教皇軍総司令官シャルル、地獄の作り方を聞く(後)
シャルルの言う「どうやって?」とは、クフシノフがどのような理由をつけて、軍を動かすのか? ということ――
リリエンタールの軍は、リリエンタールの一存で動かせるが、共産連邦のトップは書記長のリヴィンスキーである以上、クフシノフの意志だけでは動かせない。
縁戚関係にあるこの二人で結託して……ということも出来るが、他の元帥がそれを黙認するはずもない。
クフシノフとリヴィンスキーは互いの子どもを結婚させているからと言って、軍団を預けるほどリヴィンスキーは猜疑心が薄いわけでもない。
なにより現時点でクフシノフが軍を率いて、アイヒベルク伯爵を討つ理由はない。
【軍を動かす理由は、ヤンヴァリョフになるかと】
【あいつもそう言ってたな。ヤンヴァリョフを敵に仕立て上げるの?】
なぜヤンヴァリョフが使われるのかが、シャルルには全く分からなかった。
【それがもっとも確実ですので】
【かなり詳しく説明しろ】
また、いつもの「ただの答え合わせ」になりかけたので、シャルルは「分からないと言っているだろう」と眉間に皺を寄せ、下から睨めつける。
【御意。殿下のご想像通り、軍を動かすのには理由が必要になります。その理由として相応しいのがヤンヴァリョフ…………あー、近々起こる戦争から話を始めますが、エジテージュ二世とヤンヴァリョフ派のピヴォヴァロフが戦うことになります。結果はピヴォヴァロフの完全勝利になります。ですが……】
今回のクフシノフとの一戦は、リリエンタールによる世界戦争の一部に、後から組み込んだもの――そこだけを抜き出して説明するのは、少々無理があった。そこで近々起こる戦争を起点として、アイヒベルク伯爵は話を続ける。
【話の腰を折って悪いんだけど、ピヴォヴァロフって勝てるの? ティキって腐っても軍人皇帝の息子で、それなりに評価は高いよ?】
シャルルにしてみると「ピヴォヴァロフが勝つ」と断言されるほうが不思議なほど、エジテージュ二世の評判は高かった。
もちろんシャルルも、彼らがそう言うので、ピヴォヴァロフが勝つことは疑ってはいないが、それとはまた別方向の純粋な疑問だった。
【ヴィルヘルムが協力するので、確実に勝ちます】
質問に対するアイヒベルク伯爵の答えは――
【ヴィルヘルム、何して……いや、しそうだよ! してもおかしくないけどさ!】
聞けば「ありだろうな」とは思うが「でもなんで?」と更なる疑問がわき起こる人物の登場。
【ピヴォヴァロフはエジテージュ二世の親征軍に奇襲を仕掛けます】
【奇襲とかって、難しいって言ってなかった?】
【アディフィン王国の地形だけならば、リリエンタール閣下に匹敵するほど詳しいヴィルヘルムが協力いたしますので】
【最高の参謀だな】
【はい、ヴィルヘルム以上の参謀はおりません。それで、奇襲を仕掛けるポイントですが】
【そんなことまで分かるの! ……ティキなんてあいつの手の上で踊らされてるだけだとは思っていたけど、そこまでとは……あ、続けて】
驚いたシャルルが続きを促す。アイヒベルク伯爵は頷き、奇襲を仕掛けるポイントを口頭で語る――それと前後するように、スパーダが地図と地球儀を用意してきて広げた。
四隅にペーパーウェイトを乗せる。
地図はアディフィン王国の詳細が描かれたもので、アイヒベルク伯爵はその一点を指差す。
【ここって邦領君主領だよな】
【はい。邦領君主領は国家防衛をアディフィン王国に一任しています。その対価として、毎年八月一日に、一年分の防衛費を一括で支払うことになっています】
自軍を持たない邦領君主は八月一日迄に、アディフィン王国側に支払わなければ、アディフィン軍の庇護下から弾かれる。
【カール・ハイドリッヒから聞いたことがある】
防衛費は領地面積によって額が決まっている――邦領の税収などは考慮されない。
【防衛費には取り決めがありまして、アディフィン王国が国境を接している国が戦争になった際、防衛費が三倍に値上がります。今年の早い時期にアレクセイが新生ルース帝国建国を宣言したことにより、新生ルース帝国を国家として認めていないアディフィン王国は戦争準備態勢に入りました。それにより、邦領君主たちが支払うの防衛費が三倍になり、多くの邦領君主たちは防衛費を支払えず、派遣されていたアディフィン軍の部隊は引き上げ、その結果として邦領は無防備になります】
