双頭の鷲、お手紙出した・4
双頭の鷲、お手紙書いた・4
「俺の勝ち」
「あー! 兄ちゃんに負けた!」
終末前夜の空気に満たされているリリエンタールとその親族たちがいる空間とは違い、イヴの実家は笑いに溢れていた。
イヴの実家では食後、ハーブティーを飲みながら、ババ抜きをしていた。
「さあ、カリナ。もう眠る時間よ」
「ええ! もう一回!」
「さっきも、そう言ったでしょう」
そんなやり取りを二度ほど繰り返し、
「姉ちゃんと部屋で本を読もう」
「じゃあ、寝る。でも、明日もババ抜きしようね!」
「もちろん」
イヴはカリナを抱き上げて、
「姉ちゃん、重くない?」
「全然。軽い軽い。カリナを抱っこしたまま、壁を走って屋根に登れるよ」
「今度やって」
「イヴ、辞めなさい」
「はぁい!」
カリナの部屋へと連れていった。
「姉さんなら、カリナ抱っこして駆け上がるなんて、簡単だよ」
「そういうことじゃないのよ、デニス」
テーブルに広げられたトランプを片付けているサーシャも、
――妃殿下は両肩に俺と殿下を乗せても、簡単に駆け上がることできるからなあ……なんか、年々体力と技術が上がってるような
簡単だろうな……と。実際のところ、カリナくらいの体格なら、サーシャでも同じようなことはできる。
「お付き合いくださり、ありがとうございます、殿下」
「いえいえ。こちらこそ、楽しませてもらって。ババ抜き、とっても楽しくて、カリナさまの”もう一回”についつい乗っかってしまいました」
シャルルのような王族は晩餐のあと、煙草と共にカードゲームを嗜むが、こんな楽しいものではない。
「晩餐の終わりは、ブラックジャックをなさると」
「ええ。貴族なんて、賭け事くらいしかすることがないので」
「ウィルバシー卿と、ブラックジャックやポーカーを何度かプレイし、とても強かったのですが、卿自身は苦手だと仰っていましたね」
「……まあ、あまり得意そうなタイプじゃないですね。かく言う私も、弱いのですが」
ポールとシャルルの会話を聞いていたサーシャは、
――殿下のお相手ってアウグストさまにヴィルヘルムさま、イヴァーノさまにリリエンタール閣下ですから……あの四人相手に勝つのは至難の業かと……
無理ですよ……と。
「リリエンタール閣下はお強いそうで」
「ええ。アントンは、カードゲームでも負け知らずです。まあ、アウグスト相手のときは負けますが、アウグスト相手に負けられるのも、アントンだけです」
「アウグスト陛下は、絶対に相手に勝たせるのが得意なのだとか」
「ええ。変なこだわりがあるんですが、やってのけるので。アウグストは、あれでもまあまあ天才なので」
サーシャはグラスに酒を注ぎ、シャルルとポールの手元に置き、
「サーシャさん! 是非! 鉄道談義を!」
デニスに捕まった――カリナが寝たあと、イヴは母親と編み物をし、そろそろ寝ようかな……と、デニスの部屋の前を通った時に、謎言語が聞こえてきたため、そっと部屋を覗き、結局サーシャとともに、かなり長い時間付き合った。
**********
<そうか、アントーニアか。まあ、あれは女の性質を見極める能力に長けているからな>
クローヴィス家で「みんなでババ抜き!」な楽しい時が流れている頃、ルシタニア国王は超高圧的なお褒めをいただいていた。
<はい、臣はいつもイシュブルグ公爵夫人の、女性を見る目の確かさに助けられております>
ここで浮かれて、自分の才覚だと驕ってはいけないと、ルシタニア国王は知っているので、ひたすらにアントーニアを立てた。
実際、褒められた理由は、アントーニアの助言あってこそ。
<そうか。ああ、そうそう、来年にはレイモンドの息子がルシタニア王国に三ヶ月ほど滞在する。よいな?>
<御意にございます>
ルシタニア国王が褒められた理由だが、それはウィルバシーの妻ジュリアの実家に関すること。
ジュリアはルシタニア貴族。こんな遠い異国に単身で嫁に出された辺りからも分かるように、実家での扱いはよくなく、折り合いも悪かった。
