教皇軍総司令官シャルル、地獄の作り方を聞く(前)
シャルルはリリエンタールの言葉は一切疑ってはいない――が、
【リーンハルト】
【はい、なんでございましょうか?】
【お前たちには分かることなんだろうけれど、わたしはクフシノフがなんでそんな感じに動くのか、全く分からないから、わたしに分かるよう説明して】
あの場で、当たり前のように進んだ話が、あまり見えてこなかったので、解散になったあと、すぐさまアイヒベルク伯爵に声を掛けた。
【わたくしめには、無理かと】
声を掛けられたアイヒベルク伯爵は、隣に立っていたヘラクレスに視線を向けるも、
【諦めるの早いな、お前!】
【わたくしめは、得意ではありませんので】
【説明しろ】
【御意】
シャルルの強い希望により、説明を担当することになった。
アイヒベルク伯爵は説明が下手なわけではない。部下の軍人相手ならば、いくらでも説明はできる。
ただシャルルのように、軍事が苦手な人に説明できる自信がない――もっと正確に言うならば、そんなことはしたことがない……だが、シャルルの希望ということで、手近な部屋へと入りソファーに腰を降ろす。
アイヒベルク伯爵とシャルルの他に、ついて来なくても良かったのだが、心配したヘラクレスと、面白そうだという理由でヒースコートもついてきた。
あとはスパーダも着替えをせずに、家令として給仕を始める。
ルッツは辞退したかったが、占いについて説明する必要があるかも知れない……ということで、ヘラクレスに付いて来るよう命じられ、サーシャとフリオは別の仕事へと向かった。
【…………】
ソファーに腰を降ろしたシャルルを前に、アイヒベルク伯爵はシャンデリアを仰いだ。
アイヒベルク伯爵は真面な人間なので、軍事に明るくない人間相手に戦術を語るようなことはしない。そして素人に説明を求められたことはないので、どのように話を始めるかを悩んだ。
【まず、クフシノフがなぜあのポイントに展開することになるのかについて、話したらどうかな?】
報告会ではないのだから、もう少し楽に……とヘラクレスが軽く促す。
【助かった。でいまヘラクレスが言ったことについて説明させていただきます】
【うん】
【そのポイント以外ありえないからです】
アイヒベルク伯爵とリリエンタールの会話は「これ」で成立してしまう――リトミシュル辺境伯爵やフォルクヴァルツ選帝侯の間でも。
彼らは「答え合わせ」しかしない――
【うん! お前と! あいつと! あいつ等って! 大体それで話が終わるんだよね。そこが知りたいんだよ!】
シャルルは「そこ」が全く分からなかった。またここで聞いたとしても、別の戦争になれば、まったく分からず同じことを質問するのは、自身でも理解しているが――
【これは、情報分析によるものです】
【主君が主君なら、臣下も臣下だよ!】
シャルルの叫びを聞き、ヒースコートは声を出して笑うという、貴族らしからぬ行動を取るも、実に貴族だった。
ヘラクレスは口元を押さえて声も押し殺し、笑うのを堪えた。
【ですので、わたくしめではなく、ヘラクレスにでも…………分かりました。…………ではまず、クフシノフの心理について説明させていただきます】
ヘラクレスは甥たちと戦争話をすることがあるので、話し慣れている。対するアイヒベルク伯爵は、女系家族で誰も戦術などに興味を持っていなかったため、家族と軍関連の雑談をしたことがないので、こういった雑談的なことは苦手なのだが、シャルルに睨まれたので、頑張って話しを続ける。
【お前とかあいつって、人の心理とか読むの得意だよね】
【お褒めに与り光栄です。クフシノフの心理についてですが、クフシノフとしては自身が占いに重きを置いていることを、閣下に知られていることを理解しています】
【なんでも知ってる……で、有名だもんね、あいつ】
【よって、最初は占いを抜きにした作戦を立てます】
