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零地帯  作者: 三間 久士
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少年ニコラスその7(悪魔と女神と姫とリンゴ)

7、悪魔と女神と姫とリンゴ


 孤児院の台所事情は余裕があるとは言えなかった。

城からの援助があると言っても、二十人近くの子供と、四人の大人を賄うには厳しかった。

用意されている材料はとても質素で、日によっては人数分ない時もあった。

そんな日は、大人が教えたわけでもなく、年上の子が幼い子どもたちに食事を分け与えていた。


国がもっと支援をしてくれてもいいのに。


正直、そう思うこともある。

でも、国の特色を考えると、この施設にだけ援助を増やしてほしいとは到底言えない。

ジャガー病の差別にあい、この街に避難して来た人たちの中には、避難当初は国の援助で生活を始めるが、それも生活が軌道に乗り自立できるようになるまでだった。

商売や特殊な資格を持っているものは、だいたい二~三ヶ月で自立出来た。

しかし、この施設のように、まだ自立する術を持たない子ども達も少なくない。

この施設で出来ることといえば、こうして小さいながらも畑を作り、少しでもお腹の足しにすることだった。

だから、マークが林檎を差し入れしてくれたり、それを売ったお金を院に入れてくれたり、空いている時間で子ども達に勉強を教えてくれるのは、とてもありがたかった。

そしてもう一人・・・


「この野菜は、ユージという根菜と相性が良いので、一緒に植えると相乗効果で成長も早いんです。

しかも、採れる実の数も増えて、大きさも味も良くなるんです」


この数日、研究城から来たニコラスという少年は、院の台所を手伝い、子ども達と勉強をし、裏庭の小さな畑で育てられている野菜について、手を加えながらアドバイスをしてくれた。

それに、それまでは気が付かなかったけれど、傷や熱等に効く薬草が自生していて、それらの煎じ方や使用方法も丁寧に教えてくれた。

感心する私に見せてくれた照れた笑みは、年相応の少年の顔をしている。

そんなニコラスの胸元にはペットなのか、いつもリスのような小さな動物が顔を出して大人しく様子を見ていた。


「僕の集落は、色々な方がいましたから。

野菜の作り方や、それらを使った料理、家畜の育て方は、経験豊富な皆さんに教わりました。

薬については・・・皆さんの病気を診ていた母さんや、神父様達から教わりました」


この寒空の下、汚れる事を嫌がりもせず、素手で土を触りながら、集落で過ごした事を、集落で生きていた人々を思い出したのだろうか、その瞳が潤んでいた。


「素敵な故郷ね」

「・・・アンナさんが住んでいた所は、どんな所だったんですか?」


涙が零れそうになったのか、勢いよく袖で目元を擦って立ち上がった。

この少年は、なぜこんなにも我慢をするのだろう?

ここにいる子どもたちは来たばかりの時、幼い子供は親を恋しがって泣いていた。

状況を理解している子は、心を閉ざしていた。

けれど、ニコラスは・・・現状を理解し、飲み込もうとしているのだろうか?

そうだとしたら、なんて強い子どもなんだろう。


「私の住んでいたところは、色々な花に溢れた街だったわ。

一年中花があって、家の中も外も花花花。道行く人々の胸元や帽子飾り、お洒落な人は靴にまで花を飾っていたわ。

街中が花の匂いに包まれていたわね」


土をいじるのは好きだ。

時に冷たく時に暖かく、まるで人間の感情のようだと私は思っている。


「すごいですね。そんな街が、この国にあるんですね」

「・・・いいえ。

私の街はこの国の隣の隣。

私の街は、加工した花の製品をこの国に売っていたのよ。

私の夫は花の加工に携わる仕事をしていて、私は通りで小さな荷馬車で花売りをしていたの。

幼い娘は、いつも荷馬車の周りで遊んでいたわ」


立ち上がり、スカートの裾を片手でつまんでゆっくりと踊り始める。


「娘がよく踊っていたの」


ああ、こうして踊ったのは、何年ぶりだろう?

ここの子どもたちが輪になって踊っている時も、私は笑ってみているだけだった気がする。


「アンナさん、その傷は・・・」


風を含んだスカートの裾がめくれ、足が上まで見えたのだろう。

ニコラスの視線は、私の両膝に止まっていた。

そこには頬の傷と同じぐらい大きな傷がある。


「あら、見苦しいものを見せちゃったわね。

ごめんなさい」


膝の傷も、特には気にしていない。

ただ、状態があまり良くないので、他人はいい気分ではないだろうと思っている。


「新月の夜だったわ。

仕入れから帰ってきた夫が、夕飯時に発病したの。

きっと、仕入れの道中に襲われていたのね」


ニコラスは話を聞いていいのか迷っていたけれど、私は話を続けた。


「その瞬間は、激痛が走るのかしら?

