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短編集「死の物語」

また巡り逢えたなら

作者: 九十九疾風

誰かから嫌われるのが嫌で……

誰かに認めて欲しくて……

誰かの大切なものになりたくて……

誰かに好きになってもらいたくて……


「あれ?結局、私は……」


今までずっとそれだけのために生きてきたはずなのに、今の私は、本当の意味で孤独になっていた。誰かに好かれようと生きてきたのに、残ったのはどうしようもない孤独だけだ。


「なんで?」


私は努力した。好かれるためになんでもした。たくさんのお金を使った。相手の好きな人を演じるために何度も何度も自分を殺した。正直本当に嫌なことだって我慢してやった。思えば今まで十数年の人生、ずっと誰かのための人生だった。自分なんて、もうとっくの昔に殺しきっちゃった。


「あれ?私って……何だっけ?」


自分の部屋で一人、虚空を眺めながら思った。




・・・




そもそもの始まりは、父からだった。物心ついた頃には母はもう死んでいて、家で父と二人きりだった。いつもの父は優しくて、私のわがままも優しく対処してくれた。でも、ある日父は変わってしまった。


「お前なんていらない……俺は、俺は……あいつさえいてくれれば良かったんだ…………」


私は、夜遅くに父が仏壇の前で泣いているのを知っていた。だからこそ、あの時に私はそれからの私の全てを変えた言葉を言ってしまっていた。


「なら、私がお母さんの代わりになろうか?」


その時は、子供なりに父を慰めてあげたかった。でも、その言葉で父は変わってしまった。まるで母が生きている時にそうしていたかのように私を扱い始めた。最初の頃は違和感に耐えきれなくなって何回か反抗してしまった。でも、その時の父の顔を見ると、いつもある言葉が頭をよぎった。


「お前なんていらない」


その言葉だけが、私の中にまるで呪いであるかのように突き刺さっていた。

一番最初に自分を殺したのは、父に夜這いされた時だった。忘れもしない。日が変わろうとしていた時、私はあまりの痛みに目が覚めた。最初は何をされているのか理解できなかった。そもそもそういう知識すらなかった。

それから数時間、一人だけ満たされようとしている父の荒い息を間近で聞きながら、ひたすらに痛みに耐えていた。


「ありがとう」


気のせいか、父がそういったように聞こえた。生まれて初めてその言葉を聞いた私は、とても暖かいものを感じた。それは物理的なものではなく、何かが心の中に満ちていくようなものだった。

その時私は、誰かの言うことに従っていることで自分の存在価値を得ることができると思った。

それから、私は誰かのためなら何をしてもいいと思うようになった。それは学校でも同じだった。最初の頃は小さな物だった。簡単なパシリや頼みごとだけだった。でも、それは学園を重ねるごとに残酷になっていった。


「なぁお前」

「何ですか?」

「ちょっと付いて来い」


ある日私は、クラスの男子に呼び出された。正直、絶対に何かされるという予感があった。でも、私はそこに行った。嫌われたくなかったから。


「よお。よく来たな。早速だが……」


それからのことは正直よく覚えてない。ただ、滅茶苦茶なことされたというのは覚えてる。思い出すだけで身体中に悪寒が走る。

それが昨日あったこと。どうして自分はあんなことをされなきゃいけなかったのだろう。それに、我慢して相手が満たされてくれればその見返りとして私のことを認めてくれると思った。けど、現実は違った。何も抵抗しない私をおもちゃであるかのように扱い、飽きた途端に捨てていった。私は、その瞬間になにもかも失ったのだと悟った。

結局一人だ。今までやってきて、友達はおろか私に話しかけてくれる人すらいなくなった。本当の意味で怖いものが「孤独」だって、わかっていたはずなのに……そうなりたくなかったはずなのに……私は結局、昔から何も変わらないまま、今も孤独に怯えながら自らを孤独の道に進めている。


「そうだった……ご飯、作らなきゃ」


気がついたら時計の針は5時を指していた。父が帰ってくるまで1時間を切っていた。


「何をしよう……いつもみたいな感じでいいかな」


私は、エプロンを身につけながら献立を考えていた。最初の頃に比べて作れる料理が増えてきて、味もだんだんよくなってきていると思っている。


「お前キモ!死ねばいいのに」


そうしていると、昨日私に投げかけられた言葉が頭の中にこだました。


「そっか。そうすればいいんだ」


父への罪悪感はある。体が張り裂けてしまいそうなほどに。

でも、もうこんな生活はやめよう。私自身、もう疲れた。

私は、父が帰ってきて困らないように夕飯を作り、そこに一枚の手紙を置いてかいえを出た。小さなカバンに包丁を入れて。


「できるだけ、遠くに……願わくば、だれもいない場所へ」


私は、夕暮れの街の中を駆けた。だれにも見つからないような、遠い遠い場所を目指して。もう孤独から逃げられないのなら、いっそ自分から孤独の中に飛び込んでいってやろう。


「ここなら大丈夫かな」


全く人気のない場所で、私は自分を落ち着かせるために深呼吸した。そして、持ってきた包丁を取り出し、一切の躊躇もなく自分の心臓を突き刺し、完全に貫けるように押し込んだ。


「……これで…………さよなら、だね」


薄れゆく意識の中で、私はそんなことを言っていた。いったいだれに対して言ったのか、自分でもわからなかった。




・・・




誰も帰らない家の中、ひたすらに冷めていく夕食の近くに置かれた一枚の紙切れに書かれた文字が、死にゆく家への最後の手向けであった。



『また巡り逢えたなら、今度は本当の夫婦がいいな』






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