表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零地帯  作者: 三間 久士
135/137

番外編その2『終末』後・継承するもの、コルリ

■『終末』後・継承するもの、コルリ■


空には、多くの色があると教えてくれたのは、アンドレアだった。

あの日、絵を描けと言われ、白いスケッチブックを黒で塗りつぶした。

ボクは、生まれ育った町を描いていた。


「黒い夜は怖いんだ・・・」


そう、言われた。

アンドレアとジョルジャにとって、その一面の黒は、彼らから大切なモノを何度も奪った『夜』だった。

あの日見上げた空の色を、ボクは忘れない。

青々と生い茂った葉や、そこから零れて降り注いでくる太陽の光。

大木の生命力はとても優しく、明るさも温もりも生まれ育った町とは正反対だと、ボクは気が付いた。




・・・黒い迷宮・・・

『終末』前、一週間程前まで、そう呼ばれた町があった。

悪の神を封印していたその町は、ならず者の集まる町で、世界中の負の感情が集まり、それを糧に成長する町だった。

そんな町でも、子どもは産まれる。

産まれて直ぐに売られたり、商品としてそこそこ成長するまで育てられる。

そして、放棄されたり、逃げ出して運良く育った子どもは、いつの間にか子どもの強盗組織に入っていた。

強盗組織は見境なしに盗みに入り、他の町の商人や他の組織との交渉手段に使ったりしていた。

そのアイテムに憑いている曰くが大きければ大きい程、その品物は商談では有利になる。

しかし、手に入れるにはそれなりのリスクが伴うため、死んでしまっても構わない末端に盗ませる。

末端の子ども達は、その日食べるパンの為だけにリスクを冒していた。

そんな町も、東のバカブ神が復活し、その分身である風の柱が復活する時には全壊直前までいった。

しかし、生命力の強さか、町は早々に再起し始めた。

『終末』の時、人々は風の柱を囲み、東のバカブ神やジャガー神、悪の神、自殺の女神等に祈りを捧げていた。

そんな町に、コルリは戻ってきた。

もともと、人々の負の感情で緑が育つ迷宮だから、町の風景を見ても何も思わなかった。

ただ、町の毒々しい空気は懐かしさを覚えた。

久しぶりの空気に息苦しさを感じて、教会の空気が恋しくなった。

同時に、もう一度ここに住むことはおろか、長居すら出来ないと確信して、足を進めた。

闇に紛れて進むのは慣れていた。

コルリは盗む事が下手だった。

何かしら盗んで年上に差し出さないと、その日のパンが貰えない。

貰えないどころか、上の子達の機嫌が悪いとリンチに合うこともあった。

それが嫌で、コルリは逃げ足と、闇に紛れる事は上手くなった。


 小さな声に呼ばれた気がして、コルリは足を止めた。

それは、場末の飯屋の二階、開かれた窓から聞こえた。

コルリは近場の樹に登り、枝に隠れて中の様子を窺った。

部屋には女が客を取るベッドが一つあり、そこに痩せ細った下半身が血だらけの女が倒れ、痙攣をしていた。

その女を囲む男が3人。

そのうちの1人は、産まれたばかりなのだろう、血だらけの、まだ臍の緒の切られていない赤ん坊を抱いていた。


「こりゃあ駄目だな。