【手の内を知られないようにするってことか?】
【はい。クフシノフは奇襲はしたことはありませんので、本人も奇襲を仕掛けるという選択肢は排除します】
断定口調なのは、初めての奇襲作戦の相手となるには、アイヒベルク伯爵はあまりにも曲者ということもあるが――
【奇襲ねえ】
【実際戦う相手はわたくしめですので、奇襲や奇策が頭を過ぎるかもしれませんが、クフシノフの部下の参謀が止めます】
【なんで、止めるの?】
【リリエンタール閣下が、共産連邦の奇策奇襲を全て潰したからです】
命令を下したリリエンタールが、奇襲奇策を潰すのが得意だということを、身を以て知っているから――リリエンタールは、全ての作戦を得意としているのだが。
【全部?】
【全てです。奇襲、奇策が仕掛けられるポイントというのは、それほど多くはありません。そしてリリエンタール閣下は、ルースの地のそれらを網羅していらっしゃいます。かつての戦争で、彼らはそれを完全に理解しました】
【無理矢理、理解させられた感じだけどな】
【よってそれらの心配はありません。他に大まかな戦闘分類になりますが要塞戦、市街地戦、攻城戦などが挙げられます。ですがヒル・ボライン要塞を落としたリリエンタール閣下相手に、要塞戦を仕掛けるほどクフシノフは愚かではありません】
【助けてもらっておきながらだけど、あんな突破方法できるの、あいつだけだと思うよ?】
シャルルにとっては嫌な思い出だが、助けに来てくれたリリエンタールのことは今でも鮮明に覚えている――今と変わらず面白くなさそうにやってきて、暴行して連れてきた牢番に鍵を開けさせ、その牢番の首を切り落とした。その時も表情は全く変わらなかった。
【それは殿下のご意見に完全に同意いたします。ただ要塞や市街地、城などの構造は、全てリリエンタール閣下に知られている……と警戒しますので、やはり野戦になることでしょう】
リリエンタールが統治する予定のなかったノーセロート帝国の要塞内部ですら、リリエンタールに推測され――建築の指揮を執った人間の癖と、国そのもの建築物の癖、建築当時の流行と技術力、材質の特性に外観から読んで、シャルルの居場所を当てたリリエンタールにとって、皇帝になる筈だった国の軍事施設で、設計図に目を通して説明を受けているのだ。分からないところなど有るはずもなかった。
それならば天候で左右されることのある野戦のほうが、勝てる道が見える――そう考えるのも無理はない。
【そう……考えるだろうな】
【共産連邦になってから建てられた物もありますが、これらは”共産連邦の象徴”として扱われるため、帝政時代の建物よりも、壊されることを嫌います】
【たしかに、前王朝の建物を壊すことで、権威を貶められると考える層は一定数いるな】
共産連邦が威信をかけて建てた巨大建築物やモニュメントが、ルース皇太子直属の将軍に破壊されたら、それはもう開戦と同じこと。共産連邦側は、それだけは絶対に避ける必要がある。
ルース皇太子ことリリエンタールは、開戦しようがどうということはない――騒ぐのであれば黙らせるだけのこと。
【そういう意味でも、建築物がある場所での戦いは避けます】
【だから野戦ってことになるんだ】
【はい。野戦ですが、これも戦えるポイントが限られます】
【ルースの国土って大きいから、選びたい放題なんじゃないの?】
【殿下、共産連邦軍の強みは数です。相手よりも多くの兵士を用意できる、これが彼らの戦略のベースです。ですが大軍を動かすのは、なかなか手間が掛かりますので、動かしやすい場所にしたがります】
共産連邦は国土が広く人口も多いので、いくらでも兵士を用意することはできるが、それを動かすとなると、国土の広さがネックとなり難しくなる。
【お前たち、簡単に十万くらいの兵士を動かすから、移動の手間とか麻痺してたわ。普通の人って、二百人でも大変だって、妃殿下が仰ってたわ】