カール・ハイドリッヒには充分な資産があるため、この三倍の値上げに対し苦もなく支払うことはできたが、多くの邦領では防衛費に頭を悩ませていた。
【邦領に共産連邦が潜んでいても、分からなかったって言っても通るってことか】
金が支払わなければ、軍は引き上げるので、アディフィン軍は邦領の治安や状況は分からなかった……と言える――実際は誰もが”知っていただろう”と思うし、リトミシュル辺境伯爵は知っているのだが、シャルルの言うように、表面上は「知らなかった」が通ってしまうのだ。
むしろ、知っていては駄目なのだ。協定が締結していない独立した領に、勝手に軍を派遣し探っていることになってしまうため、知らないを通さなくてはならない。
【はい。エジテージュ二世は、これらアディフィン軍がいなくなった、金銭的に困窮している邦領を通り抜けて、フォルズベーグ領へと向かい、帰還するときも同じルートを使用します。この進軍に対して、アディフィン側と話し合いをしています】
親征軍はアディフィン王国側に防衛費を支払っている邦領を通過するのは避けるので、防衛費を支払ったかどうかについて、アディフィン側に尋ねなければ分からない。
もちろん邦領に一々連絡を取って聞いても良いが、それでは手間も時間も掛かり過ぎ、攻める時期が冬になってしまいかねないので、アディフィン王国の軍務大臣リトミシュル辺境伯爵から許可を得て聞くしかない。
【ルート筒抜けの上に、帰還する際にも同じルートを通るのなら、奇襲も仕掛けやすいだろうな】
【エジテージュ二世も、ヴィルヘルムの動きには注視するでしょうが、まさかピヴォヴァロフと結託しているなどとは、思わないでしょう。その辺りの駆け引きに関しては、エジテージュ二世はヴィルヘルムに遠く及びませんので】
エジテージュ二世もリトミシュル辺境伯爵が、全面的な味方ではないことは分かっている。だがヤンヴァリョフと組むまでは考えが至らない。
【そりゃそうだろうな……ってわたしは思うけど、そのくらいのこと、想定してないと駄目なんだよな?】
【一応は。可能性として考慮し、いかなる事象にも対応出来るようにしておく必要はあります】
【総司令官は視野の広さが物を言うとは聞いていたけど……それで?】
【はい。ピヴォヴァロフは表向きは海側から侵入した……という形を取りますが、実際はリトミシュル辺境伯爵領を通過し、襲撃ポイントへと向かいます。この痕跡をヴィルヘルムが消します】
これによりピヴォヴァロフが率いる軍勢は、エジテージュ二世にとって「いきなり現れる」ことになる。
【うわ……なんていうか……】
【ヴィルヘルムの工作を見破るのは不可能ですので、奇襲は成功いたします】
そもそもアディフィン王国の一部を通過するため、ノーセロート帝国側は敗戦後、どこから進軍があったかなどを調査する権限がない。
【あの馬鹿、そういう工作も得意……だったなー。派手な見た目のくせに、地味で泥臭い作戦の下地を整えるのが大得意だって、あいつが言ってたな。……でもこれって、ノーセロートの間諜が情報を抜き取って報告したら、ヴィルヘルムのほうが危険なのでは?】
【防諜に関し既に手は打っている筈です】
大統領を務めている兄から「嬉々としてノーセロートの間諜を狩って吊している」という連絡を受けているヘラクレスは、リトミシュル辺境伯爵がノーセロート軍を襲撃するつもりであることは分かっていたが、
――さすがにヤンヴァリョフを使うところまでは、分からなかったなあ
このような手段を用いるとは思ってもいなかった。
【防諜ねえ。諜報戦に限っていえば、ヴィルヘルムはいつもフランシスに負けているせいで、そんなに防諜が得意そうに見えないんだけど、ティキの部下相手ならやれるんだ】
【エジテージュ二世の部下に、テサジーク侯爵ほどの諜報員はおりませんので】
【それもそうだな。……えっと、ティキはヴィルヘルムとヤンヴァリョフが手を結び、襲撃されるってことなんだな?】
【はい。ヴィルヘルムとヤンヴァリョフはこれらに関し極秘で協定を結びます】
【協定ねえ】
【ヤンヴァリョフとしては、エジテージュ二世との戦いは完勝したいので、確実に手を組みます】
【そんなにピヴォヴァロフを勝たせたいの?】
