表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零地帯  作者: 三間 久士
100/137

南のバカブ神その6(晩酌と石)

6・晩酌と石


 アリシャという国は、完全世襲制ではない。

次期国王候補なり、当代なりが『継ぎは強い者に』と思うか、時期国王候補がいない時、世界中から強者を募り、その者達の中で一番強い者が国王になる。

アレルの父カティは、この戦いで国王の座を勝ち取った一人だった。


「うちの品の無さ、分かったろ。

一族の生まれはこの南の国だが、代々この腕一本で食ってきた奴ばかりだ」


必要最小限の物しかない簡素な部屋が、この国の王であるカティの部屋だった。

何処にでもある木製のテーブルと、そろいのイスに腰を掛けて酒を飲むその姿は、アレルに良く似ていた。

スーラ国で初めて会った時とは若干印象が違ったが、アレルによく似ているせいか、あの日よりは緊張しなかった。


「レビアちゃんの父親がうちのカミさんと従兄妹でな、その母ちゃんがどこぞかのお姫様で~、あっちは一応王家の血筋なわけよ。

だから、品があんだろ~」


決して、自分を見下しているわけではなく、ただレビアを自慢してるだけだとニコラスは分かっていた。

しかし、身を乗り出し、大きな手で肩を叩かれるのは、流石に痛かった。

あまりの勢いに、肩に乗っていたココットも落ちそうになった。


「未成年にお酒を進めないで下さい。

ニコラス君はこちらをどうぞ」


ガイの父ショウは、温かいお茶を運んできた。

カティとアレルも良く似ているが、ショウとガイも瓜二つだと、ニコラスとココットは感心していた。

違うのは顔の皺と声が少し渋いぐらいだ。


ガイさんのお父さんもだけれど、アルルさんのお世話をしているガイさんのお母さんも、そっくりだったな。

と、ニコラスは思い出した。


「あ、あの・・・」


しかし、ここで暢気にお茶をしている場合ではないと、ニコラスの尻は落ち着かなかった。


「大丈夫だ」


そんなニコラスの心情を分かっていて、カティは優しくニコラスを止めた。


「レビアちゃんは大丈夫。

あの子はニコラスが知っている以上に強い。

心も体もな。

いつも、いかつい番犬共に守られてるばっかじゃないんだぜ」


レビアが攫われた。

タイアードが隣にいたのに、あっという間に闇に飲み込まれた。

知らせを受け、アレルの部屋に集まった一同は、再びアネージャと顔を合わせた。

肩で揃えたウェーブのある赤い髪も、力強い赤い瞳も変わることは無かったが、アネージャは自らジ・エルフェ『自殺の女神』と名乗った。

傍らには、三つの頭を持つ漆黒の犬を携えていた。

レビアは、その犬の中だと、ジ・エルフェは笑って言った。


「犬の中は底なしの闇らしいが、レビアちゃんは大丈夫だ。

なんてったって、お姫様で女神様だからな」

「姫様を攫った方は、僕達には何もしないで姿を消しました。

タイアードさんは一度戻ると、国に帰ってしまいました。

アレルさんとガイさんは、いつの間にか姿が見えなくなっていて・・・」

「あいつらは、自分のやるべきことを分かっているからな。

まぁ、これで『終りを始める時』は動き出したってわけだ」

「終りを始める時・・・

なぜ、それを?」


カティの顔から笑みが消えた。


「俺のかみさんは世界屈指の『夢見』だった。

かみさんは、未来も夢観てたんだよ。

その全部を俺らに伝えたかは、謎だがな。

さて、『終りを始める時』が始まった。

お前は何をする?

それが終わったら、何がしたい?

