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零地帯  作者: 三間 久士
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少年ニコラスその9(責任と仕事とリンゴ)

9・責任と仕事とリンゴ


 青年に荷物のように肩に担がれ、自分の神殿につく頃には恐怖心は薄らいでいた。


湯を沸かし身を清めて、飯を作っとけ。


そう青年に言われたニコラスだったが、すでに湯は沸かされていたので身を清めると、料理の前にお祈りをしようと祈りの部屋へと向かった。

廊下に漂う夜の冷気を吸いながら、少し厚めの新しい木のドアを少し開けると、温まった空気が出迎えた。

が、何やらその空気がおかしかった。

祈りの部屋のドアの隙間から中を覗いてみると、いつものように窓際で読書をするクレフの前に、あの黒い青年が殺気をみなぎらせて立っていた。


「お前なぁ、あんな時間に、あんなチビを、一人で表を歩かせるなんて、何を考えてんだ!

時間は守らせろ!

この前は何もなかったが、今日は危なかったんだからな!」


チビの所を強調されて、ニコラスは少し落ち込んだ。


「なぜ私が貴方に説教をされなければいけないのでしょうか?

匂いますよ。」

「レビアが寝てたんなら、お前の責任だろうが!

仕事してきたんだから、しかたないだろう!」


本に視線を落としたまま、感情なく流されたことにさらに苛立ったのか、青年はクレフの手から本を荒々しく取り上げ、瞬時に燃やした。


「私はあの子の保護者でも、監視者でもありません!

まずは、身を清めてください。

不衛生すぎます。

獣ですか?」


その一連の行動にクレフは腹を立て、声に機嫌の悪さをのせ、眉間にシワを寄せて青年を睨みつけた。


「レビアが寝てんだから、あのチビを見れるのはお前しかいないだろうが!

すぐに、仕事に戻る!」


負けじと、男もさらに声を荒げた。


「あの子をレビアのもとに連れてきた段階で、私の仕事は終了です。

お・わ・り・です。

後のことは、サービスです。

私の前で、そんな格好でいないで下さい」

「お前もレビアの管轄なら、この仕事にサービスなんてないのは、分かってんだろう?!

仕事してきたんだから、文句言うんじゃねぇよ!」

「お言葉ですが、レビアの管轄だからこそ、自分の仕事以外は手を出さないのが鉄則でしょう?

一つの案件に、誰がどのように関わっているのかを把握しているのはレビアだけです。

全体の絵を描くのがレビアの仕事です。

私達はその絵の一つのパーツに過ぎません。

一つのパーツが余計なことをしたら、絵の完成が違うものになります。

いつもなら、お互いが顔を合わせることはありません。

貴方は、そんなことも分からず、レビアに使えているのですか?

それに、仕事仕事と、仕事を言い訳にしないでください。

私は人間らしく、清潔にしてくださいと言っています。

獣ではないのですから。

ああ、そうでした。

失礼、貴方はそこらの獣なんかより、ずっと獣でしたね」

「ああん!だぁ~れが獣だと!」

「私の目の前にいる貴方ですよ。

あ・な・た。

獣と言われるのが嫌なら、さっさと身を清めてください。

仕事を言い訳にはしないでください」

「う・る・せ・え!

んなことぐらい、分かってる!レビアが・・・」

「あ~もう、レビアレビアと煩いですわぁ。

タイアードが起きてしまいますでしょう。

痴話喧嘩なら、お家に帰って身を清めてからにしてくださいな。

あら、クレフの言うように、今日はいつもより匂いますわね」


だんだん声量が増してきた二人の間に、奥から出てきたレビアが場違いな程おっとりした、呆れた声で入り込んだ。


「痴話喧嘩って・・・」

「どこに帰れってんだ!」


レビアに言われ、クレフは言葉を飲み込み、青年はイライラと言い返した。


「ここは、ニコラスの神殿ですわ。

私も目が覚めたのですから、ここに詰めている必要は無くなりましたわよ。

クレフの家に帰って、続きをどうぞ」


二人は何かを言おうとしたものの、結局は魚の様に口をパクパクさせ、クレフは椅子に腰を落ち着かせ、青年はその場であぐらをかいた。


「あんなこと言っていますけど、クレフさんはニコラス君が心配で、小さな召喚獣をお守りにつけていますよ。

多分、一定条件がそろったら、姿を現す様になっているかと。

あの人はあの人で、気づかれない距離で見ていました。

ま、別件で居なくなる時は、僕が代わりでしたけど」


思わず一部始終をのぞき見していたニコラスの背後に、いつの間にか戻っていたガイが立ち、こっそりと耳打ちした。


「あの二人、何だかんだ言って、ニコラス君が心配でしょうがないんですよ。

カリフ君とキルラちゃんは、ちゃんと送り届けましたよ」


それらの言葉に、ニコラスはお腹のそこから感情の波がこみ上げてきた。

ただ、その感情がどんなものなのか、ニコラス自身も分からなかったが、とても暖かいことだけは感じていた。


「クレフ、あの黒いヤツとはまともに顔合わせて怒鳴ったりするんだな」


ニコラスの胸元、定位置から見ていたココットは、半分感心したように呟いた。


「なぜ私の家に、こんな不潔で乱暴な男を入れなければいけないのですか!

先程も、私の読んでいた本を取り上げ、燃やしてしまったんですよ!」

「人の話を聞く態度を、教えてやったんだろ」

「私には、貴方の話を聞くより本を読むほうが百万倍も大切なのです!