【ここで大勝を収めなければ、リリエンタール閣下と戦う可能性が浮上します。それを回避するためには、何が何でも完全な勝利を収める必要があるのです】
【…………ヴィルヘルムと手を組んででも、あいつと戦いたくないんだ】
【はい。ヤンヴァリョフはリリエンタール閣下と戦わないためならば、どのような事でも躊躇わない男ですので】
リリエンタールと戦わないためには手段を選ばないヤンヴァリョフだが、誰とでも手を結ぶわけではない。手を結ぶ相手は無論実力者――その実力者がリリエンタールと繋がっているとしても、見合う実力があれば手を結ぶ。
むしろリリエンタールの性格上、リトミシュル辺境伯爵やフォルクヴァルツ選帝侯と手を組んだところで、何も言ってこないことは、よく知っている。
【あいつが怖いんだろうなあ……部隊を何回も壊滅に追い込まれ、逃げた先で出迎えられ、行く手に毒ガス散布されたらそうもなるか。あいつにとっては、軽く小突いた程度でしかないけどなあ】
【……リリエンタール閣下ならば、そうでしょう。そんなヤンヴァリョフですので、この親征軍襲撃で勝利を得て、国に残る道を選びます】
【恐怖が骨身に刻まれまくった結果かあ】
【ピヴォヴァロフが率いた軍が帰還し、その兵士がリトミシュル辺境伯爵領を抜けて邦領へ向かったと漏らします。ヴィルヘルムは完璧なので、証拠はありませんが、リヴィンスキーに猜疑心が生まれます。またヤンヴァリョフは、当初の計画書通り、ピヴァヴォロフ軍は海側から侵入したと報告します】
ピヴォヴァロフが率いた軍は、エジテージュ二世軍に大勝を収めるので、本国に帰還する兵士の数は多い――情報を隠すために、戦後、全員を殺害することもできるが、今回は生き残った兵士たちは本国へと帰還させ、情報を流してくれたほうが、ヤンヴァリョフとしても良い。
【ふむふむ】
【リヴィンスキーは金塊を受け取るために、リリエンタール閣下の元へと馳せ参じなければなりません。リリエンタール閣下を共産連邦領に招き入れるなど、怖ろしくてできませんし、そんなことをしようものならば、ヤンヴァリョフが攻撃を仕掛けてきますので、リヴィンスキーはどうしてもロスカネフ王国まで出向かなければなりません】
室内で最も若く、連合軍対共産連邦の戦いを直接知らないルッツは、
――噂は聞いているが、噂以上なのでは……いや、確かにそういう御方ですが……ヤンヴァリョフに何したんだろ
書記長を殺害してでも、リリエンタールの帰還を阻止するとアイヒベルク伯爵に断言されているヤンヴァリョフに対し、憐憫というほどではないが、憐れみに似たなにかを覚えた。
【あいつは共産連邦側からすると、旧ルース帝国領に来て欲しくない人物、不動の一位だもんなあ】
【噂からヤンヴァリョフとヴィルヘルムが繋がっていることを警戒し、リヴィンスキーはクフシノフに軍を預け、ヤンヴァリョフを見張るよう命じ、リリエンタール閣下の元へと向かいます。こうしてクフシノフは書記長直々の命令により、動かせる軍を手に入れます】
この一連の流れでクフシノフは軍と指揮権を与えられ、ヤンヴァリョフを見張ることになる――
【ヴィルヘルムと手を組んだらそうなるってこと、ヤンヴァリョフは気付かない……わけないか。それでも、あいつと戦いたくないんだ】
リリエンタールが悪意一つなく「名将だからな」と評したヤンヴァリョフ――彼はヴィルヘルムと手を組んだことで生じる問題は分かっているが、それでも尚、ヴィルヘルムと秘密理に手を結ぶことを選ぶ。
それによりリヴィンスキーに目を付けられたところで、ヤンヴァリョフは怖くはなかった。
ヤンヴァリョフは書記長を殺害することに、全く恐怖を覚えていない――粛清しようとするのならば、仕返すだけ。
この世でヤンヴァリョフが恐れるのはリリエンタールだけで、身内は恐るるに足らない相手だった。
【殿下の仰る通り、ヤンヴァリョフは分かった上で、リリエンタール閣下に絶対関わらない道を選びます。そしてヤンヴァリョフを見張るよう書記長より命令を受けたクフシノフに、わたくしめの動きを察知させ、戦うことになります】
【クフシノフ一人を殺害するのに、手間暇を掛けるな。暗殺できそうなものだけど】
以前、共産連邦の要人暗殺に関して話していたことを思い出し「暗殺という選択肢はないのか?」と気軽に口にしたシャルルに、
