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零地帯  作者: 三間 久士
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南のバカブ神その10(世界のことわり)

10・世界のことわり


 手に、さわさわと触れるものがあった。

嗅覚が、微かに甘い香りを拾った。

瞼が数回痙攣すると微かな光を感じて、ゆっくりと瞼を開けた。


「僕の教会・・・」


目を開いたら、夜明け前のうっすらと月が残る中、小さな木造の教会が目に入った。

背中を預けているのが西の柱である大木で、手に触れているのが地上では咲かない白月花であることが分かった。

数頭の草食動物が、西の柱の大木の周りで静かに草を食んでいる気配がした。

長い枝角を持つ半馬半鹿のイッペラボス、ヘラジカによく似たアクリス、それらに混ざって、妖精のニスの灰色の服の端や、赤い尖り帽子の先端がチラチラと見えるが、いつもより自分との距離が近いとニコラスは思った。


「ニコ、大丈夫か?」


胸元から顔を出したココットに頷いて見せるが、頭の中はグチャグチャだった。


「もう一人の僕が、ネメ・クレアスが、結末を二人で見ようって言ってた」

「師匠に魔法をかけられた!って思った瞬間、ここに飛ばされたぞ」

「僕の精神世界・・・

ねぇ、僕、どのくらい寝てた?」


ニコラスは数回深呼吸をして、頭の中をスッキリさせようとした。


「・・・おれッチも、ここに着いたって分かったら、寝ちゃった」


ココット、時空間魔法弱いもんね。


その一言を飲み込みながら、ニコラスは立ち上がった。


あのクレアスさんとの時間が僕の精神世界での事なら、この柱は今まで以上の力があるはず。

そうだ・・・


夢の中のクレアスの行動を思い出して、ニコラスは腰に下げていた小袋を開いた。

アレルに飲ませた薬の残り。

アレルから貰った月色のキャンディ。

シンに貰った小さな月の女神像と聖水の小瓶


「・・・ない」

「何か、落としたか?」

「カティさんからもらった小石。

多分、この柱に吸収されたと思う」

「まぁ、ここは安全だから、とりあえず何か食べよう。

おれッチ、お腹ペコペコ。

アレルも言ってたじゃんか、考え事は飯食ってからにしろって」


耳元でキイキイ言われ、ニコラスは苦笑いをしながら小袋を閉めて教会に向かった。

イッペラボスやアクリスは、我関せずと変わらず草を食んでいた。


 教会のキッチンは、相変わらず掃除が行き届いていた。

ここを預かるアブビルトは料理こそ苦手だが、そのほかの家事は難なくこなす。

最近では、ここに暮らす子ども達も料理を手伝っている。

その為か、子ども用のキッチン道具が増えていて、ニコラスは思わず頬を緩めた。


「ニコ、何作る?

