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零地帯  作者: 三間 久士
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南のバカブ神その13(闇の子ども)

13・闇の子ども


 物心ついた頃には、排泄物やゴミ、虫の徘徊する臭い街の隅で生きていた。

雨風を凌ぐ家は無かった。

毎日、気ままに軒下で寝起きしていた。

着の身着のまま、その日食べるは自分で『調達』した。

自分の血も、他人の血も、ずいぶん流した。

親がいたのかも、それに代わる大人が居たのかも、自分の名前が何だったのかも、覚えていない。

そんな子どもは、『黒い迷宮』と呼ばれるこの街には、溢れかえっていた。

中には大人に『飼われ』たり、子ども同士で徒党を組む者もいたが、その少年はいつも一人だった。


『あのガキ、どこに行きやがった!』

『今日こそ逃がすなよ!』

『まだ十にも満たないガキだ。

半殺しにして、大人の恐ろしさを染み込ませろ。

あの腕は使い物になる、飼い馴らすぞ』


太い怒鳴り声に小路に身を隠すも、怯えてはいなかった。

こんな事はいつもの事で、飼い馴らされるつもりもなかった。

そんなことより、少年には右手の止血をする事が第一だった。

誰に、いつやられたのか覚えていなかったが、右手に巻き付いた鞭の刺が、どんどん食い込んでいく。


『こっちだ!』


血痕を辿られたのか、行ったはずの大人たちが戻って来た。


『見つけたぞ』


後ろからも足音が聞こえる。

4、5、6・・・8人程か。


『あぐあっ!』


瞬時に、男の顎を右手で突き上げた。

刺の鞭がたるんだ男の顎肉に食い込み、そのまま顎骨を砕く。

倒れた男の顔を踏み付け、路地に出た。

右手に激痛が走った。

疼くなんてものじゃない。

しかし、それ以上に、相手の苦痛に満ちた表情を見るのは気持ちが良かった。


『こっちだ!』


路地に出た瞬間、十人程に囲まれた。

それぞれに武器を持っているが、使い込まれ過ぎてどれも金にはなりそうにない。

大人たちが口々に叫んでいるが、少年は気に留めていなかった。

そんなことより、右手をどうにかしたかった。

少年は手近の一人を右手で殴り倒し、剣を奪った。

そして、間髪入れずに切り掛かった。

流れる血を、地面が吸う。

大人たちの悲鳴で、空気が震える。

むせ返る血の匂い、鼓膜を刺激する悲鳴・・・

少年は興奮した。

自分の痛みさえ、今は気持ちがよかった。


『お強いんですのね』


何時から居たのか、正面に少年と同じぐらいの少女がいた。

肩までのフワフワした髪は月色に輝き、白い小さな顔にのった金の瞳は、少し目尻が垂れているが、目の前の惨状に伏せることなく、少年を真っ直ぐに見ていた。

この街に、似つかわしくないと、少年は思った。


『アノ子ノ悲鳴ハ サゾカシイイ声ダロウヨ

アノ肉ハ 柔ラカイダロウナ

アノ子 高ク売レルゾ

バラシテ売ロウカ?

ソノママ売ロウカ?

