南のバカブ神その17(大切なモノ・・・)
17・大切なモノ・・・
燃エテイク・・・
一度も大地を踏むことの無かった足・・・
燃エテイク・・・
言葉とは裏腹に、いつも助けを求めて伸ばされていた腕・・・
燃エテイク・・・
希望や夢を呟かなかった、小さな唇・・・
燃エテイク・・・
夢を観るだけの黒い瞳・・・
燃エテイク・・・
僕の初恋の忘れ形見・・・
「嫌だーーーーーーー!」
炎の中に飛び込もうとするニコラスを抱きとめるも、この子は自分だ。
と、ガイは思った。
燃エテイク・・・
あの日と同じだった。
幼かったガイは、護ると誓った大切な人の死を、目の前で見ているしかなかった。
今、目の前で燃えているその幼い体は、人でもなくモンスターでもない。
炎の隙間からチラチラと覗くのは、白い手ではなく白い翼。
人から変化しつつあった幼い体を貫いた逞しい腕は、そのまま小さな体を抱きしめていた。
強く強く抱きしめるその姿も、人間ではなかった。
炎の翼が、周囲の炎と同化して揺れていた。
「やめて!
やめて!
やめて!」
あの日・・・
今のニコラスの様に泣き叫び、その亡きがらに飛びつこうとすることすらガイには許されなかった。
ガイの大切な人、心に秘めていた人は、もう一人の大切な人によって殺され、その炎で燃やされた。
『神様・・・
僕ノ主人ヲオ助ケ下サイ・・・
神様・・・
美シク強イカノ人ヲ ドウカ貴方ノ膝元ヘ・・・』
あの時も今も、ガイに許されたのは、ただ祈ることだだった。
しかし・・・
「アレルさん!
アレルさん!
止めて下さい・・・
止めて止めて・・・」
ニコラスの伸ばす手は届かない。
少し走れば炎の中に届くのに、その炎は何者をも拒否するかのように色濃く、熱くなっていく。
『今ハ・・・
祈ル神スラ居ナイ・・・』
ガイは、自分の心が暗い闇へと引っ張られていくのが分かった。
「アレルさんが・・・」
ニコラスの体から力が抜けた。
ボツリ、ボツリと、何かを呟き始めた。
「アレルさんが・・・
奪っていく」
「ニコラス君!!」
ガイは抱きしめていたニコラスの両肩を掴み、その顔を見た。
瞳はいつもの輝きを失い、視線も定まっていなかった。
「姉さんも、カリフ君も、アンナさんも、子ども達も・・・
アルルさんも・・・
僕は護るって誓ったのに・・・
アレルさんが、奪っていく・・・
全部、アレルさんが奪っていく・・・」
そんなニコラスを見て、ガイは背筋に寒気を感じた。
そして、いつもの自分を取り戻した。
ニコラスの動きは流れる風のようだった。
ガイの腰から短剣を引き抜くと、アレルに向かって行った。
「ニコラス君!」
ガイが追いつくより早く、兵士がニコラスの頬を殴って止めた。
ニコラスの体はガイの足元まで転がり、兵士は膝をついてその両肩を掴んだ。
「母や姉の願いはなんだった?」
ニコラスを見つめる瞳が、酷く悲しい。
「本当に、あの人に奪われたのかい?」
小さな肩を掴む手に、力が込められた。
ニコラスは強くなりたかった。
姉を護りたかった・・・
護りたい少女がいた・・・
しかし、大切な人は、いつも自分の目の前で奪われた。
燃えていく・・・
跡形もなく燃えていく・・・
少女は大好きな人の逞しい腕にその薄い胸を貫かれ、自身の流す血すら燃やされ、その腕に抱かれている。
涙も零さないまま、少女は逝ってしまった。
ニコラスが守りたかった姉のように、うっすら微笑みながら・・・
姉さん・・・
何故、アレルさんは僕の大切な人ばかり奪うのだろう・・・
何故・・・
なぜ・・・
ナゼ・・・
還して・・・
アレルさん、還してください・・・
ニコラスの心は、その思いで溢れた。
「母さんや姉さんの願いはなんだった?」
誰?
願い?
「二人の願いも、奪われたのかい?」
願いが、奪われた?
温かい瞳だなぁ・・・
温かいのに、悲しそう。
なんで、そんな目で僕を見るの?
ぼんやりと自分の視界に映りこんだ瞳を見ながら、ニコラスの心は動き出した。
「君に、こんな顔をさせたくなかった」
この人は、なんで僕を抱きしめてくれるんだろう?
「幸せに、笑ってほしいんだ。
あの人を憎んではいけないよ。
あの人も悔しいんだ。
苦しいんだ。
あの子をどれだけ大切にしていたか、ニコラスも分かっているよね。
悲しんでいい、悔しんでいい。
けれど、憎んではいけないよ」
この人の声は、なんて心地いいんだろう?
ニコラスはそう思って、涙が出た。
その人の声は、ニコラスの心に染み込んでいった。
「アレルさんがどれだけ辛いか、分かってます・・・
でも、でも・・・」
あの方法しかなかった事も、ニコラスには分かっていた。
『人であるうちに、最期を・・・』
以前、ガイから聞いた言葉。
そうだ、『人間としての最期』を与えるのがアレルだ。
「泣きなさい」
ニコラスを立たせた後、兵士はガイに顔を向けた。
「この子を、頼みます」
兵士はニコラスに優しく微笑んだ。
それはとても優しく、暖かかった。
「と・・・おさん・・・」
自然と、ニコラスの口から言葉が出た。
それを聞いて、兵士は足元から消え始め炎に溶け込んだ。
「お父さん」
「強く、優しく育ったね」
消えていく手は、ニコラスの頭を撫でた。
「危ない!」
瞬間、炎風がニコラスを飲み込もうとした。
ガイに抱き抱えられそれを避けると、もう兵士の姿は無かった。
「まずいですね。
完全に暴走していますね」
ニコラスの脳裏に神の時代、北のバカブ神ティアムが亡くなった後のアレルの姿が蘇った。
また、あの時と同じ様になるのかと、ぞくりとした。
炎しか見えない。
いつの間にか、シンとチィムの姿がなかった。
「これ以上は、僕の結界でも無理です」
空気が熱されすぎて、喉が焼けようだ。
肌もヒリヒリと痛みを覚え、自分焼く炎にたじろいだ、アレルの居るはずの場所に、光の柱が出現した。