泣きやしねぇ」


赤ん坊を抱いていた男は、ピクリともしない赤ん坊を逆さまにしてその背中を叩くが、反応はなかった。


「死んでたって、かまいやしないだろう。

少し、鮮度が落ちるぐらいの事だ」


隣の男が懐から袋を取り出すと、赤ん坊は乱暴に臍の緒を引きちぎられ、無造作にその袋に入れられた。


「この女も、もう駄目だな」

「なら、女も鮮度がいいうちに届けようや。

妊婦だって言うのに、たいした肉はついてないがな」


男たちが部屋を出ようとした瞬間、痙攣していた女の体が鈍い音を立てて変形し始めた。


「お、おい、この女・・・」

「ビースト病感染者かよ!」


四肢は幾つもの節を持ち、昆虫のように床に着いた。

目は小さな顔の中に幾つも現れ、長い黒髪はごっそりと抜けて頭蓋骨が見える個所もあった。

口は大きく裂け、のこぎりの様な歯が2重3重に生えていた。

女だったそれは、更に脚や手を生やし、男たちを捕まえた。


「助けてくれ!」

「助けて・・・

たすけ・・・」


男たちは抵抗もむなしく、順番にのこぎりの様な歯に頭から齧られ、ギリギリと分断され、時には食いちぎられ、咀嚼され、断末魔と共に飲み込まれた。

噴き出す鮮血は壁を染め、床は食べこぼした肉や臓物と共に血だまりを作った。


「ぎぃぎぃぎぃ・・・」


鳴き声なのか、呼び声なのか、その声を発しながら、女だったそれはグズグズと崩れ始めた。

断末魔らしきものもなく、人間の原型も化け物の原型も無くなった頃、コルリの所まで、腐敗臭が漂ってきた。

今までなら、嗅ぎなれたその匂いも、今では嘔吐してしまう匂いだった。


「顔色が悪いですよ」


口元を押さえ、枝に膝をついたコルリの背中を、細めの手が優しく摩った。


「・・・あれが、ビースト病?」

「そうです。

この町では、珍しいですね。

『終末』で、世界は一変しました。

人間の作ったものは、強い結界が張っていなかったところは、ほぼ壊滅ですよ。

モンスター除けの結界もほとんど壊れて、あまり機能していませんね。

モンスターの襲撃に、ビースト病の発病者の対応に・・・

それを考えたら、この町の再起するスピードは、さすがとしか言いようがありませんね」


胃の中の物を全て吐き切って、少し落ち着いたコルリは、ゆっくりと振り返った。

そこに、待ち望んでいた人が立っているのをその目で確認すると、声もなく泣き出した。


「・・・良かった、ガイさん、生きてた」

「色々と事後処理に追われていまして。

アイビスちゃんや教会の皆さんは、無事ですか?」


右手で胸元の服を握り、左腕で両目を隠しながら泣くコルリを、ガイは優しく抱きしめた。


「皆、無事。

町も全壊はしなかった。

毎日、町の人たちに炊き出ししてる。

アブビルトさん、僕たちを守るためにたくさん魔力を使ったのに、まだ夜は警備用の兵隊を出しているから、なかなか太くならない」

「・・・良かった。

皆さん、生きていてくれて」


ガイはコルリの報告を聞いて、安堵のため息をついた。

そして、胸元でグズグズとなくコルリを抱き上げて、樹から樹へと飛び移り、あっと言う間に町の外に出た。


「歩けますか?

と言いますか、なぜこの町に?

