表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零地帯  作者: 三間 久士
40/137

東のバカブ神9(分岐)

9・分岐


 イライラしていた。

アレルはこの町に着いてから、ニコラスに比べたら少量だが、やはり町の臭気の影響は受けていて、感情を逆撫でされていた。

力にモノを言わせ、ストレスを発散させようとしても、いつものようにスッキリとはしなかった。


「とりあえず、時間もないことですし、さっさと片付けてしまいましょうか」


二人の目の前にいる緑の巨人は、所在無さげに立ち尽くし、成長を続けていた。

クレフたちを囲む者は居ない。

皆、巻き添えで巨人に飲み込まれたくないのだ。

全身をローブで被ったクレフは、軽くため息をついた。

白いローブと銀髪の隙間から、それよりも白い首が覗いていた。

その白さに、アレルは逆撫でされた感情の中を、激しく血が駆け巡った。

新月の時と似た、けれどあからかに違う感情の高ぶり・・・

あの躯を包み込むものを総て引き千切り、硝子のように脆そうな躯を力でねじ伏せ・・・


「聞いていますか」


乾いた音とともに、アレルの右頬が微かに熱を持った。


「あ、ああ・・・」


アレルにとってはたわいもない痛みだが、現実に戻るには十分だった。


「聞いていませんでしたね」


軽くため息をついて再び口を開いた瞬間、クレフの表情が固まった。


「どうした?」


いつもは伏し目がちな瞳が、一点を凝視していた。

アレルの肩越し、後ろを見ていた。

「すぐに戻ります」


そう言うと、クレフは男の横をすり抜けて町の雑踏に紛れた。


「おい!

なんだよ!」


時間がないとか、壁に飲み込まれたニコラスをどうするとか、合流場所はどこだとか、アレルはブチブチと言いたいのを一気に飲み込み、右手に炎を構えた。


「で、機嫌の悪い俺様に何の用だ?」



ウゾウゾと路が増殖していた。

アレルの感情も落ち着かない。

そんなアレルを、遠巻きにしている輩がいた。

殺気を隠そうともせずに。


「テメー等、燃やすぞ」


これ以上ない凶悪な顔で低く呟き、右手の炎で辺りを一気に火の海に変えた。





 何処から生れたのか、炎はニコラスを取り囲む闇を焼いていった。

凄まじい勢いで闇が炎に飲み込まれていく。

それなのに、その音は聞こえない。

その熱さを感じない。


『ホラ、アイツハ オ前ノ事ガ 邪魔ナンダ』

『要ラナインダヨ』


ニコラスに聞こえるのは闇の声。


『コノママ 焼キ殺サレテイイノカイ?

オ前の母親ノヨウニ』

『コノ炎ガ オ前ノ胸ヲ貫クゾ

オ前ノ母親ノヨウニ 友達ノヨウニ』


母さんやカリフのように、僕も・・・

意識が一瞬、緩んだ。


「っざけんな!」


炎の腕がニコラスの胸元を掴み、薄くなった闇から引きずり出し、思いっきり放り出された。

ニコラスは地面にこれでもかとお尻を打ち付けた。


「・・・僕は・・・」


視界を始めとする五感が戻ったニコラスの目の前には、これでもかと言うほど不機嫌なアレルが仁王立ちしていた。


「お前、なに逃げようとしてんだよ!」

「逃げる?」


轟々と、炎が全てを飲み込んで行く音がする。


「ああ、そうだ。

お前今、死のうと思っただろう」


朱い舌が、チリチリとニコラスの肌を舐めていく。


「僕は・・・」

「そこいらの負の感情に飲み込まれたんだろうけどな、二度と俺の前で死のうと思うんじゃねぇ。」


アレルの顔が近づいたかと思うと、ニコラスは再び胸元を捕まれ、持ち上げられた。


「お前の母親を殺したのは俺だ!

神父を殺したのもオレだ!

友達もだ!

悔しくないのか!

憎くないのか?!

母親達の仇をとろうとは思わないのか!?

