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零地帯  作者: 三間 久士
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番外編その1 『終末』前・シーフ、フォラカの夜


■『終末』前・シーフ、フォラカの夜■


 高い天井に広く長い廊下。

採光用の窓には、色とりどりのステンドグラスが惜しみなく使われていた。

日中なら取り入れた太陽光で、磨き上げられた大理石の床にまばゆい光の絵を落とすが、今は深夜。

月の微かな明かりが、ぼんやりと影を落としていた。

大きな観音開きの大理石のドアを開けると、円形状の大きな祈りの間だった。

天井も半円状のドームになっていて、ここにも全面にステンドグラスが使われていた。

そこから差し込む光は、部屋の中央に祭られている女神像を輝かせていた。

ゆるくウェーブを描く豊かな長い髪の女神像は、右手には錫杖を持ち、左手は緩やかに広げられていた。

穏やかな笑みを浮かべる顔にのっている瞳は、確りと閉じられていた。

創造女神であるエル・アロムの大理石の像を中心に、椅子が円形に並べられていた。

その一番前で、祈りを捧げるわけでもなく、椅子に座りただ像を見上げている少女が居た。

湯上りなのか、長い癖のある赤毛はまだ湿っていた。

薄い寝間着の上からでも、体の肉付きが薄いと分かるが、無造作に投げ出された手足は長めだ。

女神像を映す赤褐色の瞳は目じりが上がり、きりっとした眉とツンと上を向いた小ぶりの鼻と共に気の強さを表していた。

両頬や鼻にあるソバカスや大きめの唇は、見る者に元気の良さを印象付けた。


「フォラカ、風邪をひきますよ」


ぼんやりと女神像を見上げる少女に、後ろから黒ずくめのガイが声をかけて自分のマントをかけた。


「さすが『影』ね。

足音は元より、気配のかけらすらなかったわ」


振り返ることもなく、女神像を見上げたまま、フォラカは答えた。


「それはそれは、おほめ頂きありがとうございます。

一流のシティシーフの貴女に、そう褒められると嬉しいですね」

「ずいぶんな嫌味ね」


フォラカの後ろの席に座ると、ガイは湿っている髪を二つに分け、三つ編みに結い始めた。


「黒い迷宮と呼ばれるあの町に、飲み込まれてしまったと思っていましたよ」

「そんなドジはしないわ。

私を誰だと思っているの?

あそこで生まれて、育ったのよ。

途中で裕福な人に拾われて、飼い慣らされた誰かさんと一緒にしてほしくないわね」

「・・・そこまで言いますか。

今日は、いつも以上にキツいですね」


ガイは苦笑いをしながら、髪を編んでいく。

髪を編まれても、フォラカの視線の先は変わらない。


「本当の事よ。

・・・あの町、あの後見た?」

「先ほど、そこから戻りました。

さすがにしぶといと言いますか、生命力が強いと言いますか・・・

五割ほどでしょうか?

町として機能し始めていましたよ。

僕の竜巻を中心に」


『黒い迷宮』と呼ばれた町は、東の柱と悪の神イッキュ・バステスが復活した戦いに飲み込まれた。

住んでいた人々は逃げ惑い、逃げ遅れた殆どの人たちは負の感情に飲み込まれ、人間でもモンスターでもない魔物へと姿を変えた。

それらや悪の神を飲み込み、東の柱である竜巻は消えることなくその場にあった。

そして、一部の逃げた人々が少しずつ戻り始め、また新しい世捨て人や、犯罪を犯し国に居られなくなった者達が集まり始めていた。


「あそこは、必要な場所よ。

汚いものがあるから、綺麗なものの価値があるのよ。

善人ばかりの世の中なんて、欠伸も出ないわ」

「分かっていますよ。

けれど・・・」

「ガイ達から水晶をかすめた事、怒っているの?

