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双頭の鷲、お手紙出した・3

 イヴが帰宅したクローヴィス家では、


「義理兄さまがいないのが、残念だね」

「うん。閣下もカリナと一緒に夕食を取れないこと、残念だって仰ってたよ」

「イヴさまが仰る通り。あの人は、こちらに伺うことができずに、非常に残念がっておりました」


 クローヴィス家の夕食の席に一緒についているシャルルと、


「ご家族をお招きしたいと仰っていましたので、ご招待差し上げてもよろしいでしょうか?」


 ”甥っ子ちゃん”ことサーシャ。

 久しぶり――とは言っても、士官学校時代と比べると、頻繁に帰って来ているが、とにかく久しぶりにイヴが家にいて、一緒に食卓を囲むことができ、食事はいつもよりも賑やかだった。


 この日の夕食のメニューは、ヘラジカのミートボールにベリーソースをかけたものと、サーモンのミルクスープ。それに黒パンという、普段通りの家庭料理。


「それで、カリナね!」

「カリナ、話すのもいいけど、早く食べなさい」

「まあまあ。カリナも話したいことが、たくさんあるのだから」

「あなたが、そうやって甘やかすから」

「父さんがカリナに甘いの、母さんも知ってるでしょう」

「それは、そうだけど」


 それらを前にみんな笑顔で話をしながら、食事を楽しんだ。


 その一方、リリエンタールとその兄姉に付属の配偶者たちの晩餐はというと、


<…………>


 静かだった。

 本来であれば、晩餐の席は主催者が話題を提供し、会話を盛り上げるものだが、古代の絶対王政を敷いている独裁者タイプのリリエンタールがそんなことをするはずもない。


 さらにテーブルを囲んで晩餐をとっている兄姉と配偶者たちは、マナーを極めているため、誰一人としてカトラリーが皿に触れて「カチャリ」という音がする……などということはない。

 部屋の隅でその静寂を目の当たりにしたロドリックは、晩餐後に「終末のラッパが鳴り響く直前って、このような感じなのではないだろうか」とこぼし、それを聞いたスパーダは笑顔で頷いた。


 それほどに、場の空気は張り詰めていた。整えられた正餐用ホールに、重厚な家具類。選び抜かれた食器に、磨き上げられたカトラリー。最高の食材を作って最高の料理人が作った、ナイフで切り分けやすい美味しい料理。


<……>


 呼び出しが急だったため、この日の為に新調された衣装ではないが、どれもフルオーダーメイド。

 宝飾品はどれも伝統ある品々。


 シャンデリアは明るく、室内は昼間よりも明るいのだが、空気の重たさ冷たさが異常だった。


――いっそ、早食いでいらしたら楽なのだが、そこも完璧でいらっしゃる


 ルシタニア国王はリリエンタールが料理を口へと運ぶ速さを眺めつつ、食べる速度を合わせていた。

 晩餐会は主催者が一皿食べ終えるごとに、次の料理が運ばれてくることになっている。なので主催者は、出席者たちの食事の進み具合などを考慮し……なのだが、リリエンタールが周囲に注意を払う筈もない。

 だが同時に、彼は完璧なので食べる速度が一定でありながら、遅い者たちが追いつけるような休みを入れ、全員が追いつける速度を保っていた。


 彼らはリリエンタールを追い越してはならず、また大きく遅れてはならず――


 誰も会話などせず、ただ静寂の中、食事が進む。そのまま終わるだろうと彼らは思っていたが、リリエンタールは「食事中、会話しておいたほうがイヴも喜ぶか」ということで、


<ベネディクト、話せ>


 唐突にノークス大司教に「なんか場を盛り上げる話をしろ」と命じた。本来であれば晩餐というのは主催者が……だが、リリエンタールは古代王朝の絶対王者タイプ。よって「朕を楽しませろ」と。


[では聖典の一節を]


 そしてリリエンタールの兄は、ここでリリエンタールの兄らしさを発揮して、堅苦しいことこの上ない話題を選んだ。


――うわ……知識人たちの会話。辛っ!