そんなジュリアのことを、アントーニアも覚えていた。そして、リリエンタール結婚後、ロスカネフ王国に呼び出された際に(三日で終わった前・後)に、ロスカネフ王国内で情報を集め「イヴとジュリアが仲が良いらしい」ことを知った。
帰国後アントーニアは、ジュリアの実家を冷遇するよう、夫であるルシタニア国王に命じた。
言われた当初、ルシタニア国王は渋った。
ジュリアをウィルバシーに嫁がせたのはリリエンタール。アントーニアの弟で当主たるリリエンタールに紹介する女性なのだから、ジュリアの実家はルシタニア王国でも上位の家柄の良さを誇る。昔からルシタニア王国の貴族であり、国王の治世に尽力してくれているジュリアの実家を冷遇するのは、躊躇われたのだ。
だがアントーニアに「双頭の鷲の戦女神は、不遇な境遇に心を痛めるタイプだ」と言われた。
ルシタニア国王はアントーニアが女性の性質を、ことごとく見抜くことを、誰よりも知っているので――ルシタニア国王の愛人の「お金目当て」「他に男がいる」「悲劇のヒロイン気取り」「このわたくしを、追い落とそうとしている」など言い、それはことごとく当たっていたこともあり、女性の性質を見抜く能力に関しては、絶対の信頼を置いていた。
自分が愛人にしたと思う女は、とりあえずアントーニアに見てもらい、許可が出たら愛人にするし、許可がでなければ愛人にしないどころか、すぐさま遠ざけるくらいには信頼していた。
なので、ルシタニア国王は誰にも相談せずいきなり、ジュリアの実家の者たちに対して出国禁止令を出した。
ジュリアの実家の一族のみならず、家臣全員驚いたが、
[イシュブルグ公爵夫人のご命令だ]
ルシタニア王妃アントーニアではなく、リリエンタールの姉アントーニアからの命令だと言われ、さらにアントーニアがロスカネフ王国に足を運んでいたことは、誰もが知っていたので「双頭の鷲絡みだ」と誰もが気付き、ジュリアの実家の面々も下手に騒ぐと、ルシタニア王国”も”危ないことは分かったので、粛々と出国禁止命令を受け、更に自ら役職を返上して領地に蟄居する道を選んだ。
〔族滅しなくてもよいのか? イシュブルグ公爵夫人よ〕
〔そこまではしなくてよい。双頭の鷲の戦女神は、そのようなことを望むタイプではない。絶対に殺してはならぬぞ、コインブラ伯爵。下手に殺せば、双頭の鷲の戦女神が嘆く。それが何を意味するか? 分からぬとは言わぬな?〕
〔了承した〕
こうしてジュリアを冷遇してきた実家と一族は、地位を失った。だが、誰も死んではいない、家も脈々と続く。嫡男に嫁がいなければ、王家が用立てる――リリエンタールから見ても”ほどよい”罰だった。
――双頭の鷲のレイモンド……夫はレイモンドの養子になっていたな。帰国してから対策を練らねば
ルシタニア国王は安堵し――灰皿の煙草はすっかりと短くなっていたので、震える手で煙草をもみ消し、こっそりと息を吐き出す。
<カードゲームをする>
そんなルシタニア国王の安堵はすぐに霧散した。もちろんルシタニア国王以外の者たちも。
リリエンタールはあまり人とカードゲームをしない。アウグストやヴィルヘルム、イヴァーノに絡まれてプレイすることはあるが、自分から持ちかけることはない。
だが「晩餐の一環として、食後にカードゲームをすれば、イヴが喜ぶ」という、リリエンタールにとって唯一にして絶対の真理の為に、親族一同にカードゲームをするように命じた。
命じられた彼らには拒否権などないので、全員カードゲーム室に移動し、スパーダがウィスキーが入ったグラスを、各自の手元に置く。
<なにか賭けるか? そうだ、朕に勝ったら双頭の鷲の座をくれてやろうか? 欲しかろう? グレゴール>
後々エピソードとして妻に語るには、あまりにも殺伐しているやり取り……にしか見えないが、リリエンタールとしては、興味のない相手に対して最大限の優しくしているつもりだった。
<ヴュルテンベルクは、勝ちも負けも、自由自在ではないか>
