バカブ神その6(繋がり)
6・繋がり
聖樹の残った根を強固にすることを最優先にしているので、幹を伸ばす暇もなかった。
ジャガー神は聖樹を破壊しながら上昇を続け、零れ落ちる魂はクレフが浄化し、召喚獣を使い自身の神気に乗せて再び聖樹の中へと戻していく。
結界の裂け目から侵入してくる悪鬼は数を増し、戦闘用に召喚したクレフの召喚獣も、随分と数が減っていた。
「破壊された所から、ジャガー神の一部が出てくるけど、あの蛇みたいな身体、聖樹のどこまで封印されてるんだ?」
ここにきて、ココットは小さいながらもニコラスの周りに結界を張っていた。
おかげで、ニコラスは悪鬼が吐き出す臭気から護られ、結界に集中することが出来た。
「紅蓮炎上っっっ!!!!
だぁぁぁぁ!
らちあかねぇ!」
凄い勢いで結界内に入ってきたアレルは、その勢いで悪鬼を二~三匹程焼いた。
続いて、ガイも入ってきた。
「でかいの叩けば、少しは大人しくなるかぁ?
黒き羽焔・爆!!」
言いながら、アレルは通常より大きな青龍刀を構えなおし、振り回し、炎を撒き散らし、結界内で暴れだした。
緩やかに湾曲した刃渡りの大きな刀を振り回して、悪鬼を切っていくその姿は、どちらが悪鬼か分からなかった。
「ここの連中に、集団意識があれば、それも有効なんでしょうね。
あれば、ですが。
あ、ニコラス君、お臍の少し下、丹田に力を込めると体が安定しますよ」
ガイは呼吸を整えながら、ニコラスの丹田を人差し指で突っついた。
その助言の通りやってみると、クレフも居るからだろうが、アレルの側なのに会場の時の様に辛くなかった。
しっかりと力も使えた。
ガイはそんなニコラスの側でアレルと同じサイズの青龍刀を振り回し、悪鬼からニコラスとココットを護っていた。
「クレフ!」
アレルの怒号とも思える声に、皆の視線はクレフに集まった。
クレフを護る召喚獣の姿は無く、それでも魂の浄化を続けるクレフを、アレルの朱い翼が護っていた。
襲い来る悪鬼に刀を振っているが、その体は少しも動かない。
翼は確りとクレフを被っていた。
「汚ねぇ手で触るんじゃねぇよ。
爆!爆!!」
体温さえも沸騰しているのか、アレルの体中から湯気が上がっているのが見えた。
アレルを標的にしたのか、クレフが標的になっているのか、結界内に侵入してくる悪鬼は、二人にその牙を向けていた。
そのお陰で、ガイは一息つけた。
「正直なところ、皆、限界が近いですかね。
迅雷風列・乱舞!」
ガイが青龍刀に乗せて技を繰り出すと、激しい雷と強い風が結界内を縦横無尽に走った。
結界の外で、アレルの代わりに暴れていた炎龍が薄くなっていた。。
「僕の仕込み武器も、底をつきましたしね」
ニコラスはいつも不思議に思っていた。
あの大小大量の武器が、どこに隠されてるんだろうと。
しかし、今はそれどころではないと、ニコラスは頭を振った。
「正直、いつまで続くのでしょうか?
ジャガー神の封印された体がどこまでか・・・」
少しずつだが、幹も再生され始めた。
「まぁ、最悪、聖樹と完全一体・・・
ってとこでしょうかね」
ガイの言葉に、ニコラスはため息で同意した。
すると、不意に何かが足元に触れた。
見ると、小さな像が足元に転がっていた。
これは?と、ガイが拾い上げた。
手の平サイズの像は、出会った時、シンがニコラスに手渡した月の女神像だった。
『時間は巻き戻らないから、後悔だけはしないほうがいいですよ』
ガイからそれを手渡されると、ニコラスの脳裏にシンの声が蘇った。
そして、ニコラスは思った。
シンさんは、後悔は無いのかな?
