双頭の鷲、お手紙出した・1
リリエンタールは姉兄と仲が悪い……というより、全く興味がない。四十年間興味がなく、この先も興味はないのだが、
「兄姉全員を呼ぶことにした」
「えー。なんで呼ぶの。あいつらの顔なんて、見たくもないだろう」
「会いたいと思ったことなど、一度もなければ、この先もない」
「じゃあなんで?」
「元アディフィン王国、現バルツァー共和国の新聞だ」
「ん、ここ…………あー」
リリエンタールに言われて新聞の折り目がつけられた箇所を呼んだシャルル。そこには「元国王一家の窮乏」というタイトル。
アディフィン王国はリトミシュル辺境伯爵の手腕により、王政から共和国にスムーズに移行した。
もっともアディフィン王国の軍権のほとんどを握っていたのがリトミシュル辺境伯爵なので、クーデターではないかとも言われているが、特に混乱がなく、国が荒れもしなかったので、国民たちにとってはどうでも良いことだった。
武力衝突らしきものは皆無で退位した国王。そして特権を放棄した元国王一家。
彼らはアディフィン王家の財産の全てを放棄して、身の安全を保証してもらった。この放棄した財産をリトミシュル辺境伯爵は受け取らず「本来の支配者」ことリリエンタールに全て渡した。
【領土か財宝、どちらかを引き取って欲しい。まー両方引き取ってくれてもいいが】
【ふん。領土など要らぬ、そんなもの欲しければいつでも取れる。微々たる財産は、引き取ってやろう】
などのやり取りを経て、王家の財産は全てリリエンタールの所有になった。散逸しないほうがいい王家伝来の財宝も含まれているので、文化的財産の紛失を免れたことに、胸をなで下ろした者は多かった。
引き取ったリリエンタールは、何一つ興味はないが
そして退位した国王は一貴族とに戻り、もとの爵位を名乗ることになった。
元王妃でリリエンタールの姉マルガレータは、リリエンタールから爵位と共に年金を貰っているので、とくに生活に困ることはない。
ただベッケンバウアーのほうは、あまり裕福でなく、更に王子王女はベッケンバウアーに引き取られたので、生活に余裕がなかった。
引き取られたといっても、元王太子などはリリエンタールより少し年下程度で、一人で生活できそうなものだが「大国の王太子」というのは、意外と潰しがきかない――人に傅かれ、褒めそやされ生きてきた人間に、別の道をすぐに歩めというのも難しく、父の元に身を寄せる形になっていた。
「わたしとしては、ベッケンバウアーとその子女が困窮しようが餓死しようが、凍死しようが変死しようがどうでもよいが、わたしの姉の夫や、わたしの甥や姪が厳しい生活をしているとイヴが聞けば、心を痛めると思ってな」
リリエンタールにとっては、生死など全く気にならない相手なのだが、このような記事がイヴの耳に入ったら、色々と思い悩むだろうと――
「そうかもね。妃殿下はお前のことを第一に考えて、兄姉と仲良くしたほうが……なんて仰らないけど、あいつらの生活が困窮しているとか聞いたら、少し悩んでキースに相談に乗ってもらったりするかもね」
「キースに相談されるのは仕方ないとしても、アレ如きのことで、イヴの気持ちを曇らせたくはないので、呼び寄せて下問してやることにした」
「ベッケンバウアーだけでいいじゃない」
「一人ずつ呼ぶのも面倒だ。それに全員呼びつけ、兄姉を招いた晩餐を開けば、イヴが喜ぶのではないかと思ってな。ああ、もちろんイヴは同席させぬ」
「兄姉仲良くしているように、取り繕いたいわけね。まあ、どれだけ寒々しい空気でも”王族なので”で誤魔化せるし、妃殿下を同席させないのならいいんじゃない」
心優しいイヴにとって憂いを排除すべく、リリエンタールは兄姉を呼ぶことにした――
**********
兄姉をロスカネフ王国に呼びつける書状だが、もちろんリリエンタールが書くはずもない。専門の者が認めたのだが、
<凄まじい御方だとは存じ上げておりましたが、相手の予定を聞かず”この日時に来い”だけとは……出頭命令でももう少し……こう……>