レビアやタイアードは帰る場所がある。

が、お前たちはあるか?」


帰る場所・・・


ふと、クレフの家を思い出した。


家の女主人と呼ばれる妖精のシルキーさんが守るあの家は、師匠が居てアレルさんが居て僕やココットが居て・・・

そして、アブビルトさんと子ども達の居る教会。

僕は、あそこに帰りたい。


いつの間にかニコラスの中で、あそこが帰る場所になっていた。


「いいか・・・」


グラスに並々と入っていた酒が一気に飲み干され、空になったグラスがテーブルに勢い良く置かれた。


「終ったら、『次』が始まるんだ。

お前は、『次』が始まったらどうする?」


空のグラスに、カティ自ら次の酒を注いだ。


「僕は・・・

ジャガー病を治したいんです」


そう、約束をした。

子ども達にも、アルルにも。


「僕はアレルさん達より弱いですが、守りたい人達が出来ました。

その人達を守って、その人との約束を果たしたいです」

「そうか」


優しく笑って、カティは胸元から小さな石を差し出した。


「やる。

次が始まったら、同じ物、集めてみな。

きっと役に立つ」


その小さな石は無色透明で、握りしめると少し柔らかさを感じた。


「さ、良い子は寝んねの時間だ。

ここからは、イケない大人の時間だな」


カティはニコラスの頭を大きな手で鷲掴みにし、左右に振るように撫でた。

そんな動作もアレルによく似ていると、ニコラスは顔をしかめながら思った。

ニコラスが礼儀正しく部屋を後にすると、カティは深くため息をついた。

窓から見える城下街は、見慣れたものだった。

家々の火もまばらになり、夜の女神が街を支配していた。


「終ったら、『次』が始まる。

・・・か」

「呑みすぎですよ」


気の利く側近が持てきた物は、カティの期待に反していた物だった。


「水かよ・・・」

「ニコラス君を解放してから、何時間たってると思っているんですか?

夕飯も食べず、ずっと飲みっぱなしで・・・

明日に備えてください」

「だ・か・ら、今日は飲ませろよ」

「最後ですよ」


と言って、ショウはお酒の入ったグラスを二人分持ってきた。


「ここがなくなったら、お前はどこに帰る?」

「もちろん、主である貴方のもとへ」


ショウは自分からグラスを重ね、一気に半分を飲み下した。


「妻はアルル様のもとへ、息子はアレル様のもとへ。

私達は貴方達の影ですから」

「一番苦労してんのは、ガイだろうな」

「良い修行です。

影はどこまでもついて行きますよ。

たとえ、それが地獄だとしても」


さすがに見透かされてる。


と、カティは鼻で笑った。


「アレル様には、帰る場所は必要無いでしょう。

場所があれば、かえって足枷になりますし・・・

あったとしても、ここではありませんね」


そう育てた。

いや、育ったのか。


そう呟きながら、カティは窓ガラスに映る自分に、アレルの顔を重ねた。


「すべては『終りを始める時』のために・・・

ここまでは、レダの夢見の通りだった。

が、夢見は『終わりが始まった瞬間』で終わっている。

一番知りたい結末がない」

「貴方は、『次』が始まったら何をしますか?」


ショウの視線を感じて真横を向くと、見慣れた黒い糸目がじっと自分を見つめていた。


「また、昔みたいに世界を流れるか」


数日後には、この視界が一変する。

力なき者達は非難させた。

今、城下町に居るものは、皆己の腕に自信の有る者だけだ。


「さ、我が君、就寝の時刻です。

明日・・・とっくに今日ですが、大仕事なんですから、お休みください」


この上なくわざとらしく言いながら、ショウはカティの手からグラスを取り上げ、まだ八分目ほど残っているお酒を一気に飲み干した。


「朝寝坊はなしですよ。

では、良い夢を・・・」


残念な唸り声を上げるカティを気にも留めず、空いたグラスを持って、ショウは退出した。

静かにドアが閉まったのを見て、カティは肩を落とした。

ため息を付き、イスに腰を下ろすと、テーブルに足を投げ出し、天井を仰いだ。

レダの見た夢に、『次』はあったのだろうか?

幼い頃から、自分の『最期』を幾度となく夢見たのに、レダは子どもを産んだ。

己を殺す子どもを・・・。

昔、カティは一度聞いたことがあった。


『総ては『業の浄化』のため』


そう、レダは言っていた。

『業の浄化』・・・

今、カティの中に思い浮かぶのは、神の時代の、真なる『最期』。


「柄にもなく頭を使うと、禿げますよ」


考え込んでいたカティの視界に、ショウが逆さまに入り込んできた。


「仕事は終ったので、長年の友として。

・・・一杯だけですよ」


カティの正面に回り込んだショウは、手にしてた二人分のグラスをテーブルに置いた。


「さすが、相棒」


カティは足を下ろし座り直すと、嬉しそうにショウのグラスに自分のグラスを軽く当てた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