東のバカブ神その6(成長する路)
6.成長する路
この町はどこもかしこも汚れていた。
今まで行った街も住んでいた集落も、空気は美味しく清潔だった。
しかし、ここは独特の臭気が漂い、石畳や建造物の壁は軒並み汚れ、見たこともない大小の虫がそこら中を這いずり回っていた。
歩くだけで汚れてしまいそうだと思っていたニコラスの前方に、あっという間に薄汚れた『山』が出来た。
「おい、これだけかよ?」
山の麓でアレルが最後の一人の襟首を捕まえ、左右にプラプラ振っていた。
「な、無いっすよ・・・
これで最後ですってば」
汚れ具合で言うと、捕まえている方も捕まっている方も大差ない。
「あ~ん?
オメェラ、随分とシケてんな」
アレルは奪い取ったお札で頭を叩き、捕まえていた男を山の一番上に投げ捨てた。
どう見ても、略奪にしか見えない。
しかも、どっちも悪人面だ。
「あ・・・あのぉ・・・」
「ま、これでなんとか二着分は回収できたな。
っうか、お前、必要ねーだろう、それ」
「解毒しながら進むのは面倒ですから。
貴方のように、無傷ではいられないのですよ」
「よく言うよ。
ま、お前みたいな顔は、あんまりオープンにしない方が正解だけどな」
「あの・・・
このローブ、そんなに高いんですか?」
宿を出る前に、ニコラスは絶対に脱がないようにと言われ、銀色に輝くローブを頭からスッポリと被せられた。
それは、この町の臭気を跳ね除けてくれるもので、ニコラスとクレフそれぞれの身長に合わせて作られていた。
体調は楽だったが、丈がくるぶしまであり、慣れない長さに歩きづらかった。
「あん?
子供はんなこと気にすんじゃねーよ」
「別の意味でも、気にすることはないですよ。
私の家に来る前、レビアの手伝いで西の柱から朝露を採ったと言っていたでしょう?
その時の朝露を使って織られたローブですよ。
朝露自体、悪鬼を退ける力があります。
満月の光をタップリあびた神の樹の朝露なら、その力は尚更です。
仕上げに、レビアが祈りを込めたようですね」
クレフの結界から出ても体調が悪化しないどころか、逆に調子が良くなった理由が分かった。
気分も落ち着いていた。
確かに、クレフの家に行く前、レビアの手伝いで西の柱から採れるだけの朝露を採った。
特に大変なことはなく、両手で抱えたガラス瓶の淵を葉に添えただけで、露は自然とガラス瓶に落ちた。
三十分もしないうちにガラス瓶は一杯になり、集まった動物たちとココットと、早めの朝食をとったのを思い出した。
「これ、姫さんの匂いがして、いい気持ちだな」
胸元のココットも機嫌が良かった。
「・・・お前ら、それ、汚したり切ったり破ったりすんなよ。
で、用が済んだら俺がレビアに返しといてやるよ」
「売るつもりでしょう?
ダメです」
アレルの目に金の影を見て取り、クレフは冷たくあしらった。
「じゃあ、あの方達はやられ損ですか?」
「俺様にイチャモンつけるからだ。
授業料だよ、授業料」
クレフの態度にブスっとした顔をしたまま、忘れていた『山』に向き直った。
「くだらない話はそこまでですよ。
今ので路が一気に成長しましたよ」
言われてニコラスは気がついた。
意識を周りにやると、何やらザワザワと聞こえてきた。
壁の葉は地面に近づくにつれて、色が黒くなっていく。
壁の一番上のほうはまだ若葉色だ。
よく見ると、ゆっくりと色が濃く、じっくりと黒くなっていく。
「ニコラス、そんなに見つめていると、壁に食べられてしまいますよ」
その言葉に、つまもうとした手と、鼻先を出していたココットの顔を勢い良く引っ込めた。
「ほら、見てみろ。
こんな所で寝てると・・・」
『山』となっていた男たちが、あっと言う間に壁から延びた蔓に巻き付かれた。
「がっ・た~い」
それは一人の緑の巨人になってニコラス達を見下ろしていた。
「燃やすか?」
「最終手段にしてください」
クレフの返しに面倒臭そうに力なく答えて、アレルは翼を出して飛んだ。
同時に巨人の口が開き、黒いガスが辺りに一気に充満した。
「あ、危ない!」
「ニコラス!」
ニコラスは視界の隅に小さな子供の姿をとらえ、反射的にその方に手を伸ばした。
クレフの姿が霞み、アレルの自分を呼ぶ声が遠くなった。
シュルリ・・・と、ニコラスの腕や足を、何かが掴んだ。