南のバカブ神その6(晩酌と石)
6・晩酌と石
アリシャという国は、完全世襲制ではない。
次期国王候補なり、当代なりが『継ぎは強い者に』と思うか、時期国王候補がいない時、世界中から強者を募り、その者達の中で一番強い者が国王になる。
アレルの父カティは、この戦いで国王の座を勝ち取った一人だった。
「うちの品の無さ、分かったろ。
一族の生まれはこの南の国だが、代々この腕一本で食ってきた奴ばかりだ」
必要最小限の物しかない簡素な部屋が、この国の王であるカティの部屋だった。
何処にでもある木製のテーブルと、そろいのイスに腰を掛けて酒を飲むその姿は、アレルに良く似ていた。
スーラ国で初めて会った時とは若干印象が違ったが、アレルによく似ているせいか、あの日よりは緊張しなかった。
「レビアちゃんの父親がうちのカミさんと従兄妹でな、その母ちゃんがどこぞかのお姫様で~、あっちは一応王家の血筋なわけよ。
だから、品があんだろ~」
決して、自分を見下しているわけではなく、ただレビアを自慢してるだけだとニコラスは分かっていた。
しかし、身を乗り出し、大きな手で肩を叩かれるのは、流石に痛かった。
あまりの勢いに、肩に乗っていたココットも落ちそうになった。
「未成年にお酒を進めないで下さい。
ニコラス君はこちらをどうぞ」
ガイの父ショウは、温かいお茶を運んできた。
カティとアレルも良く似ているが、ショウとガイも瓜二つだと、ニコラスとココットは感心していた。
違うのは顔の皺と声が少し渋いぐらいだ。
ガイさんのお父さんもだけれど、アルルさんのお世話をしているガイさんのお母さんも、そっくりだったな。
と、ニコラスは思い出した。
「あ、あの・・・」
しかし、ここで暢気にお茶をしている場合ではないと、ニコラスの尻は落ち着かなかった。
「大丈夫だ」
そんなニコラスの心情を分かっていて、カティは優しくニコラスを止めた。
「レビアちゃんは大丈夫。
あの子はニコラスが知っている以上に強い。
心も体もな。
いつも、いかつい番犬共に守られてるばっかじゃないんだぜ」
レビアが攫われた。
タイアードが隣にいたのに、あっという間に闇に飲み込まれた。
知らせを受け、アレルの部屋に集まった一同は、再びアネージャと顔を合わせた。
肩で揃えたウェーブのある赤い髪も、力強い赤い瞳も変わることは無かったが、アネージャは自らジ・エルフェ『自殺の女神』と名乗った。
傍らには、三つの頭を持つ漆黒の犬を携えていた。
レビアは、その犬の中だと、ジ・エルフェは笑って言った。
「犬の中は底なしの闇らしいが、レビアちゃんは大丈夫だ。
なんてったって、お姫様で女神様だからな」
「姫様を攫った方は、僕達には何もしないで姿を消しました。
タイアードさんは一度戻ると、国に帰ってしまいました。
アレルさんとガイさんは、いつの間にか姿が見えなくなっていて・・・」
「あいつらは、自分のやるべきことを分かっているからな。
まぁ、これで『終りを始める時』は動き出したってわけだ」
「終りを始める時・・・
なぜ、それを?」
カティの顔から笑みが消えた。
「俺のかみさんは世界屈指の『夢見』だった。
かみさんは、未来も夢観てたんだよ。
その全部を俺らに伝えたかは、謎だがな。
さて、『終りを始める時』が始まった。
お前は何をする?
それが終わったら、何がしたい?
