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第三十一話  神殺しの魔術

前回のあらすじ:


護国の武神と化したアルの脅威に対し、カイ=レキウスは魔術と策を以って翻弄する。

そして、彼の究極魔術が発動し――

 俺――カイ=レキウスは、粛々と呪文の「詠唱」を続けた。


「フューラサンクフィーアテトラゼスゼクスセクススィス……」


 それは記憶するのも困難な、意味のない音の羅列。


「ウンイェダントレトレススィンコアインピャーチデヴェト……」


 それは解明するのも至難だった、異世界の秘密の言葉。


「オーテセットヴォスィミティーンドヴァアヂーンディエチアン……」


 俺は半ば瞑想状態に入ることで、ほぼ自動的に詠い、唱える。


「シェフトデスエットフェムペンタセイドゥジリオン……」


 修行の果て、その域にまで至らねば、第二十四階梯ほどのものは完成できぬ。

 究極魔術とは――神を殺す魔術とは、そういうものだ。

 そして最後に、断たれた俺自身の左腕を、供物に捧げる。

 そっと頭上に投じると、後は吸いこまれるように、天に蓋する漆黒の穴に消えていく。


 そう――「(あな)」だ。

 地上から見れば、星なき夜空に見えるだろう。

 しかし、それは誤りだ。

 今、広い広い空を覆い尽くした、この漆黒の夜空と見紛うモノは、世界(ここ)とは違う異世界(どこか)に通ずる、巨大と呼ぶのも烏滸(おこ)がましいほどの規模の、空に開いた「(あな)」なのだ。


 俺が究極魔法によって開いたその「(あな)」の向こう側から、異界の化物がその異形(すがた)を顕現させる。

 無作為な数字の羅列――

 そうとしか表現しようがない。

 まるで曇天から雪が降るように、漆黒の穴からしんしんと数字が降ってくるのだ。

 物理法則。森羅万象。そういったものがまるで異なる世界からやってきた、穴の向こう側の住人(やつら)のことは本来、穴のこっち側の住人(おれたち)には決して、決して、正しく認識できない。

 ゆえに俺たちの脳が自動的に、俺たちに認識できる姿に、置き換えるのだ。

 それが数字の羅列という異形(バケモノ)なわけだ。


 雪のように降る数字の羅列は、やがて勢いを増していく。

 幾条もの奔流のように、数字の濁流のようになっていく。

 否、数字の触手というべきか?

 それらが一斉にアルへと食指を伸ばし、十重二十重にからめとらんとする。


 当然、アルは抗った。

「聖剣ケーニヒス」で斬り払おうとした。

 しかし、無駄だ。


 例えば、水を切ること自体は子どもでもできる。

 ナマクラでもできる。

 しかし、切ったところで何も意味はないだろう?

 それと同じだ。

 アルほどの武人であっても、ケーニヒスほどの聖剣であっても、斬ること自体は容易にできるが、そこになんの意味も発生しない。抵抗にならない。

 数字の羅列の海に、ただ溺れるだけ。



 最古最大にして(グレート・オールド)唯一無二(・ワン)には、この世界の何人たりと抗えない。



 数字の海に溺れたまま、アルは漆黒の空へと引き寄せられていく。

 必死にもがきながら、「(あな)」の向こう側へ呑み込まれていく。

 異世界の異形(バケモノ)に捕食されていく。


 俺はその様を、無感動に見送った。

 意志の力で感情を抑え込まなければ、怒りと悲しみでおかしくなってしまいそうだった。


 アル。

 我が最愛の弟よ。

 生涯最高の友よ。

 俺が認め、全てを託すに値した本物の男よ。


 今のおまえが、もう俺の知るアルではないとしても。

 魂を弄ばれ、護国の鬼に祀り上げられ、もはや人格を喪失した、くだらぬ神格だとしても。


 それでも……………………許せ。

 そして、さらばだ。


 俺は最後までじっと、アルを見守った。

神鎧(ヴェルサリウス)」をまとったその姿が、穴の向こう側に完全に消えるまで。

 夜空と見紛う「(あな)」が嘘のように消え去り、再び晴天が顕れるまで。

 掌に爪が食い込むほど、ずっと右手を握りしめながら。

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