【暗殺もできますが】
アイヒベルク伯爵も何ごともないように告げる。
【できるの! なんでしないの!】
【リリエンタール閣下に、戦争を用いて殺害するよう命じられましたので】
【そうだな……戦争を殺害手段にしたほうが良いって、あいつが判断したってこと?】
アイヒベルク伯爵自身がクフシノフに対して思うことなどなく、単純にリリエンタールの部下として命令を遂行するだけ。手段を問わずという命令ならば、暗殺計画も手段の一つとして検討するが、最初から戦争という手段を提示されたので、それに従っただけのこと。
【はい】
暗殺ではなく戦争を選ぶ理由に関してシャルルも気になったが、
【ピヴォヴァロフ軍は海側から……って言ってたよな】
当初は海側から侵入する予定というのも気になり、こちらのほうがより戦争らしいと感じたので、こちらについて尋ねた。
【共産連邦の海軍の八割近くは、ヤンヴァリョフと志を同じにしておりますので、今回の作戦には必ず乗ります】
【……あいつと絶対戦わない同志?】
【はい。三月戦争の際、海軍は壊滅寸前まで追い込まれましたので】
リリエンタールは陸戦においては化け物だが、海戦においても化け物である――
【あれは壊滅寸前で止めるよう、リリエンタール閣下のご指示でしたが】
ヒースコートがそう言って笑い、
【ペガノフ、ロックハート両将軍にドレイク将軍も頑張っていたな。あと、レイモンドが凄かったな】
ヘラクレスも同意し、隣でブランデーを飲んでいるレイモンドに声を掛ける。
【わたしですので、当然のことです】
ヘラクレスの言うヒースコートが凄かったは、海戦ではなく軍港の破壊。ヒースコートは共産連邦の軍港を、次々と破壊していったのだ。
ただ全ての軍港を破壊するのではなく、綿密な計算で所々港を残し――寄港する港を失った戦艦は、物資補給のために他の港を目指し、そうなることが分かっていたリリエンタールにより行路を割り出され、待ち構えていた戦艦に次々沈められていった。
【……そりゃあ、軍港だって、あいつが一番詳しいだろうなあ】
旧ルース帝国の軍港に造船所、戦艦に海流、更にはルース海軍の弱点、それら全てをリリエンタールは知っていた。
【一週間で三つの軍港を落とすよう命じられた時は、わたしも流石に驚きましたが】
【やったんだ?】
【もちろん。リリエンタール閣下のご命令通りに動いた結果、それはもう簡単でした。もっとも命令通りに動けるのは、わたしくらいですが】
【そうだろうなあ……海軍の生き残りで提督になった奴等は、あいつと戦いたくないってことか】
【甲板に立つ、マントがたなびくリリエンタール閣下を見て、提督が自殺したこともありました。その時の提督の部下が今の提督ですから】
曇天の下、風にたなびく双頭の鷲の旗を背にしているリリエンタール――想像したシャルルは、
【あいつは共産連邦最大の敵じゃなくて、共産連邦全ての絶望だな】
名も知らぬ提督が自殺するのも仕方ないと、何度も頷いた――そして海軍に関する説明だが、彼らも当初の計画通りと言い張り、書記長に目を付けられ「飛ばされる」ことを目論んでいた。
【下手をしたら、殺されるんじゃないの?】
【ヤンヴァリョフが守ってくれるという信頼があり、ヤンヴァリョフもそれに応えるだけの力を持っております】
【へえー。それなりに信頼されてるんだ】
シャルルにとってヤンヴァリョフは、リリエンタールに酷い目に遭わされて萎縮している元帥程度の認識だが、共産連邦のトップの側にいながら、そのトップに恐れられるくらいの実力を発揮している逸物。
**********
アイヒベルク伯爵を捕まえ、話を聞いて満足……というより、得意でもなければ、興味もないので、もう一杯で――その後、芸術に話題を変えてしばらく話をし、
<なんでクフシノフを戦争で排除するのか、聞くの忘れた……本人に聞いてみよう>
話し終わったあと、聞きそびれたことがあったと思い出し「それだけ」はリリエンタールに尋ねようと部屋を訪れた。
<すっごい難しい顔してるけど、どうしたの?>
<女子寮のリフォーム案をが思いついたので、どのように兵力を動かすかを考えていた。これには緻密な計算が必要なのでな>
――そこで兵力を動かすのが、駄目なんじゃないか?