レビアやタイアードは帰る場所がある。
が、お前たちはあるか?」
帰る場所・・・
ふと、クレフの家を思い出した。
家の女主人と呼ばれる妖精のシルキーさんが守るあの家は、師匠が居てアレルさんが居て僕やココットが居て・・・
そして、アブビルトさんと子ども達の居る教会。
僕は、あそこに帰りたい。
いつの間にかニコラスの中で、あそこが帰る場所になっていた。
「いいか・・・」
グラスに並々と入っていた酒が一気に飲み干され、空になったグラスがテーブルに勢い良く置かれた。
「終ったら、『次』が始まるんだ。
お前は、『次』が始まったらどうする?」
空のグラスに、カティ自ら次の酒を注いだ。
「僕は・・・
ジャガー病を治したいんです」
そう、約束をした。
子ども達にも、アルルにも。
「僕はアレルさん達より弱いですが、守りたい人達が出来ました。
その人達を守って、その人との約束を果たしたいです」
「そうか」
優しく笑って、カティは胸元から小さな石を差し出した。
「やる。
次が始まったら、同じ物、集めてみな。
きっと役に立つ」
その小さな石は無色透明で、握りしめると少し柔らかさを感じた。
「さ、良い子は寝んねの時間だ。
ここからは、イケない大人の時間だな」
カティはニコラスの頭を大きな手で鷲掴みにし、左右に振るように撫でた。
そんな動作もアレルによく似ていると、ニコラスは顔をしかめながら思った。
ニコラスが礼儀正しく部屋を後にすると、カティは深くため息をついた。
窓から見える城下街は、見慣れたものだった。
家々の火もまばらになり、夜の女神が街を支配していた。
「終ったら、『次』が始まる。
・・・か」
「呑みすぎですよ」
気の利く側近が持てきた物は、カティの期待に反していた物だった。
「水かよ・・・」
「ニコラス君を解放してから、何時間たってると思っているんですか?
夕飯も食べず、ずっと飲みっぱなしで・・・
明日に備えてください」
「だ・か・ら、今日は飲ませろよ」
「最後ですよ」
と言って、ショウはお酒の入ったグラスを二人分持ってきた。
「ここがなくなったら、お前はどこに帰る?」
「もちろん、主である貴方のもとへ」
ショウは自分からグラスを重ね、一気に半分を飲み下した。
「妻はアルル様のもとへ、息子はアレル様のもとへ。
私達は貴方達の影ですから」
「一番苦労してんのは、ガイだろうな」
「良い修行です。
影はどこまでもついて行きますよ。
たとえ、それが地獄だとしても」
さすがに見透かされてる。
と、カティは鼻で笑った。
「アレル様には、帰る場所は必要無いでしょう。
場所があれば、かえって足枷になりますし・・・
あったとしても、ここではありませんね」
そう育てた。
いや、育ったのか。
そう呟きながら、カティは窓ガラスに映る自分に、アレルの顔を重ねた。
「すべては『終りを始める時』のために・・・
ここまでは、レダの夢見の通りだった。
が、夢見は『終わりが始まった瞬間』で終わっている。
一番知りたい結末がない」
「貴方は、『次』が始まったら何をしますか?」
ショウの視線を感じて真横を向くと、見慣れた黒い糸目がじっと自分を見つめていた。
「また、昔みたいに世界を流れるか」
数日後には、この視界が一変する。
力なき者達は非難させた。
今、城下町に居るものは、皆己の腕に自信の有る者だけだ。
「さ、我が君、就寝の時刻です。
明日・・・とっくに今日ですが、大仕事なんですから、お休みください」
この上なくわざとらしく言いながら、ショウはカティの手からグラスを取り上げ、まだ八分目ほど残っているお酒を一気に飲み干した。
「朝寝坊はなしですよ。
では、良い夢を・・・」
残念な唸り声を上げるカティを気にも留めず、空いたグラスを持って、ショウは退出した。
静かにドアが閉まったのを見て、カティは肩を落とした。
ため息を付き、イスに腰を下ろすと、テーブルに足を投げ出し、天井を仰いだ。
レダの見た夢に、『次』はあったのだろうか?
幼い頃から、自分の『最期』を幾度となく夢見たのに、レダは子どもを産んだ。
己を殺す子どもを・・・。
昔、カティは一度聞いたことがあった。
『総ては『業の浄化』のため』
そう、レダは言っていた。
『業の浄化』・・・
今、カティの中に思い浮かぶのは、神の時代の、真なる『最期』。
「柄にもなく頭を使うと、禿げますよ」
考え込んでいたカティの視界に、ショウが逆さまに入り込んできた。
「仕事は終ったので、長年の友として。
・・・一杯だけですよ」
カティの正面に回り込んだショウは、手にしてた二人分のグラスをテーブルに置いた。
「さすが、相棒」
カティは足を下ろし座り直すと、嬉しそうにショウのグラスに自分のグラスを軽く当てた。