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パウルのハロウィンの為に最善を尽くしたアントン

 パウルは司令本部内の幼稚園で「ハロウィン」を知り、


「ぱうゆも、はろいんちたいです!」

「良いのではないか」


 父であるリリエンタールにお願いしたところ、簡単に許可が降りた。


「どんな衣装が着たい?」

「おかあさまが、ちくってくだしゃるのなら、なんでも!」


 イヴはパウルを抱っこし、頬ずりしながら尋ねる。二人とも最高の笑顔で――約一名の表情はアレですが。


 どんな衣装にしようか? と楽しく語り合っている二人を眺めながら、リリエンタールは悦に浸っていた。


「おい、お前」

「なんだ? シャルル。いまわたしは、妻子を眺めるのに忙しい」

「知ってる。いつものことだし。ハロウィンするのはいいんだけど、城にいるアレたち(異端審問官)をどうにかしないと」


 そう、パウルがハロウィンを知らなかったのは、リリエンタールの城にはシャルルが「アレたち」と呼ぶ彼らがいるらから。


「閉じ込めておけばよかろう」

「アレ、全員武闘派なんだけど」

「武力で押さえればよい」

「リーンハルトでも、やりたがらないと思うよ。ペガノフも。もちろん命令されたら動くだろうけど。それに、あのレアンドルどうするの?」

「なんの為にアウグストがいる」

「アウグスト……アウグストなら上手くやるか」


――上手くはやるけど、周囲への被害が甚大になるんだよな。どう被害が出るのか、分かんないけど


「おとうしゃま! おちゃる-!」


 この時期、外に出したら危険な彼らの対処について話し合っていると、パウルが二人に駆け寄ってきた。


「仮装?」

「おとうしゃまもしますか!」

「大人は仮装はせぬはずだが」

「おとうしゃまがかそうしてくれたら、おかしゃまもかそうしてくださるそうなのです! おとうしゃま! おかあしゃまに、さいこうのかそうを!」


 リリエンタールの脳内を、様々なものが駆け巡る。そして――


「イヴ、天使の仮装などしてみたら、どうだろう?」


――アントワーヌの発想力が貧しいのか、妃殿下が天使すぎるのか


「天使……ですか? 天使って……こう、パウルのような子供がすると似合うとは思うのですが」


――一番お似合いというか、そのままで天使ですよ妃殿下


「おかあしゃま! ぱうゆとおしょろいで、てんちのかそうをちましょう!」

「お揃いか……それは楽しそうだね」


 最愛の妻と息子が天使の仮装をすることに。

 リリエンタールは天にも昇る気持ち(わりと毎回、大体いつもそう)になり、イヴと共にパウルの天使の仮装を作っていた。


「息子の為に、イヴと一緒に裁縫する日がくるとは、思ってもみなかった」

「わたしも夫と仮装の衣装を作るなんて、想像もしていませんでした」

「そうか」

「パウル、喜びのあまりに、みんなに”天使の仮装するんです”って言って回ってるんですよ。うちの両親やカリナやデニスに”楽しみにしてるよ”と言われて、俄然やる気になってます」

「そうか。ならば完璧の更に上をゆく、パウルを喜ばせるものを作らねば」


 リリエンタールは大統領の仕事は一ヶ月分を十分もかからぬうちに終わらせ、各国の要人との面会に関しては「小国の大統領」の仮面を投げ捨て(普段でもあまり被れていないが)「世界最大最強の軍隊を所有する戦争の天才」を前面に押し出し、衣装作りの合間に会ってやった(・・・)


 妻子絡みで機嫌を損ねると、物理的に痛い目を見るのはアブスブルゴル帝国で分かっているので、それはもう皆、平身低頭だった。



<いや、元々みんな、アントワーヌに対しては平身低頭だけどね>



 ロスカネフ王国と国境が隣接している共産連邦書記長ヤンヴァリョフの元には「朕の妻子が楽しみにしているハロウィンが、貴様の同志によって荒らされたら、朕が直々に貴様の元へと出向き、貴様に冬のバイカル湖の湖面に張った氷を砕き続ける栄誉を与えてやる」というリリエンタール直筆の手紙が届いた。


{…………(ツェサレーヴィチ)}


 ヤンヴァリョフはレオニードに返信の手紙(御心のままに)を持たせ、普段でもまばらなロスカネフ王国との国境警備兵を、全員100km下がるよう指示を出し、同時にそのポイントに布陣した――誰一人通さないようにするために。


