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零地帯  作者: 三間 久士
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東のバカブ神その7(紅)

7・紅

 ガイは、時間の感覚が麻痺していた。

今が何日で何時なのか、まったく分からなかった。

身体中の軽い痺れを感じながらも、動く様にはなったと分かり、恐る恐る瞼に意識を集中させた。


「・・・開いた」


薄汚れた天井が見えて、安堵のため息をついた。

視界が鮮明になっただけでも、気持に余裕ができた。


「シンさんのお陰と言ったとこですかね。

さて・・・

とりあえず着るものですね」


下着一枚は落ち着かないと周りに視線を巡らせると、ベットサイドに置かれた薬瓶が目に止まった。

シンに無理矢理飲まされた薬は、ゆっくりと解毒して一日もたてば痺れものこらないと言うことだった。

状態からして、半日程たったのだろうか。

ゆっくり足元を確かめながら、ベッドから立ち上がり部屋を見渡した。

木造のありきたりな家具が置かれた、薄ちゃけた簡素な部屋だが、一点だけ鮮やかな色があった。


「貴方だけ、浮いていますね」


一歩一歩、確実に足元を確かめながら窓際に立った。

手垢で明度を失ったシャンパングラスに、一本の薔薇が入っていた。

真紅の花弁はビロードのように艶で、厚く重なりあっていた。


「この町に入って、初めての花ですね」


触れたら散ってしまいそうで、ガイは花弁ではなくグラスに手をかけた。


「綺麗だろう」


軟らかな手が重なり、甘い香りが鼻について、ガイの体中に緊張が走った。

いつもなら、背後は取らせない。

完全に油断していた。


「アタイを跳ねのける力は、まだないのかい?

それとも、女には手をあげないのかい?」


ガイの手に重ねられた手が少し浮き、紅く彩られた爪が、ゆっくりと腕を伝い上がっていった。

鋭い爪が、甘い痺れをガイに与えた。


「僕をどうするつもりですか?」


首に、スルリと指が絡められた。

薔薇を想わせる甘い香りは、まだ痺れの残る頭を軽く揺さぶった。


「アンタを気に入ったんだよぅ。

どうだい?

ずっとこの町に、アタイの側に居ないかい?

不自由はさせないよ」


耳元で囁かれる薔薇の吐息。

プツリと首に爪が食い込む。

それすらも甘く痺れる・・・

女の含み笑い、女の薔薇の吐息、男とは違うしなやかな指、薔薇のように紅い爪、頭の芯から痺れて思考回路が乱されていく。


「素直におなりよ。

抵抗せず、快楽に身を沈めるんだよ。

簡単なことだろぅ?」


喉が熱かった。

頭の奥で、何かがチカチカと点滅している。


「僕は・・・」

「アタイのモノにおなり。

アンタの血の一滴まで、アタイが飲みつくしてあげるよぅ」


ヌルリと何かが首を這った。

軟らかな唇の感触と、強く吸われる感触。

窓際に映ったガイの首は、薔薇よりも深い紅に染まっていた。


「アツゥ・・・」


頭痛が酷い。

体の痺れも酷くなったようだ。

それなのに、紅い爪が刻まれて行く感覚は、やけにはっきりと感じられた。


「鍛えられた、いい体だねぇ」


窓ガラスに映る、その人はとても美しかった。

肩で切り揃えたウェーブの紅い髪に、血の様に紅い唇。

ガイを挑発するように見つめるその瞳は、炎のように赤かった。

女性にしては力強い瞳に、ガイは自分の主人を思い出した。


「お舘様!」

「なんだい?」


ガイをいたぶる手が止まった。

荒々しくドアが開く音と、慌てた男の声が同時だった。


「お楽しみ中すいやせんが、町の南の方で火の手があがりやした」

「火だって?」


女はガイから手を離し、背を向けた。


「へぇ。

それが、今回は街の整備や悪ガキ共の仕業じゃないようで・・・」


あの人だ。

こんなところで寝ていたらまた怒られる。


と、ガイは散乱した意識を臍下へと集め、体内へと意識を行き渡らせた。


「その状態で、どうしようってのさ」


ガイの様子が変わったのが分かったのか、女はガイの喉に右の人差し指を突きつけた。

爪の先が、少し傷に触れた。


「さて、どうしましょうか?」

「利口なら、アタイが帰って来るまで、ここでいい子にしてるんだよ」

「すみません、僕は一刻も早く主の元に戻らないといけないので。

これで、失礼させて頂きます」


ガイは女を見たまま、ふわりと窓際に立った。

風のように。


「アタイのモノにはならないのかい?」

「すみません。

僕、銀髪か黒髪がタイプなんです。

それと、生涯仕える者は一人と決めているので。

後日、主と参りますので、本日はこれにて」


その炎のような瞳を見つめたまま、ガイは手早くカーテンを引き寄せ、身にまとうと窓の外に身を投げた。

窓から落ちながら見た紅い唇は、綺麗なウェーブを描いていた。

大地に着地し、身につけていたカーテン共々硝子の破片を振り落としながら、頭上の騒ぎに耳をやった。


「追ってはこなさそうですね。

さて、当たり前ですが、仕込み(武器)も服もなし。

・・・せめて服は着ないと」


体の動きがだいぶ戻ったのを確認して、服を調達しようと、一番手近のドアを開けた。


「・・・ドアですね」


直ぐ目の前に鉄のドアがあった。

そのドアには、いっぱいに魔法陣が刻まれ、中央には何やら宝石が埋め込まれていた。


「これって、当たりですかね?」


とりあえず、服を調達して合流ですね。


と、ガイはため息とともに静かにドアを閉めた。




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