【僭越ながら、二百人を動かせるのでしたら、すぐに五万でも十万でも動かせるようになります】
【そうなの?】
クローヴィスは二百人の部下を動かすのが大変だと言っているが、実際は完璧に動かしている――単純に慣れていないだけで、指揮能力そのものは、
【キースも褒めていましたよ。クローヴィス大尉は現段階で、階級こそ足りないが、旅団長でも務められるとも】
ヒースコートが言う通り、キースも評価していた。
【そうなんだ】
【殿下。あのキースですよ。クローヴィス大尉がリリエンタールの妃であろうが、指揮能力不足と見なしたら、すぐに更迭しますよ】
【そうだった】
キースはそういう性格だった……と納得したシャルルは、アイヒベルク伯爵に話を続けるよう促す。
【大軍の移動には蒸気機関車が使われますが、線路に関してはリリエンタール閣下は熟知していらっしゃいます。そしてそのことは、共産連邦の者たちもよく理解しています】
共産連邦の前、ルース帝国が戦場にて恐れられたのは、その人口の多さを使った人海戦術だが、それが他国の脅威と言われるようになったのは、鉄道が通ってから――各地から人を集めて侵略戦争を行ってきた。
【……ほんと、ルース皇帝だよなあ】
【歴代のルース皇帝が束になっても、ルース帝国に関する知識は及ばないでしょう】
【そうだろうなあ。えっと、さっきまでのお前の言い方から察するに、帝政時代の線路は使わない方向で野戦場を選ぶってこと?】
要塞や城、市街地などの要所が全て知られているので、それは避ける――だから、路線も避けるのかとシャルルは思ったのだが、そうもいかない事情が共産連邦側にはあった。
【そうしたいのは山々でしょうが、共産連邦は隣接国と国境を断絶しているのもそうですが、三月戦争の休戦協定により国境側に新しい線路は敷いていません。よって戦うとなれば、ルース帝国時代に敷いた線路を用いるしかありません】
【新線路は絶対に使わないの?】
【新設された線路は、国境から遠いので。そちらの線路を使うとなると、我々を国の奥深くまで誘いこまなければなりません】
【作戦としては、いいんじゃないの? 自国の奥深くに誘い込むって、アウグストもしてたような】
【それは”侵略されている”という形になりますので、国の奥深くにリリエンタール閣下が来るというのは、避けたいでしょう】
【ルース皇帝がルースの地に帰ってくるのは避けたいよね。でも指揮するのは、お前だよね? リーンハルト】
【わたくしめが相手ですので、クフシノフは勝つつもりです。わたくしめに勝てば、次はリリエンタール閣下です】
【ああ! 勝つつもりなんだ!】
”普通、戦争は勝つつもりでするんですよ、殿下”と――部屋にいたシャルル以外の者たちは思った。
【わたくしめも、負けるつもりはありませんが、負ける可能性もあります】
【え、負ける可能性あるの?】
シャルルがヘラクレスへと視線を向けると、
【リーンハルトが負けることはないかと。わたし辺りなら、負ける可能性もありますが】
【わたしは負けませんが】
ヘラクレスからの返事と、ヒースコートから当然の回答があった。
【あいつが行かせるってことは、負けないと思っているからだろう】
【期待にそえるよう努力いたします。それで、戦闘する場所についてですが、候補が三つほどに絞られます。そこで、最後にクフシノフは占いを使ってくると、リリエンタール閣下はお考えです】
【最後の最後で、占いに頼るんだ……お前の説明を聞いていると、占いに頼りたくなる気持ちが、ほんの少しだけだけど分かるな。あいつ相手じゃ、勝てる可能性に縋りたいって思うのは、仕方のないことだ……それすら、潰されるわけだけどさ】
シャルルにはクフシノフが、ぼこぼこにされる未来しか見えなかった。
【そうだ。どうやって、クフシノフと戦争するの?】