それとも死んで母親達の所にいって、頭を撫でてもらいたいのか?」

「そんな事、思っていません」


今にも噛み付かれそうな勢いで言われ、逆にニコラスの気持ちはスっと落ち着いた。


「母さんが死んだことはとても悲しいです。

母さんを守りたくって、剣の練習をしていたのに、僕はとても無力で・・・」


涙が零れた。

圧迫されていた胸元が解放されて、ニコラスの体はゆっくりと下ろされた。

なぜかアレルの顔が見れなくて、目をつぶり俯いた。


「死んでしまったのが悲しくて・・・

守れなかったのが悔しくて・・・」


涙が次から次へと零れてくる。

言葉とともに流れ出す。

その涙を、胸元からヨロヨロと現れたココットが舐め取っていく。

肩を激しく震わせ、しゃくり上げ、ニコラスは瞼の裏に母を思い出そうとした。


「命を奪ったのは貴方なのに、でも・・・

あなたのことを憎いとは思えないんです」


頭に大きく温かい手が触れたと思った瞬間、逞しい腕と胸に抱きしめられた。


「・・・俺を憎んでいいんだ。

俺を殺したっていいんだ。

お前にはその資格がある。

だから、俺より強くなれ。

ジャガー病の薬、作るんだろ?」


それは、アレルには似つかわしくない程、とても穏やかでどこか悲しげな声だった。


『貴方はちがうのだから』


別れ際、アニスがニコラスに言った言葉。

あの日から、ずっと気になっていた一言。

でも、何となくそれを聞くのは今ではない気がして、素直にこの逞しい温度に甘えた。


「よし、飯食おうぜ」


ニコラスの気持ちが落ち着いたのを感じて、アレルはゆっくりと立ち上がり、ニコラスを軽々と肩車して炎の中を歩きだした。

不思議と、炎はニコラスの頬を軽く舐めるものの、噛み付こうとはしなかった。

が、ココットは火の中から出ても、ビクビクとニコラスの胸元で震えていた。


「ご飯ですか?」


そんなこと、感じる暇もなかった。

それに、アレルの出した炎はどんどん広がっていて、消火しようと向かっているのか、単なる野次馬なのか、すれ違った人たちは、皆火の方へと向かっていた。


「ご飯より、火を消した方が・・・

それより、子供がいたんです。

闇に飲み込まれる瞬間、僕より小さな子供が・・・」

「・・・子ども?

見当たらなかったぞ。

大方、お前の気を引く為の幻じゃねえの?

炎も大丈夫だ。

燃える物がなくなりゃぁ、勝手に消えるさ」


全く気にせず、アレルは目についた店に入った。


「幻ですか・・・

確かに、ちらっと、視界の端に入っただけなんで、本当に居たかって言われたら・・・

それより、消火しないなんて立派な犯罪ですよ。

消火を手伝いましょうよ」


椅子に座らされ、アレルは座りながら店の者を呼んで注文をすますと、ニコラスの胸元からココットを取り出してテーブルの上に座らせた。


「熱かったか?」


警戒しているココットの頭を人差し指で撫でた。

少しだけ気持ちよさげな顔をしたものの、ココットはハッ!としてニコラスの手元に身をよせた。


「・・・いいんですか?

こんな所でゆっくりしていて。

火、広がってますよ、きっと」


手元に来たココットを優しく撫でながらも、ニコラスの口調は少し厳しい。


「いいの、いいの。

あのな、俺達には時間が無いんだよ。

分かる?

水晶の回りに結界はらなきゃ、この町どころか世界がどうなるか!

大きい犠牲を防ぐためには小さい犠牲は仕方ないんだよボウズ。

それに、孤児院で奪われた水晶の回収。

・・・オイオイ、んな目で見んなよ。

まぁ、真面目な話するとだな、この街の奴ら、どうやって生活してると思う?」


責めるようなニコラスの視線に、アレルは尻の座り心地が悪くなったのか、斜めに座り直した。

そのタイミングで、二人と一匹の前に所狭しと料理が並べられた。


「どうやって?」

「小汚いが、何とか雨風をしのげる家はある。

武器屋も道具屋も食堂も教会も娯楽もある。

縦横無尽に何でも飲み込む、成長する『路』があるのにだ」


飲み込まれた闇を思い出して、ニコラスはゾッとした。


「答えは簡単だ、燃やすんだよ。

切っても、奴らは切り落としたモノも増殖するからな。

燃やすのが一番だ。

だが、成長は一定じゃない。

急成長して飲み込まれる店や家もある。

もちろん、人もだ」


ニコラスの目の前に、パスタを絡めたフォークが突き出された。


「だから、気にするな。

ここで生きてる奴らは慣れっ子だ。

んなことより、ほら、飯くうぞ。

食えるときに食っておかないとな。

いつ食えなくなるか分からないし、お前、成長期だろ!

どんどん食え!

子供は遠慮するな」

「はぁ・・・

あ、そう言えば、師匠はどうしたんですか?」


あの嫌な闇の中では、二人とも見えていた。

少し、アレルがムッとしたのが分かった。

パスタが無理やりニコラスの口に突っ込まれ、途端に口の中に広がる酸味と甘味の混ざった味に、食欲が刺激された。

それと共に、まともな食事が久しぶりだと思い出した。

ここまでの旅路は、アレルの用意していた保存食と、行きがてらの狩りで得た動物で空腹を凌いでいた。


「お前燃やす前に、置いてかれた。

そのうち現れんだろう」


僕も置いていかれたことになるのかな?

まぁ、一人じゃなし・・・


とニコラスは思いつつも、目の前のアレルの拗ねた顔に目を離せなかった。

何というか・・・


「名前を教えたのは、認めたからだよ」

「え?」


アレルは、ココットにもパンをちぎって渡した。

ココットはそれを嬉しそうに受け取ると、ガツガツと食べ始めた。

それは余りにも自然で、余りにもそっけなく、思わずニコラスは周りの雑音と共に聞き流すところだった。


「一緒に行動するのに名前知らなかったら、不便だろ。

それに・・・」


アレルはニコラスの口に再びパスタを突っ込んだ。


「お前が超える男の名前だ。

忘れんなよ」


そう言って、アレルはニヤリと笑った。

その顔を見つめながら、ニコラスは


やっぱり、この人を憎いとは思えないなぁ・・・


と、パスタの大味を噛み締めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