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プロローグ  覇王の死

 世に、自制心を失くした王ほど、害悪なるものはない。

 今の俺――カイ=レキウスがまさにそうだ。


 俺はなすべき執務を放り捨てて、淫蕩に耽っていた。

 王の地位に目が眩んだだけの、心の通わぬ女どもと褥をともにするのだ。

 空虚なまでに広々とした寝室には、紫煙が妖しくくゆっている。

 そう、阿片を焚いていた。より快楽を追及するために。


 けらけら。けらけら。

 タガの外れたような、女どもの笑声と嬌声が木霊する。

 ガラスの如く、美しいだけで中身がない彼女らを、俺は平等なまでの無感動さで愛してやる。


 と――

 笑声と嬌声の中に、武骨な足音が混ざった。

 重甲冑をまとった禁士たちが、およそ二十人。ズカズカと寝室に乱入してきた。


 連中を率い、先頭に立つ若き美青年は、俺の異母弟だった。

 名はアル=シオン。

 歳は俺と一つ違いの二十六。

 腹は違えど、俺とそっくりだと評判の容貌に、隠せぬ怒りの色を浮かべ、にらんでくる。


 俺は素っ裸のまま、広いベッドの上にあぐらをかき、美女を侍らせたまま相対する。

 アルは禁士たちとともに一斉にひざまずくと、まるで謁見中のように奏上する。


「陛下。我が兄上にして、至尊なるカイ=レキウス陛下。魔術の階梯を極めし御方。禁軍百万を統べ、同時にその頂点に立つ最強術者。一代にして大陸を平定せし覇者。九地方二百四十一州を(たなごころ)にする絶対支配者――」

「どうした、我が弟よ? 妙に畏まった口上だな?」

「――偉大などという言葉程度では、到底言い表すことのできない、その御身がこれはいったいなんの真似ですか、カイ=レキウス陛下?」


 思い詰めた顔で、押し殺した声で、アルが問い詰めてくる。

 返答次第では、ただではおかないという意思を、隠そうともしない。

 肩が、全身が小刻みに震えている。甲冑の継ぎ目が、こすれて鳴る。


 だが、俺はたわむれるように答えた。


「大陸平定の暁には思う存分、魔術の研鑽に打ち込むつもりだと、言っておいたはずだぞ?」

「この乱行の、どこが魔術の研鑽ですか!」


 とうとうアルは激昂し、怒鳴り散らした。


「どうか正気に戻ってください、兄上! 世の民には――いえ、臣下の中にすら、あなたのことを流血王だとか狂王だとか、心無い批難をする者たちがおります。敬いを通り越して畏れる者たちの数は、それに十倍するでしょう。ですが、この私は知っております! 兄上は戦乱の世を平定し、天下万民に争いのない世界を与えるために、敢えて心を鬼にしてきただけだと。決して血に酔い、虐殺してきたわけではないと」

「ははは! すまん、すまん! それらはみな余の演技だ。本当はこうして権力をほしいままにし、ありとあらゆる享楽を貪るため、世界征服を企んだにすぎん」


 俺は裸の腹を揺すって、呵々大笑した。

 たちまち女どもがお追従で、けらけらと笑い出す。


「嘘だ! そんな話、信じられるものか!」

「わかるぞ、弟よ。だまされていた人間は、見栄が邪魔し、すぐには認められぬものだ」

「兄上ええええ!」


 アルが立ち上がると同時に絶叫した。

 頼むから嘘だと言って欲しい――そんな哀願のこもった、悲痛な叫びだった。


 俺は見せつけるように、美女たちとのたわむれを再開した。


「……それがあなたの御返答か」


 低く、唸るような声で、アルが言った。

 震える手が、ついに腰の佩刀に伸びた。

 

「斬るかね? この余を」

「我が国は、未だ大陸統一をなしたばかり。盤石には程遠く、昏主が暴政をなせば、いつ分裂の憂き目に遭ってもおかしくない。再び群雄割拠の世に戻れば、なんのために今まで莫大な血を流してきたのか、意味がなくなってしまう!」

「口で語るのがおまえの覚悟か? アル?」

「お覚悟召されるのは、あなたの方だ! 兄上!」


 アルの、手の震えが止まった。

 かと思えば、一息に腰の剣を抜き放つ。


 白刃が、室内を照らす魔術灯を反射し、閃いた。

 女どもが悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

 俺一人が泰然と、ベッドの上であぐらをかいていた。


「あああああああああああああああああ!」


 アルの喉から雄叫びがほとばしる。

 それは、魔術王たる俺に挑むための気炎か。

 あるいは、兄殺しを為すことへの無意識の悲嘆か。

 どちらにせよ、アルの突撃に迷いはなく、俺の心臓を狙った刺突は鋭かった。

 見事、一突きに刺し貫いてみせた。


「なぜ……避けるなり、魔術で抗うなり、なさらないのですか……兄上……っ」

「俺が当代随一の魔術師なら、おまえは大陸最強の戦士だ。この距離なら、おまえのものだよ」


 俺は口から血を溢れさせながらも、笑顔になって答えた。

 暗君を装うための悪辣な笑みではなく、肉親へ向けるための屈託のない笑みだ。


「兄上! やはりあなたは!」

「この国は――ヴァスタラスク統一王国は、もうおまえのものだ。後は任せたぞ。アル=シオン」


 俺は薄れゆく意識の中、告げねばならぬその言葉を、弟に告げた。

 禁士たちがしかと耳をそばだたせる前で、明瞭に宣言した。

 

 戦乱の世を勝ち抜くため、俺は兵や民を殺しすぎた。

 多くの部下を統御するため、恐怖を以って支配した。

 今さら仁君ぶるには、俺が積み重ねた業はあまりに重すぎた。

 全ては天下泰平のためだと訴えたところで、何人が耳を貸してくれるだろうか?

 アルのように聡明で、他人をよく理解できる者ばかりなら、そもそも戦乱の世など来ない。

 ゆえに俺は流血王の悪名ごと、ここで斃れることにする。


 そして、アルが真の仁君として、この大陸を統治するのだ!

 アルの世間評は、俺とは真逆。

 将軍としては寛大を知り、宰相としては仁愛を知ると、誰もがそう思っている。

 思うように、俺が仕向けた。大陸統一のためには避けられない汚泥など、俺が一人で呑めばよい話。生来優しいこの弟の手が、可能な限り汚れぬようにと、ずっと気を配ってきた。

 全てはこの王権譲渡劇のため、最初から計画していたのだ。

 

 はは。

 泣くなよ、アル。

 確かに俺だって、おまえと別れるのは寂しい。

 だけど、笑って送り出して欲しいんだ。

 確かに俺はここで死ぬが、俺の魂まで滅びるわけじゃない。


 魔術の秘奥と儀式を用いて、生まれ変わる準備ができているんだ。

 俺は不老不死不滅の吸血鬼(ヴァンパイア)となって、今度こそ自由気ままに、魔術の階梯を登り詰めていくつもりだ。


 な?

 誰よりも魔術を愛する俺にとって、これほど楽しく、これほど幸せなこともないだろ?

 だから、泣かないでくれ。

 だから、笑って看取ってくれ。


 ああ、クソ。畜生。

 そういう俺が泣いていたら、世話はないか。

 ははは――

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新作始めました。
『辺境領主の「追放村」超開拓 ~村人は王都を追放された危険人物ばかりですが、みんなの力をまとめたら一国を凌駕する発展をしてしまいました~』
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ぜひ1話でもご覧になってみてください。
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