それに、貴方のおかげで、数日間読書の時間を奪われました!」

「ああ、そうですか!チビの身の安全より、本の方が大事なんだな、お前は!」

「そうは言っていないでしょう!」

「そういうことだろう!」


お互い、再び立ち上がると、顔を近づけて言い争い始めた。


「第一、お使いに行かせたんなら、用が終わったらとっとと帰ってこいって言っとけ!」

「あの子にはあの子の考えがあって・・・」

「考え?

ああ、考えて行動するのは立派だ!

だがな、まだチビなんだから、リスク管理を覚えるまでは保護者がリードしなきゃだろうが!」

「だから、私はあの子の保護者では・・・」


クレフが言い切る前に、青年が言葉を乱雑に被せてくる。

今にも噛みつきそうな勢いの二人だったが、クレフの反論中に、青年が急にその口を自分の口で塞いだ。

一泊空いて、乾いた音が部屋中に響いた。


「あ・・・貴方は・・・何を・・・」


青年の頬を引っ叩いたままの格好で、クレフは肩で呼吸をしていた。


「・・・いてててて

・・・だってよ、こんなに口が近づいたんだぜ。

キスの一つや二つ、いいじゃん」

「良くないです!!」


目尻を釣り上げたクレフと、キスをしてすっかり落ち着いた青年の頭を、大きな手が鷲掴みにした。


「あらあら、起きてしまいましたのね」


寝起きが悪いのか、まだ寝たりないのか、いつもの仏頂面に輪をかけて、隈の酷い凶相のタイアードが二人を見をろしていた。


そろそろ行きましょうか。


そう言って、ガイはニコラスを促して部屋に入った。


「只今戻りました。

・・・あららら、今日は何をしでかしたんですか?」


さも、「今、帰りました」といった顔で、ガイは小首をかしげて見せた。


「うるせえな。

何もしてねえよ」


青年はガイと一緒に入ってきたニコラスを見て、自分の頭を鷲掴みにしている大きな手を払い除けた。


「お疲れ様です」


クレフも小さな羽虫を払うように、タイアードの手を払い除け、いつもの調子でニコラスに声をかけた。


「あ・・・はい、その・・・」

「それだから、怒られるのですわ。

お帰りなさい、ニコラス」


クレフに駄目だしをして、レビアは優しく微笑みながらニコラスに声をかけた。


「あ・・・」


戸惑うニコラスに青年が歩み寄り、焦げ茶色の猫っ毛を頭蓋骨ごと鷲掴みにした。


「オウ、帰ったら、何て言うんだよ」


不機嫌な声を頭の上から浴びせられ、ニコラスは恐る恐る口を開いた。


「ただいま・・・戻りました・・・」

「四十点」


速攻で辛めの点数をつけられ、ニコラスは軽くパニックになりかけて、せわしなく左右に視線を走らせて無言の助けを求めた。


「せっかく清めたニコラス君の髪が汚れます」


ニコラスの頭を鷲掴みにする手を遠慮なく払いのけ、ガイはニコラスをレビアのもとに促した。


「ガイ・・・お前、俺のこと主だと思ってないだろう」

「主の間違えを正すのも、従者の努めです。

これ以上、成長期のニコラス君の睡眠時間が短くならないよう、報告を始めませんか?」


その声はとても優しく、幼い手を取ってくれたレビアの柔らかな手は温かく、ニコラスはとても安心した。


「どちらへ?」


スッ・・・と、一同の視線から姿を消そうとした青年に、クレフが声をかけた。


「あん?

さっきから言ってんだろ。

仕事だ、仕事。

俺様の分の報告は、ガイから聞いてくれ。

あ~・・・坊主、しばらくはクレフから放れんなよ。

っうか、もうアンナんトコ行くな。

わかったな。

あと、あんな量じゃ腹の虫の足しにもならねえ。

俺様の一食分は他人様の十食分だと覚えとけよ。

そこの本の虫は固形物食わねえからな。

味は文句なしで美味かった。

朝には戻るから、俺様の飯、残しとけよ」


一同に背中を向けたまま言いたいことを言いたいだけ言うと、青年は片手をヒラヒラ降って窓から姿を消した。


「・・・ご飯って、作れるときは、クレフさんの分しか用意してなかったはずなんですが」


夜に帰宅すると、朝作っておいたクレフの分は、いつも完食されて綺麗にお皿も洗われていたので、てっきりクレフが食べているのだと思っていたニコラスは、アワアワとクレフを見た。


「私は余り食事をとりません。

貴方の作ってくださったスープで、十分足りていましたよ」


青年の姿が消えると、クレフはため息とともに肩の力を抜いて、椅子に腰を落ち着かせ、窓の外に視線を向けた。

が、本が燃やされ手持ち無沙汰なのか、右手を膝の上で軽く握ったり開いたりしていた。


「ああ、クレフさんの食べ残しを平らげたんですね。

すみません、うちの主、食い意地が張っていて。

あの人、ほんと良く食べるんです。

仕事で野外だと、取った獲物の丸焼きが主食なので、栄養バランスは崩れるし、体臭も獣に近くなるので、携帯食を食べてもらいたいんですけれどね。

味がイマイチらしくて」

「あらあら、私も頂きたいですわ、ニコラスの手料理。

睡眠を確りとりましたから、食欲が出てきましたの。

私やガイも手伝いますから、作っていただけますかしら?」

「今からですか?」


レビアの勢いに驚き、ニコラスはガイとクレフを交互に見た。


「簡単なものでいいので、皆で食べましょう。

タイアード、貴方はここでクレフと待っていてくださいな」


ガイとクレフから助け舟はなく、ニコラスはレビアに押されるように、ガイは慌てたニコラスに捕まられ、キッチンへと向かった。


「林檎は、使わないでください」


そんな三人の背中に、クレフは静かに声をかけた。


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