皆の分も作るだろ?」


早く早くと急かすココットは、ニコラスの胸元から飛び出し、少年の姿になった。


「あら、随分器用になったのね」


その瞬間を、朝食の準備で起きてきたアブビルトが見ていた。


「おはようございます、アブビルトさん。

すみません、勝手にキッチンを使って」

「おはよう、ニコラス君。

ここは貴方の家ですもの。

いつでも使っていいのよ。

で、今日の朝食は何かしら?」


アブビルトは、自分で使おうと持っていたエプロンを、ニコラスに差し出した。

ニコラスは笑ってそれを受け取り、素早く身に着けた。

そんな二人の後ろで、ココットは果物や野菜をテーブルに運んでいた。

ザクザク、トントントンと食材を刻む音に、コポコポとお湯が沸く音、ジュウジュウと炒められる音。

柑橘系の爽やかな香りに、香草のツンと鼻を衝く香り。

料理の音と匂いと、刻一刻と食材が姿を変えるさまが、ニコラスもココットも楽しかった。


「姫様、攫われたそうね」

「・・・ガイさんですか?」


料理の手を休ませることなく、二人は話を続けた。


「いいえ。

タイアードさんよ。

昨日は、カティ様が直々にうちの王様に会いに来たわ」

「・・・ちょっと、待ってください。

僕、姫様が攫われたって聞いて・・・

その夜にカティさんの部屋で話をして・・・

アレルさんに南の柱まで連れていかれて・・・

師匠に最後の魔法を・・・」


時間の感覚がおかしいと思ったのは、ニコラスだけではなく、ココットもだった。


「カティ様は『昨夜、レビアが攫われた』とおっしゃっていたわ。

まぁ、その前に一足早く戻っていたタイアードさんから報告を聞いていたらしいけれど、それでもうちの王様の顔色は無かったわね。

その報告と、今後の手筈を確認して、カティ王は帰って行ったから・・・」

「僕たちは丸一日は西の柱の下で寝ていたってことですか?」

「丸一日寝ていたら、私や子どもが気が付くわよ。

・・・貴方達の時間軸が世界の時間軸とズレたのね」

「時間軸ですか?」

「簡単に言うと、『時魔法』。

時を止めたり、戻したり、進めたり・・・

世界を流れる時間から、その対象となる人物や場所の時間だけをずらすのよ。

魔法を大きく分けたら、守りと攻撃ね。

そこに、個人の特色が乗ってくるのよ。

ニコラス君はどちらかと言ったら守りの召喚魔法、師匠のクレフさんは攻撃系は召喚獣で守りは魔法が得意だけれど、どっちも『水系』よね。

クレフさん、シールド系は強いのだけれど、回復呪文は弱いのよね」


アブビルトはスープの大鍋をかき混ぜながら、ニコラスは肉の塊を捌きながら、話を続けた。


「回復呪文は、大まかに2パターンあると教わりました。

魔力で損傷した細胞の再生力をあげるものと、失った細胞自体を作り出すもの。

回復魔法のほとんどが再生力をあげるもで、細胞自体を作り出すのは再生魔法で蘇生魔法になると。

蘇生魔法は、僧侶や賢者、神官でも、ほんの一部の人しか使えないと言っていました」

「蘇生魔法は、いわば『生き返らせる魔法』だから、どこかで『ズレ』が生じるのよ。

本当なら、その人の時は終わるのに、数秒後、数分後、数時間後には再開するの。

そのズレは、世界の歪みになる。

その歪みを強制するために、本来なら起こらないはずだった事がどこかで起こる・・・

それは、同じ重さでなければ歪みは解消されない。

・・・例えば、生き返った人の代わりに、関係のない人が死んだり。

蘇生魔法を使う者は、その『ズレ』を起こさせないために、自分の魔力でカバーしなければいけないの。

出来ないのなら、術は成功しないのよ」


似たような話を聞いたことがある。

いつ、誰に聞かされた話?


アブビルトの話を聞くニコラスの手はいつの間にか止まり、意識は話に出てくる単語を選び、切り取り、並べ、何かを導こうとしていた。


「それに一番近い魔術が『時魔法』ね。

時間自体を操作するから、世界に『ズレ』が生まれる。

その『ズレ』を世界の歪みにさせないよう、自分の魔力でカバーする。

そう考えると、時魔法を使う人は、本当に凄いわ」


師匠の不死は、細胞の時間が『戻っている』の?それとも『進んでいる』の?

なら、その都度生まれるズレは、どこかで?

アレルさんやアルルさんのジャガー病が発症しているのに、共存できているのは神の力があるから?

魔法は『守り』と『攻撃』。

師匠の不死は自分への『守り』で、アレルさんとアルルさんのジャガー病は部分への『攻撃』。

アレルさんに飲んでもらった新薬は、発病を抑える月の石に回復魔法をかけたものだった。

あれは効いた気がするって言っていた。

きっと、発病して損傷した細胞に、回復魔法が効いたんだ。


「でも、姫様の魔力は本当に凄いわよね。

あんなに大きな時魔法を使えるんですもの」

「え・・・

姫様・・・」


グルグル回るニコラスの頭に、その言葉がストンと入って来た。


「月の女神様ですもの。

月の満ち欠けは、時間の経過その者でしょう?

