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零地帯  作者: 三間 久士
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南のバカブ神その18(水晶の封印)

18・水晶の封印


 紅い薔薇が、この空間で唯一生きている色だった。

焼け朽ちたこの部屋は、クレフを束縛していた。

椅子が一脚と、そのうえに置かれた古書。

それが自然であるかのように、クレフはそこに腰掛け、ページをめくり続けていた。

刻一刻と、文字が浮かび上がりページが増えていく。

サーシャがシンの手によって殺された。

城外の会場で起こった戦いは混乱を極め、血が流れ多くの命が失われているのも分かっていた。

人々の恐怖、憎しみ、悲しみと言った感情に誘われ、悪の神も現れた。

しかし、この部屋から出ることが出来ない。

書いてあるのは、今までの出来事。


ニコラスの村・・・

太陽神の不完全な復活と、西のバカブ神の復活。

迷宮の街・・・

自殺の女神と悪の神の出現と、東のバカブ神の復活。

クレフの国・・・

それは、ずっと側で観ていたように書いてあった。


「レダ様の・・・

貴方様は読むことが出来るのですね」


息も絶え絶えに入ってきたレイは、熱心に読んでいるクレフの手元を見て、どこかホッとしたように頬を緩めた。


「レダ様は、ずっと夢を観ていました。

変わることのない未来を」


クレフの正面の壁まで来ると、レイは全体重を壁に預けた。


「未来は不確定です。

『絶対』なんてことは有りません」

「私達は誰もその本を読むことは出来ませんでした。

その本は、貴方を待っていたんですね」


総てを見届けろと?

・・・違う、そんな事ではない


クレフはゆるく頭を振った。

この本の真の持ち主は自分ではないと、さらりと否定した。


「でも、今は貴方が持つべきようです。

レダ様は、ただの夢見ではありませんでした。

未来を変えるため、幾重にも結界を張られました。

未来が変わるよう、願いを込めて」


血に染まった腕が精一杯の力で壁を叩くと、一部が抜け落ち、透明な水晶が現れた。


「これは、アレル様の希望の水晶。

北のバカブ神の最後の封印です。

北の柱が復活すると同時に、発動するようになっていました」


なるほど。

私を縛り付けていた正体は、この水晶・・・

レダの封印か。


クレフは本から目を放すことなく、耳から入る情報に納得した。

会場では、アレルとガイがニコラスと合流した。

レイはもう一度、今度は少しずらして叩く。

また、水晶が現れた。


「これは、アルル様の魂を縛りつける、月の水晶」


水の水晶を手に取ると、胸元から短剣を出してそこに突き立てる。


「この地は南方神の柱から一番近い土地。

我が城より南は、灼熱の大地と太古から噴火の続く活火山の聖地。

その昔、その聖地は神自身の手で汚されました」

「私に浄化しろと?」


王の乱心。

それは、愛しい者を失った神が、自国の民を手にかけた瞬間だった。

その怒りや悲しみのエネルギーは、今も消えることがない。


「レダ様の望みは、アルル様の健やかな成長でした。

何度同じ夢を観ても、レダ様は願わずにはいられなかったのです。

結界でアルル様の時を完全に止めることは出来なくても、流れを穏やかにし、ジャガー病の進行を出来るだけ遅くしていました。

月の女神であるレビア姫も、アレル様やアルル様を検体とし、ジャガー病の研究をしつつもその神の力でアルル様をお守りくださいました。

レビア様は攫われ、レダ様の結界も壊されてしまった。

・・・アルル様の死は、アレル様の狂気を招きます」


本の中で、幼い姫の命の灯が危うくなっていた。

クレフはノートをめくろうとするも、逆に本はクレフの指をはじき、一気に閉じてしまった。


ここまでか・・・


クレフは本を片手に、立ち上がった。


「死の間際、レダ様はアレル様に、術をかけました。

万が一、アレル様が狂気に走るような時は・・」


水晶に突き立てた短剣を抜くと、水晶は水が湧き出るかのように音もなく崩れ始めた。

代わりに、クレフは力が湧いてくる感覚がした。


「アレル様の一番愛する者を、その目の前に召喚するように。

アレル様を、お願いします」


クレフの体が白い愛光に包まれると同時に、部屋を炎が包み始めた。

紅い薔薇が炎に溶け込むと、クレフの姿が消えた。

炎はいっそう激しさを増した。

この部屋を包む炎は、あの日封印された炎だった。

苦しみと悲しみに満ちた炎。

この炎で愛しい者が苦しみから解放されるのは分かっていた。

肉体を蝕んでいく病、刻々と迫る死からは逃げることは出来ない。

しかし、その総てから解放されるその瞬間、『母』は微笑んでいた。

観続けていた夢の通り、自分の息子に命を奪われたうえに、髪の一筋すら遺さずに燃やされると言うのに、それでも、優しく美しく『母』は微笑んでいた。

それは、この世に誕生したばかりの新たな命の産声が、ただただ嬉しかったのかもしれない。

その子どもの運命を知っていても、自分がこれ以上何も出来ないことが分かっていても・・・

祈っていたんだろうとレイは思っていた。

命が尽きるのに微笑む『母』とは対照的に、レイ達は辛く悲しく、苦しかった。

その気持ちが、ずっと続いていた。


「これで・・・

ようやく、私も逝ける・・・」


力なく床に座り込み背を壁に預け、自分を包む炎が優しいと、レイは思った。

本当は熱いはずなのに、熱さも息苦しさも感じなかった。

ただ、自分を焼く炎が暖かかった。


「大丈夫・・・

子ども達は強くなったわ・・・

大丈夫・・・」


炎の中に、アレルとガイの幻を見た。


「案内しよう」


そんなレイに、穏やかな顔の死神が手を差し出した。

先程までレイと剣を交えていたのに、その時からは想像できない程穏やかだった。

レイは思い出していた。

レダは事切れる最期まで、多くの血が流れ、多くの命が奪われることを悲しんでいた。

少しでも未来を変えようとしていた。

苦しむ人を、少しでも救おうとしていた。


「レダ様・・・

見て・・・

死神の後ろの人々を・・・」


死神の後ろには老若男女、様々な人が立っていた。


「その慈悲は平等なのですね・・・

みな・・・

穏やかな顔をして・・・

貴方は何処に・・・」


その大勢の中に、レダの姿を探した。

もう、殆ど開かない、光のささない瞳で。

炎が総てを飲み込んでいく。

一客だけの椅子。

一輪の紅い薔薇。

炎が総てを無に還していく。


「私の器・・・」


さようなら。


それは炎に飲み込まれ、レイの長い長い夢が終わった。


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