夫は急に叫びだして体中をかきむしりながら人間ではなくなっていったわ。

食事の整ったテーブルが散乱して、私は娘を抱きしめるのが精一杯で・・・。

姿を変えながら、夫は私に飛びかかってきたわ。

あれは、助けてほしかったのね、きっと。

でも・・・夫は私の目の前で燃えたの。

急に胸から太い腕を生やしたかと思ったら、一気に燃え上がったの。

断末魔もなかったわ。

その後ろに、黒い男が立っていて、私の臭いを嗅いで・・・


「違うな」


って、ただ一言。

そして、怯える娘の匂いを嗅いで・・・

男は私の腕から娘を強引に奪って、夫にしたように・・・

燃やしたわ。

私の手が届かないように、黒い翼で宙に浮かびながら」


夫と娘は、悪魔に殺された。


「でも、今なら分かるわ。

娘も、感染していたのね」


そう、今なら理解できる。

でも、それは頭であって、心はまだ整理が終わっていない。


「夫と娘を燃やした火は、家も飲み込んだわ。

近所の人が私を助けてくれたのだけれど・・・

むごたらしい夫の姿を見ていたのね。

すぐに『感染者の家族』として差別される様になったわ。

この頬と膝の傷が、感染源と誤解されたのね。

今なら、近所の人たちの気持ちが分かるわ。

私でも、そう思うわ。

本当は、夫がテーブルを散乱させた時に付いたみたいなんだけれど。

手当されるまで、気づかなかった。

今まで親しくしていた人たちが、話をしてくれなくなった。

食べ物も売ってくれなくなった。

もちろん、私から花を買う人も、仕入れをさせてくれる人も。

怒りと孤独と悲しさで心が一杯になっていた時、創造女神神官のサーシャ様が私を姫様の元に導いてくれたの。

姫様は私の話を聞いて、私に新しい居場所を与えてくださった。

そして、少しすると、私と同じ境遇の子どもたちが、この家で共に生活をするようになったの」

「同じ境遇・・・」


子どもたちが私と同じ扱いを受けたと思うと、胸が痛む。

家族を目の前で失い、親しかった者たちからは手のひらを返すように冷たくあしらわれ・・・

心を閉ざすのが分かる。

それでも、あの子達は、笑顔をみせてくれるようになった。


「子どもたちは、黒い男を『悪魔』と呼んで、姫様やサーシャ様を『女神様』と呼んでいるわ。

けれど、一番にジャガー病から助けてくれたのは、その『悪魔』なのよね。

印象がとっても怖いから、子どもたちはわからないでしょうけれど」


姫様のもとでジャガー病について勉強した今となっては、あの『対応』が一番良い方法だとは分かる。

けれども、心がついていかない。

私達家族にとっては、その瞬間の『対応』は『惨劇』でしかない。

どんな言い訳を聞いても、悪魔の囁きにしか聞こえない。

だから、サーシャ様が『女神様』が必要とされる。

そして、姫様が新しい『家』と『家族』を与えてくださる。


「ニコラス、ここでの暮らしはいかが?

何不自由なくとはいかないけれど、貴方の知識や経験はここではとても役に立つし、子ども達も貴方を受け入れているわ。

貴方さえ良ければ、ここでずっと暮らしてもいいのよ」


皆、この子のように、ここに来る。


「・・・僕は、僕の居場所は・・・」


ニコラスの大きな瞳は、とても迷っていた。

それは、ここに来る子ども達とは違った色。

他の子ども達と同じように悲しみや戸惑いの色はあるけれど、他の子ども達とは違って確りとした優しさの色があった。

きっとこの子は、この子の心は強いのだろう。

この子は、あの『悪魔』をどう思っているのかしら・・・。


「ママ先生、キルラおねえちゃんがまだ帰ってこないの。

今日、私とお夕飯のお手伝いのお当番なのに」


まだ幼い、キルラよりも3つも幼いコートンが、食事の手伝い用のエプロンを付けて、自慢の金色のおさげを揺らして出て来たけれど、その顔にいつものあどけない笑顔がなかった。


「まだって、もう日が暮れてしまうわ・・・

キルラはどこかへ行ったの?

私は聞いていないのだけれど・・・」

「マーク先生のお薬が残り少ないからって、お昼ご飯の後に買いに行ったの。

キルラおねえちゃん、ママ先生に言ってから行くって言ってたけれど・・・」


聞いていないわ。

キルラからも、他の大人達からも・・・


「アンナさん、僕が探しに行ってきます」


コートンの足元に転がっていた芋を手渡しながら、ニコラスが申し出てくれた。


「いけないわ、貴方も子どもよ。

もう、暗くなるのに、子どもを行かせられません。

私が行きます」

「暗くなってアンナさんが居ないと、子ども達皆が不安になります。

皆、アンナさんが居るから、安心して暮らしているんですから。

僕なら大丈夫です」


そう言って、ニコラスは腰に下げた剣に軽く手をかけて優しく笑った。

この子には戦いの経験があると聞いた。

確かに、何かあった時、私よりもこの子の方が対処しきれるかもしれない。

けれど、『親』としては行かせられない。


「ニコラス、私が・・・」

「オレも行く」


私が言い終わる前に、外套を被りランプを持った姿のカリフが姿を現した。


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