この惨状を、どう思っているんだろう・・・
「だらしないねぇ。
それでも、あのお方の片腕かい?」
頭上から呆れた声がした。
ニコラスとガイが顔を上げると、ウェーブのかかった朱い髪を肩の所で揺らしながら、朱い唇が笑っていた。
「疾風・・・」
「慌てるでないよ。
今回は味方さね」
ガイが技を出そうとした時、エルフェは鞭を一振りした。
乾いた音が響くと、アレルを遠巻きにしていた悪鬼達の動きが瞬時に止まった。
「分かんな~い。
って、顔に出ているよぅ。
まぁ、こんな事は、あのお方の望む事じゃないのさ。
地上の魂は、チィムが保護しているはずさね」
「と言う事は、地上まで何とか魂をあげてしまえば、大丈夫って事ですかね?」
「あんなに臭気が溜まった場所で、魂は大丈夫なのか?」
「ここで一回、北のバカブに浄化してもらえば、それが結界となって暫くはもつだろうさ。駄目だったら、その魂の『業』の深さ故さね」
鞭は長く鋭く、今度はアレルの足元を打った。
すると、今まで牙を剥いていた悪鬼達が大人しくなり、空間の切れ目の向こうへと戻って行った。
ほっとしたように、アレルは振り回していた青龍刀を支えにして、膝を着いた。
その顔には疲労の色が無数の傷と共に濃く刻まれていたが、クレフを護る翼だけはそのままだった。
そんな姿を見て、エルフェは片手で自分の顔を扇いだ。
「あのお方の望みはただ一つさね。
ジャガー神の復活」
ニコラスが視線をおろすと、手の平で女神像が優しく微笑んでいた。
「シンさんは言っていました。
大切な人を護りたいなら、強くなりなさいと。
シンさんの・・・
パンヤ様の願いは、純粋にジャガー神の復活だけで、世界の終末は望んでいないんですよね?」
「僕達が揃って転生し、『神』として覚醒させ、『バカブ神の柱』を復活させたのは、さしずめ聖樹が失くなった時の保険でしょね」
ガイはヤレヤレと、ため息をつきながら笑った。
「『皆』が揃うのを、待っていたんですね。
ずっと一人で・・・」
永い永い年月、パンヤは何を思っていたのだろ・・・
ニコラスは思った。
「アレルさん!!」
ガイの声に、ニコラスは反射的に聖樹を見上げると、朱い翼が闇に見えた。
「アレル、本気でジャガー神を討とうとしてるのか?」
ココットの言葉に、ニコラスはビクッとした。
確かに、このままだと第三層、皆のいる地上に出てしまう。
止めなければ、地上どころか第二層、第一層と破壊して行き、ジャガー神は破壊神となってしまう。
「師匠、どうすれば・・・」
クレフに助言を求めるも、クレフは身動ぎ一つせず祈り続けていた。
そう、この一瞬でも、一人でも多くの魂を救済しようと、浄化の祈りは続けられていた。
「っちくしょっ!」
ジャガー神に追いついた瞬間、アレルの体が止まった。
「クレフ、いったん止めろ!
ココットと代われ!
ココット、後先考えずに聖樹に結界を張って魂を零すな!
ここに居る全員の命、お前に任せるぞ!
いいか、お前等、自分の『柱』に全力を注げ!
第三層だけでも固定するぞ!」
その声は頭上から降り注ぎ、ビリビリと大気を震わせた。
「お邪魔虫はまかせなよ」
そう言って、エルフェは華麗に鞭を振るた。
「最後の大仕事でしょうね」
クレフの表情はいつもと変わらなかったが、大量の汗が被っていた。
クレフはニコラスの手から像を取ると、少し伸びた聖樹の細い幹の中央に置いた。
「私の生き血は、どんな聖水より強力ですよ」
短刀で右手首を切り、像の頭から鮮血をかけると、闇ばかりの空間に光りが生まれた。
さらにその像の前に膝まつきココットが結界を張った。
「もう、流すな」
傷がふさがり始めた手首を、降りて来たアレルが力強く握り締め、そこにそっと口つけた。
反対の左手をニコラスが握り、ニコラスとアレルの間をガイが繋いだ。
四人は、結界を囲んで祈った。
共に戦っている愛しい人達の安否を、逝ってしまった大切な人たちの魂を、そしてまだ見ることのない、これから出会う大切な人達・・・
全ては、繋がっている。
昔も今も、これからも。