バカブ神11(帰る)
11・帰る
気がついたら、薄暗い闇の中だった。
ニコラスは激しい痛みが全身を駆け巡り、体を起すのもままならなかった。
起き上がりたくても、指一本、動かすこともできなかった。
ああ・・・
暗いなぁ・・・
でも、何だろう?
暖かいし、柔らかい。
もしかしたら、死んじゃったのかなぁ・・・
などと思いながら、再びまどろみの中に逃げようと意識を手放そうとした。
「いっ・・・でぇーーーーーーーーーーーー!!」
瞬間、アレルの雄叫びにニコラスの意識は完全に覚醒した。
アレルの名を呼ぼうとして、少しだけ腕が上がった。
「ってめー、ガイ!
少しは優しくしやがれ」
「無理です」
「ったく、最近のお前は可愛いげ無ぇ~なぁ~。
・・・お、目が覚めたか、ニコ」
「褒め言葉と受け取っておきますよ。
ニコラス君、気分はいかがですか?
ここは結界の中ですから、安心してください」
いつもの調子でアレルが声をかけると、聖水で身を清めたガイが、そっとニコラスを抱き起こした。
「ここは・・・
僕、何がなんだか・・・
アレルさん!
その腕と目・・・
師匠は・・・」
アレルの姿を確認した瞬間、ニコラスは自分の痛みを忘れ、卒倒しかけた。
いつものように胡坐をかいて、上半身裸で黒い翼を軽く揺らしながら座っているアレルの左目には、血で黒く染まった布が巻かれ、その下からはまだ血が滴っていた。
逞しい左腕は、肩から無かった。
そんなアレルの膝を枕にして、クレフは静かに眠っていた。
「我が儘ちゃんに、ちびっとくれてやった。
クレフは力を使いすぎて寝てるだけだから、安心しな」
「くれてやったって・・・」
鳴き声がした。
それはとても耳障りで、ニコラスの心はざわついた。
目をこらすと、ナニカが結界の回りを俳諧していた。
「エルフェさんには、地上に上がってもらったんです。
ジャガー神復活の影響か、ここいらの悪鬼達の混乱も酷く、エルフェさんの命令も聞かないどころか敵味方見境なく攻撃してくるんで。
地上の、チィムさんの応援に行ってもらいました」
ガイは言いながら、アレルにラストですと言って薬草と月の石を渡した。
それらを、アレルはいつもの様にガリガリと噛み砕き、いとも簡単に飲み込んだ。
「あ、ニコ、前にお前から貰った新薬、あれないか?
あれが一番効いた気がしたんだよな」
「新薬・・・ああ、すみません結局、あれ一つしか出来なくて。
本当は、姫様に時魔法をかけてもらってから、効果をみたかったんです」
ジャガー病の新薬どころか、せめて水薔薇の実の一握りでもあればよかったのに。
アレルの痛々しい姿を見て、ニコラスはシュンとしてしまった。
そんなニコラスの肩を、ガイが優しく叩いた。
「聖樹は元の大きさとなではいきませんが、一気に成長しましたよ。
今、僕達が居る所は、聖樹の中です。
まぁ、切り株の様な状態ですが」
言われて良く見ると、四人の中心に小さな女神像が未だ光を放っていた。
しかし、その光はだいぶ弱くなっていた。
「とりあえず、ここでの僕らの役目は終わったようですよ」
「あれは・・・
夢じゃなかったんだ・・・
パンヤ様は、ジャガー神と一緒になれたんだ」
ガイの言葉を受けて、ニコラスは夢の中の二人を思った。
「一人で百面相して、納得したか?
納得したら、帰るぞ」
ニコラスが頷いたのを見て、アレルはクレフを右腕に抱いて立ち上がった。
「帰るって、どうやるんですか?
師匠の回復を待った方が・・・」
「結界がそろそろ終わっちゃうんで」
ガイはニッコリ笑って言うと、自分の胸元から寝ているココットを取り出して、ニコラスに手渡した。
「アレルさんに言われた通り、後先考えず頑張ってくれた様です」
苦悩しているような顔で寝ているココットに、ニコラスはお疲れ様と優しく声をかけて、自分の胸元にしまいこんだ。
「お家に帰るまでが遠足です!
帰えんぞ!」
その声は明るく、太陽のように力強かった。
「行くぜ。
ガイ、援護しろよ!」
黒い翼が拡げられ、ニコラスとガイはその広い背中に乗って、空間を飛んだ。