 まだロスカネフ王国にいて、給仕担当になった斜め四十五度は、聖典の一節を上げて、それに関しての哲学的、数学的、音楽的あるいは芸術的な見解を述べるという、知識のない者(斜め四十五度含む)は、早々に腹痛で離脱しなくてはならないような会話が繰り広げられる晩餐の席を、戦々恐々と眺めていた。


 なにせ彼は、下手をしたらこの晩餐に並んでいたかもしれないので、恐怖も一入なのだ。


――リヒャルト(祖父)陛下やゲオルグ公、コンスタンティン陛下もマナーは素晴らしいが、双頭の鷲は動きの一つ一つ重厚で、重みというか風格が違うんだよなあ。あと流石イシュブルグ(アントーニア)公爵夫人、マウンティングするためとはいえ、完璧だよなあ


 リヒャルト六世とコンスタンティンの従卒を務め、偶にゲオルグが訪れた際の晩餐の席でも斜め四十五度をしていた斜め四十五度は、全員の食事のマナーを見て「完璧だなあ」と思っていたが、リリエンタールは彼ら以上だった。


 食事をとる姿が重厚だったり、風格があったり、畏怖させたりするのがいいのかどうかは別だが。


 そしてアントーニアのマナーは優雅で素晴らしい。ただし、その原動力はマウンティング。ここまで来ると、褒めてもいいのではないかと、夫のルシタニア国王は思っているが、もちろん褒めたりしない。


 ルシタニア国王如きが褒めたら、アントーニアに死ぬ迄いびられること確定なので。


 こうして終末直前の空気を保ったまま、晩餐は最終段階に移行する――男女に分かれて、女性はコーヒー、男性は煙草を楽しむ。


――楽しむ……とは…………


 アイヒベルク伯爵は、姉相手にマウンティングするアントーニアと、マウントを取られている姉たちを眺めていた。

 アントーニアが何故姉たちにマウントを取れるのかというと、長女のマルガレータの夫は王の地位を失い、他の姉は子どもを産んでいないため、王妃で跡取りになる男児を出産し、その男児が無事に王太子になったアントーニアは、この時代の王族女性としては完璧なので、誰もなにも言い返すことができない。


 ちなみにコンスタンティンの妻である皇后はアブスブルゴル帝室出ということもあり、最近はやや肩身が狭く、さらには男児も産んでいないので、やはり立場的にアントーニアに劣る。


――まあ、イシュブルグ(アントーニア)公爵夫人は楽しんでいらっしゃるから、いいか……いいのか?


 女性たちは、楽しく(?)マウント合戦をするだけでいいが、男性たちはリリエンタールと同室で、煙草を吸わなくてはならない。


 リリエンタールと同室というだけで、兄たちは息が詰まるのに、さらに煙草も吸わなくてはならない。


――最高の銘柄が勢揃いしていますが……まあ双頭の鷲と共に煙草を吸うって……


 マンハイムの男は、死にそうな顔色で煙草を吸っている男たちを、見つめていた。マンハイムの男、彼はリリエンタールの煙草に火を付ける係。

 他の者たちは自分でマッチを擦って、煙草に火を付けていた。

 本来であれば、ここで会話を楽しむのだが――誰もマウンティングしないが、口も開かない。


 下手なことを言ってリリエンタールの逆鱗に触れたら、一巻の終わりなのは、誰もがつい最近目の当たりにしたので、怖ろしくてうめき声一つ漏らすことができない。


 ロドリックが評した「終末直前」が、この煙草部屋でも続いていた。


<マヌエル>


 その張り詰めた緊張の沈黙を破ったのはリリエンタール――リリエンタール自身は、緊張もなにもしていないし、彼らの緊張など意に介さない。


<はい>


 名前を呼ばれたルシタニア国王マヌエル三世は、煙草を灰皿に置いて、椅子から飛び降りて跪いた。


<褒めて遣わす>


 リリエンタールはその頭に向けて、煙草の煙を吐き出し褒めた。

 どう見ても褒めている姿ではないが、本当に褒めてはいた。


<あ、ありがたき御言葉。これも全て双頭の鷲の姉君イシュブルグ(アントーニア)公爵夫人の助言あってこそ。これからもこのマヌエル、及びルシタニアの民は双頭の鷲に忠誠を誓います>


 リリエンタールはルシタニア国王の言葉に返事をすることなく、煙草の煙を吸いながらマンハイムの男に立たせるよう指で指示を出した。


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