東のバカブ神その5(医師・シン再び)
5・医師・シン再び
酷い頭痛で、ガイは目を覚ました。
正しくは、意識を戻した。
目を開けたつもりだが、視界が暗い。
喉の乾きも酷く、今までにないぐらい、水が飲みたいと身体中が欲していた。
しかし、体が動かなかった。
「気が付いたかい?」
それは、聞き覚えのない若い女性の声だった。
「つぅ・・・」
「あぁ、起きないほうがいい。
まぁ、「起きろ」って言っても無理だろがねぇ」
いやに艶のある声ですが、話し方に癖がありますね。
と、ガイは頭の隅で思った。
「あんたぁ、いい人すぎるんだよ。
この町の臭気にあてられたんだろうよ。
無理に目を開けたり、喋ろうとしないほうがいいねぇ」
女性の話に、ガイは記憶が戻りはじめ、仕事でここまで来たのを思い出した。
『黒い迷宮』、噂には聞いていましたが、ここまで酷いとは・・・。
誤算だったと気落ちしたガイは、女性の言うとおり目を開けることは諦めた。
その分、聴覚に神経を集中させた。
「お舘様、医者先生が・・・」
ドアの開く音もせず、野太い声が来客を告げた。
「スナッカーじゃないのかい?」
「それが、二日酔いが酷いらしく、代わりにと・・・」
「ったく、相変わらずだらしないねぇ。
第一、シラフな日があるのかい?
で、変わりの医者が診てくれるってのかい?
・・・変わりねぇ
・・・まぁ、いいさ。
お通ししな」
ドアの閉まる音が聞こえた瞬間、胸に痺れるような痛みが走った。
「痛いだろう?」
頬を首筋を・・・
女はガイの体を爪を立てて撫でて行く。
そのたびに痛みが走り、すぐに痺れた。
「うちの若いのと、だいぶ派手にやったようだねぇ。
あんた、強いんだろう?
汚れていない人間が、この町であそこまで暴れて死なないなんてねぇ」
記憶がぼんやりと戻ってくるのを、身体中を走る痛みが邪魔をした。
それでも、少年を庇って倒れて、店の男たちに拘束される時に、微力ながらも抵抗したのを思い出した。
「あららら~、怪我人をそんなに虐めないでやってくださいよ。
ま、苦痛に歪む顔は、ずいぶんとそそられますがね」
その男の声に、ある人物の顔が浮かんだ。
「あんたかい?
スナッカーの代わりに来たのは?
ノックもしないどころか、音を立てずに入ってくるなんざ、まるで泥棒猫だねぇ」
手が放れ、気持楽になった。
「スナッカーさん、随分とお酒が弱くなりましたね。
あれじゃ、使い物にならない。
まぁ、そこまで飲ませたのは僕なので、お詫びにきました」
「ふん・・・
腕はたしかだろうねぇ?名前は?」
「腕はそこの人が良く知っていますよ。
名前はシンと申します」
「おや、顔見知りかい。
まぁ、始めておやりよ」
「では、失礼して・・・
で、貴女は見ないのですか?
苦痛に歪む顔、お好きでしょう?」
視界がきかない分、聴覚からの情報はいつもより敏感になっていた。
いつもなら聞き逃しているだろう細かな息遣いや、ちょっとした声色の変化も、今はよく分かった。
だからこそ、自分はちゃんと治療してもらえるんだろうかと、酷く不安になった。
それより、なにより、ガイはシンに治療してもらったことも治療している姿も見たことはない。
不安しかなかった。
「後で、個人的に見せてもらうよ」
ヒールの音が遠ざかって行くと、微かにドアが閉まる音がした。
「さ、始めましょうか」
楽しげな声に、ガイは出来ることなら逃げ出したいと思った。