時間を操るのはお手のものよ。

それでも、姫様は『蘇生呪文』は使わないわ。

親しい人が無くなるのは、とても悲しいわ。

身代わりになってもいいと、思うこともあったわ。

けれど・・・」


ニコラスは思い出す。

今まで出会って、失った人達を。

皆、生き返ることが出来るなら、生き返りたいだろう。

けれど、厳しい顔をした死の神アープ・チィムをも思い出した。


そうか・・・

チィムさんは、だからあんなにも厳しかったんだ。


ニコラスは死の町となった、フレイユの城下町を思い出す。

そして、本当なら顔も合わせることが出来ないはずの、母を思い出した。


残した想いを、あの場で・・・


『時が止ればいいのに・・・』


別れ際の母のつぶやきを思い出した。

小さく悲しい、本当は出してはいけない言葉。


『・・・時間が止ればいいのに・・・』


そしてもう一人、今では聞きなれた声のつぶやき。

それは、西の柱の元で寝ている時にもたらされたものだった。


「時間が止る・・・

時を止める・・・」


もう、ニコラスにアブビルトの話は聞こえていなかった。

ナイフと食材を置くと、食材が置かれたテーブルの上に腰の小袋の中身を広げた。


「月の石に回復呪文だけじゃ駄目なんです。

まず、痛みを麻痺させること」


ニコラスは、月の石の薬を目の前に置いた。


「次に、ビーストウイルスに汚染された細胞の活動を停止して攻撃」


次に、キャンディを隣に置いた。


「汚染された細胞が死滅したら、その細胞の蘇生・・・」


そして、月の女神像を置き、聖水の小瓶を持ち、かけるふりをした。


「キャンディ・・・このキャンディの部分です。

攻撃呪文はいくらでも考えられるんです。

けれど、細胞の活動を停止する呪文・・・

まさに、時魔法じゃないですか!

きっと、この薬が出来れば・・・」

「姫さん以外で、時魔法使える奴、いんの?」


自分の考えに没頭し、それが纏まって興奮した瞬間、ニコラスはココットの一言でその気分を一気に落とされた。

全身の力を抜かれ、ガックリと床に座り込むニコラスに、ココットが追い打ちをかけた。


「それに、カティのおっちゃん、姫さんのおっちゃんと『今後の打ち合わせ』してたんだろ?なにか、でっかいことが起るんじゃないか?」

「・・・ココット、たまに鋭いよね」


その一言を言うのが、ニコラスはやっとだった。


「ニコラス君、落ち着いて。

きっと、姫様は大丈夫よ。

今回の事は、昔、夢見の姫様から言われていたことだから。

だから、万が一の時の手筈は整っているの。

絶対、姫様は無事に帰ってくるわ。

だから、新薬はその後で出来るわ。

それよりも、今は朝食の支度よ。

もう少しで、子ども達が起きてくるわ」


思いっきりアブビルトに背中を叩かれ、ニコラスは咳込みながらヨロヨロと立ち上がった。


「・・・そうですね。

慌てても、しょうがないですよね」


本当は、今すぐにでも自分の部屋に戻り、薬を作りたかった。

しかし、仮設の上、肝心の時魔法の術者が居ない今、落ち着いて考えを掘り下げるのが一番いいと、ニコラスは自分に言い聞かせた。


物事には順番とタイミング。

今は、閃いたアイディアをもっと練り込むんだ。


そして、ココットに肩を軽く叩かれ、ドアの方を指さされた。

そこには、自分を見て満面の笑みを浮かべているアンドレアとジョルジャが居た。

その笑顔を見た瞬間、ニコラスは彼らが笑って暮らせていることに、とても安心して、少し涙ぐんだ。


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