マダ切リ足リナイカラ 切ッチャオウカ?』


心が騒ぎ、黒い何かが覆っていった。


『ココダヨ・・・

コノ子ダヨ・・・

切ッテゴランヨ・・・

今ヨリズット気持チイイヨ・・・

俺達ヲ切ッタヨウニ・・・

キット アノ子ノ血潮ハ温カクテ甘イゾ・・・

ソノ拳ヲ振ルッテゴランヨ・・・

今ヨリズット自由ニナレルカラ・・・』


右手が疼いた。

少年の心に、誰かの囁き声が響き、それは直ぐに心に溶け込んで、心が痺れていった。

この場に場違いな少女は、黒い霧に纏わり付かれても、変わらずに微笑んでいた。


『私を切りますか?タイアード』


一点の曇りもない、澄んだ声で名前をばれた。

誰も知らない、少年の名前。

少年すら知らない名前・・・

そうだ、少年には名前がなかった。

この街では必要がなかったから、欲しいとも思わなかった。


『切ッテゴランヨ・・・

コノ子ガ居ナクナレバ アンタハ自由ナンダヨ』


右手が痛かった。

痛いが、頭は甘く痺れていた。


『切るなら、どうぞ』


その少女は、引く処か一歩二歩と近づいてきた。


『さあ』


サア・・・


闇が笑った。

少女が微笑む。


『タイアード』


両手を広げて微笑みながら、その少女は少年に駆け寄り・・・


『貴方は私のモノです』


血に汚れた少年を抱きしめた。

自分が汚れるのも構わずに。

首に回された腕は細く、頬にかかる髪は柔らかく、嗅いだことのない甘い香りが気持ちを落ち着かせてくれた。

少女の力は弱いはずなのに、少年は体中を束縛された。

放したくなかったから、その細い体を抱きしめた。


『レビア・・・』


そうだ。

出会った時のレビアだ。


少年は思い出した。

自分が誰で、この少女が誰かを。


『この姿の方がお好み?』


レビアは悪戯に笑いながら少年・タイアードの右手を取り、鞭の一部分を摘んだ。


『貴方の過去は、今更ですわ。

私は大丈夫ですから、もう少し、待っててくださいな』


優しく微笑んで、レビアは一気に鞭を引き抜いた。

引き抜かれ、地面に落とされた鞭は、奇声をあげてその身をねじった。

レビアが視線を下げることなく踏み付けると、たやすく事切れた。


『貴方は私のモノ。

私は貴方のモノ。

誰にも渡しませんわ』


血が溢れ出る右手に口づけをすると、レビアの体が輝きだした。

その輝きは太陽のように明るくはない。

ほんのりと暗闇を照らす・・・

月の輝き。

輝きながら、その姿は本来の姿へと戻っていく。

女神の祈りはゆっくりと辺りを温め、タイアードの体もほんのりと輝き出し、少しづつ透けていった。

淡い光りの中で祈るレビアは美しいと、意識が薄れる中でタイアードは思った。




 会場内の悲鳴と怒号が混ざり合い、混乱は収まるどころかますます闇深くなった。


「あの男、今頃は本能に飲まれているだろうねぇ。

あんたは、どうするんだい?

その剣先をアタイに向けるのかい?

それとも・・・」


エルフェは真っ赤な唇を妖艶に湾曲させて、ゆっくりとニコラスに近づいて来た。


「僕は決めました。

総てを見届けると」

「見届ける?

随分、他人事だねぇ」


エルフェの鞭が周囲の椅子を弾いた。


「自分は関係ないとでも思いかい?」

「そんなんじゃ、ないんです。

僕は、見届けなければいけないんです」


エルフェの足が止まった。


「見届けて、どうするのさ?

墓守りにでもなるつもりかい?」

「繋ぎます。

次へと」


ニコラスの瞳は迷いなく、真っ直ぐとエルフェを見つめた。


「あんたには呆れるよ。

昔からそうだねぇ。

やめだよ、やめ」


軽く溜息をつくと、エルフェはニコラスに背中を向けて歩き出した。

しかし、すぐにその足が止まり、ニコラスとエルフェの間に、闇が現れた。

ポツポツ・・・

点で現れはじめた闇は次第に塊になり、大きな人型になると、闇の色が薄れてタイアードが現れた。


「アンタは、随分楽しませてくれそうだねぇ・・・」


振り返ったエルフェは、再び鞭をしならせた。


「下がっていろ」


そう言ったタイアードの雰囲気がいつもと違うと、ニコラスは思った。

何となくだが、柔らかさを感じた。


「よく戻ってきたねぇ」

「我が女神は、これぐらいで慰めてくれる程、優しくはない」


タイアードが構えたのは剣ではなく、斧頭が半月形になっている大きな斧だった。


「タバールを構えたってことは、完全にお目覚めだね。

楽しませておくれよ」


満足げに微笑みながら、エルフェは闇に包まれながら姿を消した。

同時に、ニコラスの頭の中に、ココットの悲鳴の様な呼び声が響いた。

それはガンガンとニコラスの脳裏に響き続け、目を開けて立っている事ができなかった。

頭を抱えうずくまるニコラスに手をかけようとしたタイアードだったが、そんな二人に襲い掛かるモノがいた。

数分前まで、それは人間だった。

その名残は身に着けている洋服でしかなかった。

遅い来るそれらを、タイアードは躊躇なく大斧でなぎ倒していった。


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