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零地帯  作者: 三間 久士
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バカブ神その2(『始まり』と『終り』の場所)

2・『始まり』と『終り』の場所


 闇がニコラスを包む。

前を歩いていたシンも、隣にいたガイや手を繋いでいたココットの姿もない。

ニコラスは闇の中、一人で立ち尽くした。

何かが落ちていく。

ニコラスの体からポロポロと・・・

皮膚が剥がれ、肉が削がれ、骨すらも塵となって落ちていく。


ああ・・・

『僕』は無くなったんだ。


ニコラスは闇に溶け込み、その意識は広く漂い始めた。


『大好きな人を信じればいいんですよ』


不意に、ガイの声がした。


大好きな人、大切な人・・・


顔を思い出そうとしても、拡散し始めた意識では、上手くいかなかった。

ただ、ぼんやりとした二つの光の感覚があった。


あのお二人も、最期はこんな感覚だったのかな・・・


と、その光を『二人』ととらえた。


『魂が覚えているんじゃないですか?』


自分の声だった。

自分がクレフに言った言葉だった。


アレルさんもクレフさんも、『もう一度会える』と信じていたのかな?


そう思っていたら、ぼんやりとした光がまた二つ増えた。


信じて信じて・・・

永い時間を旅したのだろうか?

それは、ここみたいに暗い場所だったのだろうか?

僕はどうだろう?

全て中途半端に終わってしまったんじゃないのか?


『まだ、終わっていないよ』


もう一人のニコラス、西のバカブ神のネメ・クレアスが答えた。


『全てと言うには、まだ早いよ。

みてごらん・・・』


一気にニコラスの視界が開けた。

数時間前まで、そこには城がった。

城下町があった。

血の気の多い者達が、騒がしく生活していた。

今あるのは天を隠す赤々と燃える炎に煙と誇りのヴェールに、瓦礫と累々たる死体。

黒い巨大な門から排出される魔物の群れ。

この場に居たのは、腕に覚えがある者達。

八割は異業の者へと姿を変えたり、命を落とした。

そんな混乱の中、カティ王が居た。


「あー・・・

魔物退治も、そろそろ飽きてきたな」


声だけでなく、カティの荒い息遣いや戦いの音まで聞こえた。


「背中がお留守です」


いつの間にか背後に迫っていた魔物を、ショウが絶命させた。


「仕込み、あるか?」


カティ王の愛刀はとっくに折れ、そこら辺に落ちていた刀を拾って戦っていたが、直ぐに駄目になてしまい、また、落ちたのを拾っては戦っていた。


「貴方と同じですよ。

喉を潤すキャンディーすらありませんよ」


見れば、ショウもカティと同じように借り物の剣を構えていた。


「一番手っ取り早いのは・・・

あの門、どうやって閉めるか?」


カティは戦いながら、少し先にある黒い門に視線を向けた。


「おじ様、お待たせ致しました。

今、アレルとクレフが中に入りましたわ。

先に、ガイとニコラス君も入っています」


場違いな程愛らしい声に振り返ると、タイアードに抱かれたレビアがいた。


「おお、レビアちゃん、お帰り~。

怪我は?」

「大丈夫ですわ。

ケルベロスの中で力を使いすぎて、もう暫く動けませんが」


いつもの様に微笑むレビアに、カティの気持ちが少し救われた。


「ごめんなぁ、レビアちゃんが戻ってくるまで、もうちょっと掃除しとこうと頑張ってたんだけどな、思ったよりあの馬鹿の火が強烈でな」

「おじ様、アレルの暴走は、いつもの事ですもの。

私こそ申し訳ありません。

今の私には、この場を鎮静化させる力がありませんの」


顔色が優れなかった。


「気にするな。

レビアちゃんはよくやってくれたさ。

大丈夫、門の中はあいつらの仕事だ。

こっちは、おじ様がもっと頑張っちゃうから」


勇ましく剣を構えながら、カティはレビアにウインクをした。


「クレフが父の元へ召喚獣を飛ばしましたわ。

援軍が到着次第、国全体に結果を張る手筈ですの」

「クレフ殿か・・・

美人だって?

俺、一回も会ってねぇや」

「美人で聡明で物静か。

でも、アレルとは声を荒げて喧嘩してますの。

おじ様のタイプではないと思いますわ。

私と交友のある権力者の方々には、各自が信仰する教会に非難してくださるよう、連絡を出しましたわ。

我が国アルジャニアには西のバカブ神の柱とサーシャ様の神殿が有りますから、そこに非難しているかと」

「まさしく、『信じるものは救われる』だな」


レビアの頭を無骨な手で優しく撫でて、カティはもう一度気持ちを引き締めた。


「んじゃま、もうひと頑張りだな。

ショウ、残っている者達に伝えよ。

国境手前まで下がり、国外に魔物を出すな。

隣国の援軍を急かせ。

布陣は各々で臨機応変にだ。

国境から魔物を出さなければそれでいい。

あえてこちらから手を出して、余計な体力は使うな。

生き残れ」


ショウは短く返事をすると、瞬時に姿を消した。


「さ、今言ったとおりだ。

タイアードお前は引き続き、レビアちゃんの援護。

いいか、一番奥まで下がってろよ

俺?

