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零地帯  作者: 三間 久士
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東のバカブ神その2(新たなスタート)

2・新たなスタート


 押しかけ弟子の朝は早く、忙しい。

どんなに朝早くても、大きな緑の猫目はパッチリと開き、朝日の様にキラキラと輝いていた。

小柄な体にきゅっとエプロンをつけ、少し伸び始めた焦げ茶色の猫っ毛を三角巾で包むと、ニコラスの体は動き出す。

大きめの窓を開け、部屋に籠った古書の空気と朝の清々しいものと入れ替える。

窓側以外は本がぎっしりと詰まった棚で埋め尽くされ、使用感のないベッドや窓際の机の上や横に所狭しと積み上げられた本。

それらの埃を取り除き、次に小さい家中を綺麗にする。

二人分の食事の用意を侍女の姿をした甘栗色の髪の妖精と共にすますと、庭へと出た。


「皆、今日も元気だね」


育てている野菜や、花たちの世話をする。

小さな小さな雨雲を召喚して、水をまんべんなく降らした。


「ここの朝は、空気が美味しいな」


いつも外に出るタイミングで、ココットはニコラスの胸元から出て、右肩に上がった。

ココットは丸めていた小さな体をめいっぱい伸ばし、朝の空気と光を堪能した。


「特別な結界が張られているって、姫様が言ってたよ」

「結界はともかく、ここはあの変わったのが居るから、ニコラスはそんなに働かなくてもいいんじゃないのか?」


ココットの視線はニコラスの数メートル先、なにやら草を積んでいる女性へと向けられていた。


「何度も言ってるけれど、あの人は妖精。

師匠はシルキーって呼んでるでしょ。

炊事洗濯、掃除や火の番までしてくれる妖精で、家の女主人なんだって。

お話はしないけれど、薬草や植物についても本を使って教えてくれるし、僕が困っていると、そっと助けてくれるよ」

「オレっちだって、ニコラスを助けてるもんね」

「うん。

僕、ココットが居てくれて、とっても嬉しいよ」


ココットのやきもちに気がつかないまま、ニコラスは微笑んだ。


「わ・・・分かってればいいよ」


それが嬉しくて、恥ずかしくて、ココットはニコラスの肩の上で丸くなってしまった。

そして、ニコラスの日課はもう一つあった。

家の一番奥、廊下の突き当りのドアを開けると、地下へと続く階段が現れた。

地下室は持ち主の魔力によって形成されていた。

空間は歪められ、壁が何処にあるかわからない程広く、また、地上の様に太陽や月の明かり、星の瞬きまでが天井から降り注ぐようになっていた


「おはようございます」


ノックをしても、そんな小さな音は分厚い紙の束達に吸収され、その人の耳には届かない。

書庫のドアから一番奥にある机の上も、本で埋め尽されていた。


「おはようございます、師匠。

朝ですよ~」


家の主、クレフは年期の入った皮椅子に腰掛けながら、本で顔を隠して熟睡するのがいつものスタイルだった。


「・・・ニコラス、お茶だけでいいですよ」

「おはようございます」


幾度となく肩を叩くと、クレフはゆっくりと体を起こした。

顔を覆っていた本をニコラスに手渡し、ゆっくりと立ち上がった。

「またそんな事を言って・・・駄目ですよ。

一日のスタートは朝食からですよ。

しっかり食べないと、頭だって動かないんですからね」


クレフは目の前に積み上げられた本を数冊ニコラスに手渡し、自分は四冊抱えた。


「大丈夫ですよ。

貴方の声を聞いた時から、しっかり動いてます」


ドアに向かいながら、手にしていた本をあるべき所へ納めていく。

ニコラスはそんなクレフの後ろを、重い本を抱えてついて歩く。


「ちゃんと食べないと、体が出来ませんよ」


クレフは手元の本を仕舞いきると、ニコラスの抱えているを手に取り、次々と棚に仕舞っていった。


「私はすでに成人しています」


書庫のドアが閉まる頃には、ニコラスの腕には一冊の本が残った。

これが、今日のニコラスの課題になる。

二ヶ月前から、ニコラスの一日はこうして始まっていた。


「今日は、タイアードのもとへは?」


廊下を歩きながら、ニコラスの一日のスケジュールを確認するのも日課だった。


「姫様が王様と話があるので、昨夜付いて行かれました。

お戻りは一週間後だそうです。

なので、その間は自主練習です」


ニコラスは強くなるために、魔法をクレフに、剣術をタイアードに習うことにした。

クレフの家は、アルジェニアの国を囲む北の山の上にあった。

特殊な結界が張られ、特別な人物しか足を踏み入られないようになっていた。

その山の麓にはジャガー病を研究する為の城、研究城があったが、この第三世界を支える四神柱の一つ、西方の守護神西のバカブ神の半身である大木の封印が解かれるのと引き換えに、跡形もなく無くなった。