どうやって来たんですか?」


町の臭気が薄れた頃、ガイはコルリを森の入り口に下ろした。

普通に歩いたとしても、大人の足でも一か月はかかる。

しかも、今は『終末』後で、整備されていた旅路もなくなってしまっていた。


「歩ける。

ガイさんが帰ってこないから・・・

ボクみたいな子どもを助けているのかと思って・・・

アブビルトさんが、馬を描いてくれた。

翼のついた馬だったから、飛んでここまでこれた」


なるほど、と納得して、ガイは辺りを見回した。


「僕を、探しに来てくれたんですか?」


ガイは目当ての物を見つけると、茂みの葉を一枚とり、口に入れて奥歯ですり潰して飲み込んだ。

そして、もう一枚とり、コルリに差し出した。

青緑色の幅広いそれは、ガイの手ほどの大きさで、葉脈が赤かった。


「・・・何となく、ガイさんはこの町に来ると思って」

「ここは、僕の管轄ですからね。

柱が機能しているか、教会に行く前に確認しようと思いまして。

毒消し草ですよ。

昔から、ここら辺によく自生していたんです。

体内に入った町の毒が消えますよ」


言われて、コルリはガイがしたように口に入れ、奥歯ですり潰した。

瞬間、渋みが口の中全体に広がり、唾液と共に喉元に落ち、コルリは目を白黒させた。


「はい、我慢です」


そんなコルリの口元を、ガイは手で押さえ、強引に飲み込ませた。

経験したことのない渋みに、コルリは舌を出し、涙目でガイを見た。


「よく出来ました。

この味は、保証しますよ」


言って、ガイは腰に下げている皮の袋から、小瓶を取り出した。

中には、虹色に輝く小さな粒がいくつか入っていた。


「夢見のキャンディです。

これを舐めて寝ると、とてもいい夢が見られるんですよ」


ガイは小瓶から一粒取り出すと、コルリの口に入れてやった。

すると、今までの渋みがたちまち消え去り、優しい甘みが口の中に広がった。

思わず、コルリの頬が緩んだ。

そして、体が軽くなったことに気が付いた。


「今夜はいい夢が見れますよ。

帰りましょう、皆さんの待つ教会へ。

・・・コルリ君?」


森の中に足を進めようとしたガイだったが、コルリはジッと町の方を見ていた。


「ボクは、何も知らなかった。

ガイさんに助けられるまではあの町が全てで、世界は灰色とか黒とかで・・・

それが夜の色で、世界にはいろんな色があるって、アンドレアやガイさんが教えてくれた。

アイビスは、汚いものを知らなくて済む。

暖かいものに囲まれて、幸せになれる」

「コルリ君は、汚いものを知っているからこそ、その美しさがどんなにすばらしいか、わかるんですよ」

「・・・知らなくていい事もあると思う。

アイビスは、あんな町、知らなくていい。

そう思ったら・・・

他にもアイビスのように助けられる子がいるんじゃないかって・・・」


コルリは今まで、自分とアイビスが生きていくことだけを、食べることだけを考えていた。

それがガイに助けられ、教会で色着いた世界を知り、『終末』で世界が壊れる中で初めて祈りながら、いつしかこの町で生きる子ども達の事を思った。


「今までは、ジャガー病への対応が確立していました。

でも、今はその機関も崩壊し、研究は大きく後退しています。

子どもに限った事ではなく、大人も、保護した者がジャガー病感染者かどうかも分からず、いつ発病するかわからない状態です。

そんな状態では、今教会に居る皆さんが危険に晒されます。

アンドレア君とジョルジャ君は、発病者に襲われる経験を2回もしています」

「・・・ボクは、何も出来なかった」


コルリは町を見つめたまま、数刻前の飯屋の2階の惨状を思い出していた。

助けるどころか、喉が恐怖で引っ付き、悲鳴すらでなかった。

ガイはそんなコルリの手を握り、一緒に町を見つめた。


「そうですね、今は、何も出来ませんでしたね。

もし、本当に人を助けたいのなら、コルリ君は自分を守る術を身につけましょう。

人を護るには、自分が強くならなければいけません。

大丈夫です、僕の指導は易しいですから。

それから、世界の物事を学びましょう。

物事を知っていれば、余計な争いを回避できます。

助けたい方を、安全に確保できるのが一番ですから。

ジャガー病に関しては、ニコラス君が何とかしてくれると思いますよ。

まずは、皆さんの元に帰って、相談ですね。

こういう事は、一人ではなく皆でやることですから」

「僕の考えは、間違っていないの?」

「立派ですよ。

間違えではありません。

ただ、順番があるってことですよ」

「・・・じゃあ、ガイさんを師匠って呼んでいい?」


コルリは、横に立つガイを見上げた。

ガイはそんなコルリを見つめ、繋いだ手のぬくもりに、『繋がり』を感じた。


「僕は、亡くしました。

初恋の方を、その忘れ形見を、自分の命を無くしても守ると誓った大切な方を・・・

誰一人として、守ることは出来ませんでした。

たとえそれが、決められていた運命で、変えようがないとしても、僕は守り抜きたかったんです。

でも、コルリ君とこうして手を握っていると・・・

ああ、『繋がって』『続いていく』んだなって、思いました」

「繋がる・・・?

続いていく・・・?」


人の良さそうな糸目を見つめながら、コルリは小首をかしげた。

そんなコルリに、ガイはいつもの微笑みを向けた。


「『継承』です。

僕の総てを、君に託しましょう。

そして君は、多くの子ども達に、世界には多くの色があると教えてあげてください。

次は、その子達が、さらに多くの子ども達に教えてあげるでしょうから」




 その言葉の意味を、その時のボクは良く理解できていなかった。

師匠の姿が消えて、もう数十年になる。

テーブルの上に広げたアイテムの数々を、確認しながらかわの袋に詰め込み、腰ひもに下げる。

マントの裾や、靴、服の至る所に仕込んだ小型の武器の確認。

これらは見落としが無いよう、出来るだけ明るい日中やること。

・・・全部師匠仕込みだ

仕上げに、壁に飾った絵を見る。

真っ黒に塗りつぶされたスケッチブックの一枚は、ボクのスタートだ。

この部屋を出てあの町に向かう時、ボクは必ずこの言葉を口にする。


「空には・・・

世界には、多くの色がある。

さぁ、新たな『継承者』を見つけに行こう」


そして、部屋の窓から飛び出て、風を身に纏い、あの町へ向かう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