東のバカブ神9(分岐)
9・分岐
イライラしていた。
アレルはこの町に着いてから、ニコラスに比べたら少量だが、やはり町の臭気の影響は受けていて、感情を逆撫でされていた。
力にモノを言わせ、ストレスを発散させようとしても、いつものようにスッキリとはしなかった。
「とりあえず、時間もないことですし、さっさと片付けてしまいましょうか」
二人の目の前にいる緑の巨人は、所在無さげに立ち尽くし、成長を続けていた。
クレフたちを囲む者は居ない。
皆、巻き添えで巨人に飲み込まれたくないのだ。
全身をローブで被ったクレフは、軽くため息をついた。
白いローブと銀髪の隙間から、それよりも白い首が覗いていた。
その白さに、アレルは逆撫でされた感情の中を、激しく血が駆け巡った。
新月の時と似た、けれどあからかに違う感情の高ぶり・・・
あの躯を包み込むものを総て引き千切り、硝子のように脆そうな躯を力でねじ伏せ・・・
「聞いていますか」
乾いた音とともに、アレルの右頬が微かに熱を持った。
「あ、ああ・・・」
アレルにとってはたわいもない痛みだが、現実に戻るには十分だった。
「聞いていませんでしたね」
軽くため息をついて再び口を開いた瞬間、クレフの表情が固まった。
「どうした?」
いつもは伏し目がちな瞳が、一点を凝視していた。
アレルの肩越し、後ろを見ていた。
「すぐに戻ります」
そう言うと、クレフは男の横をすり抜けて町の雑踏に紛れた。
「おい!
なんだよ!」
時間がないとか、壁に飲み込まれたニコラスをどうするとか、合流場所はどこだとか、アレルはブチブチと言いたいのを一気に飲み込み、右手に炎を構えた。
「で、機嫌の悪い俺様に何の用だ?」
ウゾウゾと路が増殖していた。
アレルの感情も落ち着かない。
そんなアレルを、遠巻きにしている輩がいた。
殺気を隠そうともせずに。
「テメー等、燃やすぞ」
これ以上ない凶悪な顔で低く呟き、右手の炎で辺りを一気に火の海に変えた。
何処から生れたのか、炎はニコラスを取り囲む闇を焼いていった。
凄まじい勢いで闇が炎に飲み込まれていく。
それなのに、その音は聞こえない。
その熱さを感じない。
『ホラ、アイツハ オ前ノ事ガ 邪魔ナンダ』
『要ラナインダヨ』
ニコラスに聞こえるのは闇の声。
『コノママ 焼キ殺サレテイイノカイ?
オ前の母親ノヨウニ』
『コノ炎ガ オ前ノ胸ヲ貫クゾ
オ前ノ母親ノヨウニ 友達ノヨウニ』
母さんやカリフのように、僕も・・・
意識が一瞬、緩んだ。
「っざけんな!」
炎の腕がニコラスの胸元を掴み、薄くなった闇から引きずり出し、思いっきり放り出された。
ニコラスは地面にこれでもかとお尻を打ち付けた。
「・・・僕は・・・」
視界を始めとする五感が戻ったニコラスの目の前には、これでもかと言うほど不機嫌なアレルが仁王立ちしていた。
「お前、なに逃げようとしてんだよ!」
「逃げる?」
轟々と、炎が全てを飲み込んで行く音がする。
「ああ、そうだ。
お前今、死のうと思っただろう」
朱い舌が、チリチリとニコラスの肌を舐めていく。
「僕は・・・」
「そこいらの負の感情に飲み込まれたんだろうけどな、二度と俺の前で死のうと思うんじゃねぇ。」
アレルの顔が近づいたかと思うと、ニコラスは再び胸元を捕まれ、持ち上げられた。
「お前の母親を殺したのは俺だ!
神父を殺したのもオレだ!
友達もだ!
悔しくないのか!
憎くないのか?!
母親達の仇をとろうとは思わないのか!?
それとも死んで母親達の所にいって、頭を撫でてもらいたいのか?」
「そんな事、思っていません」
今にも噛み付かれそうな勢いで言われ、逆にニコラスの気持ちはスっと落ち着いた。
「母さんが死んだことはとても悲しいです。
母さんを守りたくって、剣の練習をしていたのに、僕はとても無力で・・・」
涙が零れた。
圧迫されていた胸元が解放されて、ニコラスの体はゆっくりと下ろされた。
なぜかアレルの顔が見れなくて、目をつぶり俯いた。
「死んでしまったのが悲しくて・・・
守れなかったのが悔しくて・・・」
涙が次から次へと零れてくる。
言葉とともに流れ出す。
その涙を、胸元からヨロヨロと現れたココットが舐め取っていく。
肩を激しく震わせ、しゃくり上げ、ニコラスは瞼の裏に母を思い出そうとした。
「命を奪ったのは貴方なのに、でも・・・
あなたのことを憎いとは思えないんです」
頭に大きく温かい手が触れたと思った瞬間、逞しい腕と胸に抱きしめられた。
「・・・俺を憎んでいいんだ。
俺を殺したっていいんだ。
お前にはその資格がある。
だから、俺より強くなれ。
ジャガー病の薬、作るんだろ?」
それは、アレルには似つかわしくない程、とても穏やかでどこか悲しげな声だった。
『貴方はちがうのだから』
別れ際、アニスがニコラスに言った言葉。
あの日から、ずっと気になっていた一言。
でも、何となくそれを聞くのは今ではない気がして、素直にこの逞しい温度に甘えた。
「よし、飯食おうぜ」
ニコラスの気持ちが落ち着いたのを感じて、アレルはゆっくりと立ち上がり、ニコラスを軽々と肩車して炎の中を歩きだした。
不思議と、炎はニコラスの頬を軽く舐めるものの、噛み付こうとはしなかった。
が、ココットは火の中から出ても、ビクビクとニコラスの胸元で震えていた。
「ご飯ですか?」
そんなこと、感じる暇もなかった。
それに、アレルの出した炎はどんどん広がっていて、消火しようと向かっているのか、単なる野次馬なのか、すれ違った人たちは、皆火の方へと向かっていた。
「ご飯より、火を消した方が・・・
それより、子供がいたんです。
闇に飲み込まれる瞬間、僕より小さな子供が・・・」
「・・・子ども?