何処までも伸びている大木の根元には、地上では咲かないはずの花が、四枚の花弁を満月色に輝かせていた。

それは、研究城の敷地内を埋め尽くしていた。

そして、その大木の下に、小さな木製の教会が建てられた。

そこには、ニコラスの姿をした西のバカブ神の木像が飾られていた。

その教会で、国の姫であるレビアとその近衛兵であるタイアードが住んでいた。

レビアの魔法で、特別な人物だけが行き来が出来るよう、その大木とクレフの家の庭にある池が結ばれた。

ニコラスは、その『魔法の道』で教会とクレフの家を行き来していた。


「では、新しい召喚獣と契約しておきましょう」

「え、本当ですか?」

「きっと、二人が戻ったら、仕事が入るでしょうから」


嬉しそうなニコラスとは逆に、クレフは一週間後の事を予想してゲンナリした。


「なら、尚更、ちゃんと食べなきゃですよ」

「空腹ではありません」

「我侭て言うんですよ、それ。

スープだけでも食べてもらいますよ」


キッチンのドアを開けた瞬間、クレフの動きがピタリと止まった。

そのせいで、ニコラスはクレフの背中に鼻を打ち付けた。


「ニコラス、粗大ゴミです。

捨ててきて下さい」

「一週間ぶりですね」


クレフの背中から顔を出しキッチンを覗き見ると、その足元に黒い塊が転がっていた。

この二カ月、こういうことは度々あった。

ピクリとも動かないそれは、クレフの召喚獣によって家の奥へと運ばれていった。




「おかわり」


昨日、キッチンに瀕死の状態で倒れていたアレルは、一晩寝ただけでだいぶ回復していた。


「スープもな」


汚れをきれいさっぱり落とされた褐色の肌も露わに、逞しい腕や腹部には包帯が巻かれ、下半身はパンツ一枚の姿で、ペロリと五人分の料理をたいらげてしまった。


「相変わらずの回復力ですね」


呆れた声を出したニコラスは、六人分目の料理を食べるアレルを見ながら、次の料理をシルキーと共に作り始めた。

クレフはそんな姿を視界に入れるのも嫌だと言わんばかりに、アレルに背を向けて分厚い本を読みながら、お茶をすすっていた。


「粗大ゴミだと言ったではないですか」

「今までで一番ひどい状態でしたよ、汚れも服も。

そんなに嫌なら、僕が手当しましたよ」


血だらけ泥だらけ、身につけている服らしいものはズタズタだった。

結局、ニコラスに懇願されて、クレフが手当をした。


「殺しても死にませんよ。

それに万が一、貴方が感染してしまったらどうするのですか?」


アレルは黒い翼を持っていた。

自由に出し入れ出来るその翼は、ジャガー病で得たものだった。

ジャガー病感染者であるはずのこの青年は、病と共存しているようで、ニコラスやカリフは感染源となる血に触れても、なぜか感染はしないようだった。

しかし、万が一感染したら・・・

それを恐れて、アレルもクレフも、ニコラスに治療はさせなかった。

クレフの眉が不愉快にひそめられたのを見て、ニコラスは軽くため息をついた。

「さすがに、あの状態から一晩で復活できるなんて、思っていませんでしたから」

「とにかく、食べたら叩き出してください」


クレフはお茶を飲み終ると音もなく立ち上がり、ニコラスに背中を向けた。

いつにもましてクレフは不機嫌だった。


「いつものことじゃんかな。

寝込みを襲われるのなんか。

いつも未遂だし」

「今回は、看病で寝落ちしちゃって、結界張るの忘れたみたいよ」


ココットとニコラスのヒソヒソ話に、クレフが纏う空気が冷たくなった。


「お礼のキスぐらい、いいじゃんかなぁ。

あ、出発は明日な」


書庫に戻ろうとするクレフに、アレルが声をかけた。


「「は?」」


クレフとニコラスの声が重なった。


「孤児院でフォラカに奪われた水晶の行方が分かったんだけど、内偵にいったガイからの定期報告が途絶えた。

だから、俺らに取り戻して来いってさ。

本当は、昨日には出発しろって言われてたんだけどさ、俺もこないだの後始末に手戻っちまって。

あの林檎の樹に誘われて湧き出てたモンスターとジャガー病患者、あらかた片づけたのはいいけどよ、広範囲だからさすがに寝不足でよ。

明日、行くぞ」


国自体には、外からモンスターが入らないように結界が張られ、さらに各村や町にも結界が張られているが、それぞれを繋ぐ道にはそんなに強い結界は張られていない。

今回の様に、何らかの原因で国の中からモンスターが湧いてしまった場合は、倒すしか手はない。


「事後処理、お疲れさまでした。

ですが、お断りします」

「つ~めてぇの。

報酬は弾めないけど、お前が欲しがってたあれ、あれ、あの・・・

なんとかって本を用意してくれるってよ」


クレフの眉が微かに動き、小さなため息をついてキッチンを出た。


「・・・今回だけですよ」

「よし、決まりだな」


アレルは意気揚々と食事を再開した。

こうして、ニコラスの平和な日は幕を閉じた。


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