『トニーのところに、厄介ごとは持っていかないように、全力を尽くしなさい』

『御意』


 二人でパウルの衣装を楽しく作り――イヴの衣装は、事あるごとに前衛の呼称をかなぐり捨てるセレドニオ他、アウグストが連れてきた前衛彫刻家たちによって作られていた。


 ちなみに彼らが作っているのは「翼」

 イヴの天使の仮装は、満場一致で「翼を装着すれば、よりいっそう天使になる」だった――翼がついていなくても、ほとんどの人が天使と見紛う、それがイヴ。


 家族で仮装するので、リリエンタールも天使の仮装……は、シャルルに「お前が天使に見えるわけないだろう」と却下された。


「パウルは天使になるぞ」

「パウルはね! パウルは天使だよ! だがお前は違う。もちろん堕天使には見えないんだが……こう、天使とかそういうモノじゃないんだよね、お前って。お前ってどこまでいっても、皇帝っていうか、皇帝でしかないっていうか、皇帝なんだよなあ」


 シャルルの言葉は、全ての人の気持ちを代弁していた。


「ならば、皇帝の仮装をするか」

「それ、仮装じゃないだろ」

「仮装になる国家を選ぶ」


 こうしてイヴとパウルは天使、そしてリリエンタールは皇帝の仮装をすることになった。


**********


 ハロウィン当日


「なんで大の大人が仮装なんぞ」


 ”仮装をしてお菓子をもらいに行きます”という連絡を貰っていたキースは、親子で仮装してやってくると聞いていたので、そう呟いた。


「妃殿下の仮装は圧巻で、一目見る価値があるとのこと」


 キースの護衛兼パウルにお菓子をあげる要員のヒースコートが呟きに応えるも、


「クローヴィスが天使の仮装をしたら、そうだろうよ」


 キースは驚くことではないだろうと返した。


「リリエンタール閣下も、同じく天使の仮装をしようとしたのですが、シャルル殿下に止められたとのこと」

「殿下のご英断だな」

「全く以て、キース閣下に同意いたします」


 そんな話をしていると、廊下がざわつき始めたのが、執務室の扉越しでも分かった。


「来たようですね」


 ヒースコートが言い終わると同時に、扉の低い位置が叩かれ、


「おじしゃん! おかちー!」


 決まり文句はどうしたんだ? と思いながら、立ち上がり、扉を開けた。


「おじしゃん、おかちちょうだい!」

 

 (推定)笑顔で空のバスケットを突き出してきたパウルは、古代南欧風の白い洋服に、可愛らしい羽根のついた恰好をしていた。


「菓子な。ほらよ」


 キースは事前にリリエンタール側が用意していた菓子を、パウルが持っていた籠に入れた。


「ありがとう! おじしゃん! レイモ……といっくおあといぃと!」


 ヒースコートにも「お菓子くれ!」と言おうとしたところで、決まり文句を思い出し、全力で叫ぶ。


「悪戯してくださったら、さしあげますよ」

「いいよ!」


 パウルはヒースコートに悪戯し、無事にお菓子を手に入れた。ちなみにこれほど滑らかに悪戯ができたのは、アウグストと共に悪戯の研鑽を積んだからに他ならない。


「失礼します」


 二人からお菓子を貰ったのを確認したところで、イヴが入室してきた。


「…………」

「…………」


 歴戦の将軍でもある二人でも、言葉を失い、時が止まる――イヴが背負っている翼は、彼らが想像していたものとは違った。

 二人は山型の翼を想像していたのだが、二人の前に現れたイヴは左右が非対称で、どちらの翼も羽ばたいているかのような動きのあるものだった。

 翼は前後左右、上下どこから見ても動きがあり、それにイヴの動きがプラスされると、より一層本物に近くなる。

 とくに拳を繰り出したり、ハイキックをするとそれは顕著。硬質でそれ自体は動かないのだが、イヴの体の動きによる陰翳で、羽ばたいているように見える細工が施されていた。



 新進気鋭の前衛芸術家たちの努力の結晶である。もっとも彼らも、装着したイヴに動いてもらった姿を見て「作ってよかった」と。



「芸術品と呼ばれるのは嫌いだろうが、今だけは言わせて欲しい。芸術品だ。本当に動く芸術品だ」


 自身の容姿を「芸術品」と評されるのを、イヴが好まないことを知っているキースだが、断りを入れてから言いたくなるほどの芸術品だった。


「翼を隠しているに違いない……と、私の部下も言っていたが、部下たちの言葉は本当だったようで」


 ヒースコートの部下たち――かつてイヴの部下だった親衛隊の隊員たちは、ずっとそう言っていた。

 そしてその二名が、いま護衛として室内にいるのだが、彼らは驚きよりも「だから言ったでしょう」みたいな表情になっている。


「そ、そうですか? なんかこう……派手で、似合ってないような気もしたんですが、お二人がそう言ってくださるのなら」


 初めて見た時「え、凄いバサバサしてない? 派手じゃない?」と思ったイヴ。装着してもそう思ったのだが、パウルを含む全員が、口を揃えて似合うというので――ただ城内にいる人たちは、イヴには甘めなのを知っているので、辛口のキースの評を聞いてからにしようと思っていたのだが、そのキースにも褒められ「似合ってるんだ」と納得した。