リリエンタールの代筆なので、へりくだり一切なしの、超高圧文章を書くハメになった。彼も慣れてはいるのだが、
<三総督への手紙でも、もう少し時候が入るのですが……>
王相手に「この文章でいいんですか?」と思うくらいに、簡素で高圧的だった。
勿論彼は専門家なので、思う所はあれど、命令通りに書いた。
<辺境伯爵閣下や大公陛下や枢機卿閣下への手紙も、装飾抜きなのでは? いや、あの方々への手紙は書いたことはないですね。わたし以外にも手紙を書く者はいますが、誰も担当したことはないです。あの方々への手紙はほとんど直筆で、代書するとしてもド・パレですね>
専門の者の胃が痛くなるような手紙は、すぐに届けられた――相手の予定を一切聞かずに「来い」
【……初めてだな】
【そうですね】
出頭命令が書かれた召喚状と評するほうが正しいのでは? としか思えない手紙を受け取った神聖皇帝コンスタンティンとノークス大司教は、リリエンタールからの初の呼び出しに驚いた。
【意図は】
【さあ……当主の意図が分かる者は、もう神聖帝国には居ないので】
リリエンタールの思考に肉薄できたフォルクヴァルツ選帝侯は、独立してリリエンタールの元に馳せ参じてしまったので、神聖帝国にはもう理解できそうな人はいない。
【命令に従うまでだが……グレゴールも伴わねばならぬのが】
リリエンタールは「兄姉」なので、ケッセルリング公爵へ招待状を送っていた。
【連れていかないわけにはいきませんので】
【そうだな】
大人しくしてくれよ……と思いながら、ロスカネフ王国行きの準備を整えた。
ちなみにこの招待状の皮すら被っていない出頭命令だが、マルガレータ以外の配偶者持ちには「伴っても、伴わずとも構わぬ」と書かれていた。
リリエンタールの性格を知っている者ならばそれが本心だと分かるが、
〔これは、妃に同行しなかったら、容赦しないぞ……ということかな……〕
〔分かりませぬ。双頭の鷲から、召喚状が届いたのは初のことなので〕
姻族だがろくにリリエンタールと会話したことのないルシタニア国王は、深読みしすぎて、胃に激痛が走った。
〔…………妃が双頭の鷲の妃に、失言をしたら……〕
〔それを回避するためにも、同行なさったほうが〕
〔止められたことは、ないのだが〕
”そうですね”と居並ぶ大臣たちの心は一致したが、
〔双頭の鷲のご命令を拒否するなど、以ての外にございます〕
ルシタニア国王にはリリエンタールの姉、王妃アントーニアに同行しないという選択肢などなかった。本当はあったのだが、彼らはリリエンタールのことを知らなすぎた。なにせルシタニア国王はリリエンタールから「リリエンタール名義」の手紙を受け取ったことは一度もない。
今回の出頭命令が書かれた召喚状も、アントーニア宛で国王宛ではなかった。
こうして夫妻はロスカネフ王国へと旅立った。
〔陛下、無事に帰国できるのだろうか〕
〔双頭の鷲の怒りに触れたら、帰国する国が消えるけど〕
〔洒落にならない〕
〔大国二つ潰すのに、半月もかからないような御方だからな〕
〔強い強いって聞いてたが、本当に強かったな〕
〔強いのレベルじゃないからな。なんかこう……征服者?〕
〔征服者だなあ……陛下、ご無事で〕
ルシタニア国王夫妻を見送った者たちは、国王の身の安全もそうだが、国がなくならないといいなーと言い合った。
あまり悲壮感がないのは、リリエンタールの庇護下に入れれば、今と変わらないか、それ以上の生活ができることを知っているので、国王の無事を願いつつも「でも双頭の鷲の統治も憧れるんだよなあ……」と思ってしまうから。
ルシタニア国王自身「双頭の鷲と臣では、統治能力は比べるもないから……いっそ譲るか? いや、双頭の鷲の妃に献上するか?」などと考えているくらいなので。
アントーニアのマウンティング行為に関しては、誰も触れなかった。そういう人なので――