<朕よりも上手く立ち回ればよかろう? グレゴール>
――それが出来たら、その人とっくの昔に双頭の鷲になっていますよ
スパーダは内心で呟きながら、カードを配る人を呼びに行った。
<お前たちは何を賭ける?>
何を賭けるといきなり言われた彼ら。国王の座についている者たちは、国を賭けようかと思ったが、
――双頭の鷲なら、カードゲームをプレイしている時間と同程度の時間で、我が国を陥落させられるな……神聖皇帝も同じことを考えているようだ
この前、大国を二つ簡単に滅ぼし、うち一国を属国としたリリエンタールに対し「国を賭けます」といったところで……という気持ちしか湧かなかった。
<あまり大きなものを賭けるのはやめなさい、アントニウス>
室内にいる全員にとって聞き覚えのある声が、リリエンタールを諭す――教皇の座を退いたガレッツオだった。
<なにを驚いている。ガレッツオがここにいるのは、知っているだろう>
リリエンタールの言葉通り、ここに元教皇がいることは知っていたが、いきなりこの場に現れたら驚いてもおかしくはない。
<皆もお元気そうで>
退位したガレッツオはにこにこしながら、彼らに語りかけ、
<ガレッツオ殿もお元気そうで、なによりです>
彼らは表情を強ばらせながら、返事をした。
ちなみにガレッツオが教皇の座を退いた理由は「リリエンタールの怒りを鎮めるため」――もっとも「これ」はリリエンタールが仕組んだことだが、世間一般的にはリリエンタールの機嫌を直すために、退位したことになっている。
もちろん、ここにいる親族たちは、そのことは知らない。
ガレッツオは教皇の座を退いても、リリエンタールに対しての影響力はあるので、賭けはこぢんまりとしたものになり、ガレッツオがカードを配り――リリエンタールの圧勝で終わった。
そして晩餐会も終わり、各自が客室へと向かう。
[頑張りましたね、アントニウス]
[そうか?]
リリエンタールも寝室……だが、部屋が足りないので、ガレッツオと相部屋。部屋にはベッドが一つしかないので、リリエンタールはソファーで眠ることになっている。
部屋数が足りない理由だが、王侯は夫婦で一緒のベッドで休むことはないので、一人一室づつとなる。
リリエンタールの城やベルバリアス宮殿ならば、それでも部屋数は充分なのだが、ここは悪役令嬢シーグリットの元婚約者ロルバスの実家、元オレクサンドル邸。
なぜこの邸なのかというと、リリエンタールは自らの城にイヴとその親族以外の女性を招かないと定めたので除外。
ベルバリアス宮殿は政治の中枢でもあるので、政治に関係していないことを示すために、この宮殿も除外。
他にイヴの実家近くの敷地に建てた、三総督が象牙と鼈甲と赤珊瑚を積み上げた邸ならば、充分な部屋数はあるのだが「イヴの実家近くに、こいつらを滞在させたくない」と――
元々リリエンタールは、オディロンが使用人を殺し尽くしたオレクサンドル邸を、買い取っていた。
そしてその邸に、アレクセイの婚約者マイトアンバッハの邸にあった家具を引き取ってもいた――こちらもオディロンがスパイを殺害し、放置していた邸である。
リリエンタールにとっては、物置に等しい邸だったのだが、兄姉を招くに際して、この邸に滞在させると決め――先達てリリエンタールの怒りに触れて滅亡したアブスブルゴル帝国の王宮から運び出した家具も詰め込み、歴史と伝統のある邸が完成した。
イヴのような庶民からすると、完全に呪われし邸だが、王侯は歴史あるものを好み、歴史というのは死と隣り合わせなので、全く気にはしない。
リリエンタールももちろん気にせず、だが邸は手狭なので、二人は一室で眠ることになった。
ソファーに横になったリリエンタールに、
[お休み、アントニウス。よい夢を]
ガレッツオは額に軽くキスをしてから、ベッドに入った。
[ガレッツオもよい夢を]
[ありがとう、アントニウス]
昔はそんなことを言わなかったな……と、元教皇はリリエンタールの成長に目を細めた。