とりあえず、助けられそうな奴を引っ張りながら下がるよ。

終わったら、お茶しような、レビアちゃん」


カティはレビアに投げキスをして、姿を消した。

その背中を、いつの間にかレビアの視界を通して、ニコラスも見ていた。

そして、全ての音が遠ざかった。


『あの時見ていたのは、ラ・パンヤ様の背中だった。

けれど、他も見ていたよ。

血を分けた一族が互いに剣を交え、身も心も傷ついていく姿を・・・』


そう・・・

『僕』は見ていた。


視界の映像は一気に変わり、互いに剣を交えていたのは神々だった。

創造男神は一族の存続を、ラ・パンヤは一族の解放を、バカブ神達は世界の存続を。

皆、己が守るべき者の為に戦っていた。


『大切な者を護りたい』


それだけは、皆一緒だった。


『あの戦いに、勝者は居なかった。

この戦いにも・・・

あるのは『未来』だよ。

一つが終われば、次が始まる。

僕は『未来』に『世界』を残したい』


世界を残す・・・。

また、視界が変わった。

アルルが笑っている。

笑いながら、ポロポロと消えて一つの石が残った。

その石を、ニコラスと同じ姿をしたクレアスが手にした。


『僕は、彼女にした約束を護りたい』

『僕』が有る。


いつの間にか、自分の体を認識した。

クレアスは、ニコラスにその石を手渡して笑った。


『もう一度会えるって、信じてみよう。

あの二人のように』


アレルさんや師匠のように・・・

もう一度会える・・・


ニコラスはいつの間にか手の平に出現した、小さな石を握りしめて呟いた。


もう一度、会いたい・・・

信じよう。

会えることを。

だから今は世界を残そう。


そう心に思うと、右手に温もりを、体は揺れている感じがした。

気がついたら、ガイの背中に揺られていた。

温もりを感じた右手は、ココットがしっかりと握り締めていた。

ニコラスは、父の背中はこんなふうに大きくて、暖かいのかと思った。


シャンシャン・・・

シャンシャン・・・


釈杖の音が心地よかったがピタリと止まり、ガイの歩みも止まった。

ニコラスはゆっくり頭をあげると、ガイの肩越しにシンの後ろ姿が小さく見えた。

そして・・・


「あれが、世界の軸と言われる、聖樹・・・」


闇の中、輝く大木の幹があった。

何処までも伸びるその幹は、時に金色に時に銀色に、優しく輝いていた。


「統べての命が還る場所ですね」

「なんだ坊主、もう疲れたのか?」


振り返ったニコラスの頭を、いつの間にか追いついたアレルが笑いながら軽く小突いた。


「ニコラス君は、繊細なのですよ。

貴方と違って」


アレルとクレフが揃って立っているのを見て、ニコラスとガイは素直に喜び安心した。


「まだまだ、お子ちゃまなんだろ」

「よく、あの炎の中で戦っていられましたね。

『樹』の貴方に、アレルの『火』はつらかったでしょう。

上手く、バカブ神の力は使えましたか?」


アレルの言葉を無視するように、クレフが声をかけた。


「師匠のお守りと、ガイさんが風の結界をかけてくれていたので、なんとか。

あと・・・

お父さんが助けてくれました」


そうですか。


どこか安心したようにクレフは呟いた。


「あ、あの・・・

アレルさん・・・」


言葉が続かなかった。

聞きたいことがあるのに、その名前がニコラスの口から出てこなかった。


「ま、とりあえず、ここまで来ちゃったわけだ。

どうするよ?」


そんなニコラスの心情を察してか、アレルは何処となく寂しそうに微笑み、ニコラスの頭に軽く手を乗せた。

そんなアレルに、ニコラスの心がキュっと切なくなり、同時に、


そうだ、ここまで来たんだ。

信じると決めたじゃないか。


そう、自分を奮い立たせて前を向いた。

ニコラスはガイの背中から下りると、ゆっくり歩き出した。

その足元は、まだ夢の中を歩いている様でおぼつかない。

しかし、『今』は夢ではない。

いつの間にか、魔物の気配も鼻をつく異臭もない。

あるのは、何処までも続く闇。

ここにある光は、この世界が生まれた時から全世界の命を支えている聖樹。

そして、聖樹に封印されている神。

闇と光と闇・・・

総ての命が還る場所。

『始まり』と『終わり』の場所。

シンは聖樹の根に腰を落ち着かせ、幹に体を預けていた。

それはまるで、聖樹の鼓動を聴いている様にニコラスには見えた。


「この樹が無くなったら、魂はどうなるんですかね・・・」


目を瞑ったまま、シンは呟いた。

その軽い声は、いつものシンの声だった。


「この樹が無くなったら、世界はどうなるんですかね・・・」


それは、悲観や困惑ではなく、ただ純粋な疑問だった。


「僕一人では無理なので、皆でどうにか頑張ります」


ニコラスの言葉にシンは目を開き、優しく微笑んだ。





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