あれは、私の仕事よ。

まぁ、サーシャが止めたら、黒い迷宮には売らなかったけれどね」

「あの時、既にサーシャ様は?」


三つ編みの出来が納得いかないのか、ガイは殆ど出来ていた三つ編みをほぐし、一からやり直し始めた。


「居なかったわ。

私にすら、行き先を言っていかなかったわ。

まさか、あのサーシャが、アレルを刺すとは思わなかった」

「俺もだ」


いつから居たのか、部屋の隅、ドアの前から機嫌の悪いアレルの押し殺したような声が短く響いた。


「・・・どお?

腹心の部下に裏切られるって?」


フォラカは女神像を見上げたまま、聞いた。

ぴくっと、微かにガイの手が反応した。


「裏切りねぇ・・・」

「そこは、強い結界が張ってあったのでしょう?

外から入るには大変だけれど、内側から誰かが手引きすれば簡単だって、誰かに聞いたことがあるわ。

普段から、サーシャとマメに連絡を取っていたガイなら、可能よね?」


ガイの髪を編む手は止まらない。


「そいつにはな、チャンスがあるならいつでも俺を殺せって、言ってんだよ。

まぁ、確かに、サーシャに殺されかけたのは想定外だったけどな・・・

サーシャにだって、理由があんだろう」

「・・・つまんない男」

「あそこで死ななかったってことは、まだ仕事があるんだよ。

お前もだぞ、フォラカ。

大きな変異を感じたら、ここを守れよ。

そうすれば、サーシャもそのうち帰ってくる」


ガタンと椅子が大きな音を立てると、アレルの気配は消えた。


「研究城の辺りは、きっと、アブビルトさんがどうにか守ってくださいます。

なので、フォラカにはここを・・・」

「私は善人じゃないわ」


ガイの言葉を遮って、フォラカは立ち上がった。

髪からガイの手が離れると、編んだ所が緩くなった。


「私は、あんた達みたいに、神様の生まれ変わりじゃないわ。

誰が死のうと構わないし、興味もない。

自分が嫌なことはやらない。

自分の利益にならないことはやらない。

自分の欲望に忠実なの。

今まで、そうして生きてきたの。

これからも、そうして生きていくの。

だから・・・」


編みかけの髪をそのままに、フォラカはガイを振り向き、淡々と話した。


「そうですね。

世界が終わってしまったら、欲望のままに生きていくのも無理ですね。

一応、頑張ってみます」


ガイはいつもの笑顔のまま、フォラカの肩から落ちそうになっているマントを直した。


「ここだけの話ですけれど、僕たちも世界の為に!

と言うわけでも、ないんですよね。

ジャガー病研究も、世界の終末を防ごうとしているのも、自分の大切な人たちの命を守るため。

それが、相手にとってどんなに重い枷になるか分かっていても、相手が死を渇望していても、治って欲しい、生きて欲しいから。

ようは、自己満足なんですよ。

世界の為なんかじゃないんです。

神様だって、そうなんですよ。

あ、ここだけの話にしてくださいよ、本当に」


ガイはそう言って、糸のように細い瞳でウィンクをすると、風のように姿を消した。

マントをフォラカの肩にかけたまま。


「・・・そんなの、昔から知っているわよ。

だから、あんた達と居たんじゃない。

ねぇ、サーシャ」


小馬鹿にしたように鼻で笑うと、フォラカは肩のマントを握りしめて、再び女神像を見上げた。


「迷宮育ちでも、衣食住の心配をしなくていいって、他の事に頭を使えるから便利なのよね。

私、貴女が帰ってこないと心底、好き放題出来ないんだから。

・・・だから、私のために帰ってきてよね、サーシャ」


見上げるフォラカに、女神像が穏やかに微笑みかけている。

それは慈愛に溢れ、罪も汚れも丸ごと全て包み込んでくれるようだった。

フォラカは像の足元で、母親に抱かれる幼子のようにマントで体を包み丸くし、眠りについた。



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