 ちなみにこの翼、イヴ以外の人にはとことん似合わない。


「おかあしゃま! おにあいでしゅよ!」

「パウルも似合ってるよ」

「おじしゃん? ぱうゆ、にあってゆ?」

「ああ、すごく似合っているぞ」


 もちろんキースは、パウルの仮装に関しては、本当にそう思っている。


「おとうしゃまと、おかあしゃまがつくってくだしゃったのです!」

「パウルのお父さまは、なんでも出来るし、パウルの為なら張り切るからな」

「ぱうゆ、おとうしゃま、だいしゅき! おかあしゃまも、だいしゅき!」


 ……と、ここまでは幸せだったのだが、


「さて、二人とも。次の場所へと向かおうではないか」


 執務室にリリエンタールが入ってきた。


「…………」

「…………」


 キースは椅子から立ち上がり、机の前で膝を折って頭を下げた。ヒースコートも同じように。二人の流れるような動きに、少し遅れるように護衛たちも次々と同じ体勢を取る。


「レイモンドは分かるが、キースまで乗って(・・・)くれるとはな」


 現れたリリエンタールは、当人が言った通り皇帝だった。

 その衣装は現代では見ることのないもの――古西()帝国皇帝の装束。キースやヒースコートは古帝国の皇帝の衣装を見るのは初めてだが、古代帝国の皇帝というものは、民に対して一目で皇帝と分かる恰好をしているもの。


 更に着用しているのはリリエンタール――皇帝以外の何者でもなかった。


「仮装してくると聞いていたのですが」


 キースは床に視線を落としたまま、毒づくのとも皮肉とも違う呟きを吐いた。


「ああ、これは仮装だ」

「仮装……なのですか?」

「これは古西帝国皇帝の装束だ」

「シャルル殿下の装束ということですか」

「そうだ」


 東帝国の皇帝が、西帝国の皇帝の恰好をしているというのは、伝統あるごく一握りの上流社会の人間なら仮装だと分かるだろうが、


――元は一つじゃねーか


 一般人からすると「いや、そんなこと、言われても……」という言葉しか出て来ない。


「ほら行きますよ……って、なに頭を下げてるんですか。さっさと上げなさい。レイモンド。あれ、キースまで付き合ってくれたんですか、もういいですよ。あと護衛たちも」


 ついでとばかりに顔を出したシャルルは、リリエンタールとよく似た恰好をしていた。


――ということは、シャルル殿下が着用されているのは、古東帝国皇帝の装束か……違いはさすがに分かるが、それが西か東かなんてのは、庶民の俺には分からんな


 言われて顔を上げたキースは、リリエンタールとは全く違うが、たしかに皇帝だなと思わせるシャルルにも感心していた。


「おじしゃん! れいも! あつめたおかし、たべようね!」


 そういう趣旨だったか? という言葉を残し、リリエンタールに抱きかかえられたパウルは手を振りながら帰っていった。


「妃殿下はどこから見ても天使軍軍団長でしたが、リリエンタール閣下はどこから拝見しても、皇帝でしたな」

「そうだな。あれが、仮装になってると思っているのが……」

「リリエンタール閣下としては、古西帝国皇帝の装束なので、仮装しているおつもりかと」

「……あの人、古西帝国皇帝の血筋にも、連なっているよな」

「もちろん。キース閣下もご存じでしょう、一つの血統が二つに割れただけですので」

「アウグストは、あの二人の間に割って入る血筋だそうだが……やはり、あの二人ほどの古皇帝らしさはないな」

「御本人も、常々言われています。皇帝陛下が皇帝でいらっしゃったのも良かったのですが、妃殿下は相変わらずでしたな」

「そうだな。……本当に美しい」


 その後、皇帝陛下たちと天使軍軍団長の一行は、さまざまな家を巡り、最期はイヴの実家で、パウルは集めたお菓子に囲まれ、途中で合流したサーシャと共に眠りについた。



 ちなみに異端審問官たちだが、リリエンタールがあまりにも皇帝仮装になっていなかったばかりか、


[毎年そのお姿を拝見できれば、光栄であります]

[考えておこう]


 二人が着用した装束は、古帝国で宗教を国教と定めた皇帝の衣装のレプリカだったこともあり、むしろ仮装に前向きだった。



 一番の理由は「朕が、朕の恰好をして、朕をしていた」だけなので、否定のしようが無かったのだが。



 最後に対処を任されたアウグストだが、


【やはりアントン!】

【アントンが、対処できないはずがない】


 「金を貰えばなんでもする」の看板をそろそろ下ろしそうなゲイルと、傭兵たちを呼んだだけで、特に何もしていなかった――リリエンタールならきっと簡単に収めることができるだろうとう、篤い信頼があったので。



「らいねんは、おじしゃんも、れいもも、かしょうしましょう!」


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