見当たらなかったぞ。
大方、お前の気を引く為の幻じゃねえの?
炎も大丈夫だ。
燃える物がなくなりゃぁ、勝手に消えるさ」
全く気にせず、アレルは目についた店に入った。
「幻ですか・・・
確かに、ちらっと、視界の端に入っただけなんで、本当に居たかって言われたら・・・
それより、消火しないなんて立派な犯罪ですよ。
消火を手伝いましょうよ」
椅子に座らされ、アレルは座りながら店の者を呼んで注文をすますと、ニコラスの胸元からココットを取り出してテーブルの上に座らせた。
「熱かったか?」
警戒しているココットの頭を人差し指で撫でた。
少しだけ気持ちよさげな顔をしたものの、ココットはハッ!としてニコラスの手元に身をよせた。
「・・・いいんですか?
こんな所でゆっくりしていて。
火、広がってますよ、きっと」
手元に来たココットを優しく撫でながらも、ニコラスの口調は少し厳しい。
「いいの、いいの。
あのな、俺達には時間が無いんだよ。
分かる?
水晶の回りに結界はらなきゃ、この町どころか世界がどうなるか!
大きい犠牲を防ぐためには小さい犠牲は仕方ないんだよボウズ。
それに、孤児院で奪われた水晶の回収。
・・・オイオイ、んな目で見んなよ。
まぁ、真面目な話するとだな、この街の奴ら、どうやって生活してると思う?」
責めるようなニコラスの視線に、アレルは尻の座り心地が悪くなったのか、斜めに座り直した。
そのタイミングで、二人と一匹の前に所狭しと料理が並べられた。
「どうやって?」
「小汚いが、何とか雨風をしのげる家はある。
武器屋も道具屋も食堂も教会も娯楽もある。
縦横無尽に何でも飲み込む、成長する『路』があるのにだ」
飲み込まれた闇を思い出して、ニコラスはゾッとした。
「答えは簡単だ、燃やすんだよ。
切っても、奴らは切り落としたモノも増殖するからな。
燃やすのが一番だ。
だが、成長は一定じゃない。
急成長して飲み込まれる店や家もある。
もちろん、人もだ」
ニコラスの目の前に、パスタを絡めたフォークが突き出された。
「だから、気にするな。
ここで生きてる奴らは慣れっ子だ。
んなことより、ほら、飯くうぞ。
食えるときに食っておかないとな。
いつ食えなくなるか分からないし、お前、成長期だろ!
どんどん食え!
子供は遠慮するな」
「はぁ・・・
あ、そう言えば、師匠はどうしたんですか?」
あの嫌な闇の中では、二人とも見えていた。
少し、アレルがムッとしたのが分かった。
パスタが無理やりニコラスの口に突っ込まれ、途端に口の中に広がる酸味と甘味の混ざった味に、食欲が刺激された。
それと共に、まともな食事が久しぶりだと思い出した。
ここまでの旅路は、アレルの用意していた保存食と、行きがてらの狩りで得た動物で空腹を凌いでいた。
「お前燃やす前に、置いてかれた。
そのうち現れんだろう」
僕も置いていかれたことになるのかな?
まぁ、一人じゃなし・・・
とニコラスは思いつつも、目の前のアレルの拗ねた顔に目を離せなかった。
何というか・・・
「名前を教えたのは、認めたからだよ」
「え?」
アレルは、ココットにもパンをちぎって渡した。
ココットはそれを嬉しそうに受け取ると、ガツガツと食べ始めた。
それは余りにも自然で、余りにもそっけなく、思わずニコラスは周りの雑音と共に聞き流すところだった。
「一緒に行動するのに名前知らなかったら、不便だろ。
それに・・・」
アレルはニコラスの口に再びパスタを突っ込んだ。
「お前が超える男の名前だ。
忘れんなよ」
そう言って、アレルはニヤリと笑った。
その顔を見つめながら、ニコラスは
やっぱり、この人を憎いとは思えないなぁ・・・
と、パスタの大味を噛み締めた。




