解かれた封印
再び館に忍び込んだガイは、無事に服も仕込み武器も取り戻した。
調子を取り戻しつつあるガイは、来ているはずのアレルと合流しようと思っていたのだが・・・
窓の下、黒い野薔薇が生い茂る庭に、二つの人影を見つけた。
一人はシンだと分かったが、もう一人は深くフードを被っていて分からない。
二人が角を曲がったのを見て、ガイは音も無く窓から降りた。
気配を消して、二人の後を追った。
きちんと治療してくれる所をみると、まるっきり敵ってわけでもなさそうだが、どうも掴みどころのない存在で、ガイはシンを信頼できなかった。
建物の影から、二人の様子を伺う。
件の扉の前で立ち止まり、シンが手をかざした瞬間、音もなく白い煙りが立ちはじめた。
「そんな所で見ていないで、ご一緒にいかがですか?」
モウモウと白煙が立ち込める中、真っ直ぐ前を見据えたまま、シンはガイに声をかけた。
「気配を完全に消したつもりだったんですがね」
「消しても、私にはわかりますから。
貴方の主人も、この扉の向こうにあるモノに用があるのでしょう?」
ガイが姿を現しても、二人は扉の方を向いたままだった。
「はい。
僕にはその扉の封印を解くことは出来ませんから、合流しようかと思っていたんですよね」
迂闊に近づいていいものかと悩む。
シンの隣も気になった。
「なら、なおさらご一緒にどうぞ。
ご安心下さい、直接貴方に危害を加えるつもりはありませんよ」
白煙は少しづつ収まっていく。
封印が解けたとしたら、シンをこのままこの先に行かせていいものか?
ガイは躊躇したが手は素早く動いた。
懐から小さな卵を取り出し、袖に仕込んでいる薄い刃先で人差し指を傷つけると、にじみ出た血で卵に名前を書いた。
瞬間、卵は白い小さな蝶々と姿を変えて、鳥のようなスピードで飛び立った。
「では、お邪魔させてもらいます」
扉はまだ閉まっていた。
しかし、複雑に見えた魔法陣は跡形もなく消え、そこにあるのは、ただの木の扉だった。
「・・・ここは」
「間違えてはいませんよ。
この扉には、幾重にも封印が施されていましたよ」
複雑な封印の魔法陣が、跡形も無かった。
ガイの表情は変わらなかった。
しかし、ガイの心情を読んだかのように、シンが続けた。
「『鍵』がないと、とても厄介なので、封印そのものを消しました」
封印を消した。
そのあまりに軽い口調に、ガイは背筋に寒気を感じた。
「さ、開けますよ」
開けてはいけない気がした。
シンをこの部屋に入れてはいけない気がした。
しかし、足が動かなった。
「本能に従うのは利口ですよ」
そんなガイを見て、シンは笑いながら扉を開いた。
トン・・・と、軽く指先で。
瞬間、ガイは息苦しさを感じた。
先ほどとは違い、精神的に圧迫感を感じての息苦しさだ。
その部屋に窓はなく、通常の四倍はあるだろう四方の壁という壁に、床に、封印の文字が刻まれていた。
小部屋の中央、封印の円陣の中央には豪華な燭台があり、その上に黒く濁った球体があった。
それに向かって、シンはゆっくりと足を進めた。
ガイの体は動かなかった。
一歩も動けなかった。
本能が『動クナ』と、司令を出していた。
それと同時に、『行カセルナ』とも。
気がつけば、ガイは長い鎖の先に付いた鉄で出来た熊のような手・飛爪でシンを搦め捕り、床に引き倒していた。
「正直、何が何だか分かりませんが、これ以上貴方を動かすなと、僕の本能がいっていますので。
手荒にして申し訳ありません」
瞬間、もう一人、フードの人物に注意を向けた。
動く気配はないと判断して、直ぐにシンに集中した。
「だいぶ、警戒していますね。
体調はいかがです?
ずいぶんと顔色が悪いですよ。
汗も酷い」
上半身を起こし、余裕の表情でシンが問う。
初めて足が一歩動いた。
一歩だけ、部屋に入った瞬間、息苦しさが増し自分の鼓動が耳についた。
酷く汗が出て目も霞み、感情がざわつく。
呼吸が上手くできなかった。ここが探している場所だとしたら、負の感情が一番濃縮されている場所だと納得した。
「シンさん、貴方は何者ですか?」
初めて会った時から感じていた違和感。
それに加え、こんな部屋で笑っていられるシンに、薄ら寒いものを感じていた。
「ただの薬師、ただの遊び人ですよ」
その笑みが恐ろしかった。
何かを隠しているとは思えなかったが、ただただ恐ろしかった。
「少し、昔話をしましょう」
ガイの手は緩まない。
それでも、シンは相変わらずの口調に表情で話を始めた。
「その昔、神々が世界を納めていた時代の話です。
地上と呼ばれる人間たちが住まう世界を、四人のバカブ神が護っていました。
西のバカブ神は大樹の柱を分身とし、その意志の強さは大樹の強さでもありました。
東のバカブ神は大竜巻の柱を分身とし、その風を使い、様々なものを結合し流浪させていきました。
結合と流浪、これに目をつけたのが悪の神、イッキュ・バスティスです。
人間たちが出す負の感情を大竜巻で集め、自分の力で増幅し、世界に広めようとしたのです」
どんどん気分が悪くなっていく。
どんどん視界が暗くなっていく。
飛爪を持つ感覚も、だいぶ前になくなってしまっていた。
それでもシンの言葉だけはガイの耳から容赦なく入り込み感情を荒立てた。
「この村は世界でも数少ない『悪の神』を崇める町。
知っていますか?
悪の神は男性には女体で、女性には男体で現れるのですよ」
意識が闇に吸い込まれる瞬間、ガイはシンの後ろに裸の女性を見た気がした。
「夢と現の境は、どんなに甘美なのでしょうねぇ・・・」
シンの楽しげな声を聞きながら、ガイの意識は落ちていった。




