零その4(闇の来襲)
4・闇の来襲
ニコラスの作り出した結界内は、臭気が充満していた。
切っても散らしても、モンスターは次から次へと湧いては二人に襲い掛かってきた。
「この結界、穴開いてんじゃないのか?」
魔力が尽きたココットは、剣を振るって戦っていた。
「完璧!
とは、胸を張れないのが正直なところかな」
ココットの嫌味に苦笑いしつつ、ニコラスも剣をふるう。
しかし、魔力が切れ、長時間剣で戦い続ける二人の体力も、限界が近づいてきていた。
「もう、終わりかい?
やっぱり、まだまだ坊やだねぇ・・・
ほら、もう少し頑張っておくれよ」
アネージャの赤い唇が怪しく湾曲し鞭がしなると、新たなモンスターが姿を現す。
それを分かっていても、二人はアネージャに近づくことすら出来なかった。
自分たちに向かってくるモンスターで、手一杯だった。
大小の裂傷の他に、火傷も負っていた。
裂傷からは血が流れ、あちらこちらの火傷は酷く痛んだ。
「火ぃ吹くとか、無しだろ~」
「あの人の炎より、生ぬる・・・」
モンスターの攻撃を避けながら、お互いを庇い合い剣を振るう。
空が一変した。
一瞬だけだったが、厚い雲が消えて一面の星空に、その中を一番大きく強く輝く星が走った。
「余所見なんて、余裕じゃないかい」
それは瞬き程の瞬間で、直ぐに元の空に戻った。
アネージャは気がついていないと、ニコラスは無意識に頬を緩ませていた。
「余裕はないんですが、これぐらいで泣き言なんか言っていたら、後で怒られてしまうので」
ニコラスは今まで使っていた剣を仕舞い、大きく深呼吸をして腰を低く落とし、左右の袖口に仕込んでおいた細身の短剣を構えた。
「それは、風のバカブの教えだねぇ。
その意気だよ」
アネージャの鞭がしなった。
瞬間、いままでの様にモンスターが増えたが、同時にアネージャの背後に大きな闇が口を開け、襲いかかった。
「ああああ・・・」
それは、本当に一瞬だった。
小さな闇は頭部を、大きな闇は心臓を。
殺気も気配も音もなく出現し、二本の青龍刀は真横にアネージャを襲った。
それを、アネージャは瞬時に避けようとするも、左腕が落ちた。
傷口からは血の代わりに、大量の臭気と黒い霧が吹き出て辺りを包み始めた。
間髪入れず、地面に倒れ込んだアネージャを大きな影が攻撃するが、転がって避けて姿を消した。
同時に、それまでアネージャの鞭で動いていたモンスター達が、無秩序に動き出した。
「黒き羽焔・爆」
ポツリと小さな闇が呟き、モンスターの中に炎を纏った青龍刀を振り回しながら、飛び込んだ。
そして、瞬く間に結界の中は火の海になった。
「疾風!」
大きな闇は青龍刀を投げ捨て、細身の仕込み刀を両手に構えた。
そして炎に熱せられた空気を渦巻き状に身に纏うと、アネージャの姿が見え、迷うことなく回転しながら切り込んだ。
アネージャはそれを鞭で迎え撃つが、双方のエネルギーが激しくぶつかり、お互いに炎の中へ弾け飛んだ。
「は・・・
はは・・・
は・・・
ほら、この結界、役にたつでしょ」
「・・・相変わらずだなぁ」
命あるものは、次々に生み出される炎に飲み込まれ、骨すら残されなかった。
二つの闇の登場に度肝を抜かれ、ニコラスとココットは肩を並べて座り込み、目の前の光景を見ていた。
「ほら、この炎の方が、何倍も熱いよ」
この結界がなかったら、またアルジェニアは焼かれちゃってたなぁ。
そしたら、文献や論文も全部焼けちゃうとこだった。
と、広がる炎を見ながらニコラスはぼんやり思った。
「懐かしむのはいいんだけど、これ、どうやって消す?
おれっチ、もう魔力空っぽで、水龍召喚出来ないよ」
「・・・我慢比べかな?」
炎が焼くのは、モンスターだけではなかった。
未だ座り込んでいる二人の肌も、ジリジリと少しづつ焼かれていた。
「アンタ達が出て来るのは計算外だったねぇ。
まぁ、随分楽しんだから、今日は引くよぉ」
業火の中からアネージャの声がした。
そして、モンスターとアネージャの気配が消えた。
「ココット、我慢比べは僕らの勝ちだよ」
ニッコリ笑って、ニコラスは結界を解いた。
一瞬、炎が広がりを見せたが、直ぐに滝の様な雨に消された。
「タイアードさん、こっちの様子に気がついたみたいだね」
数センチ先もはっきりしない程の雨に、ニコラスは苦笑いをした。
「ま、こっちは大助かりだけどな」
「本当だね」
と答えて、ニコラスとココットはお互いの体を支えに、安心しきって意識を手放した。