Eはここにある――【140】と【141】の間の話/2
リリエンタール所有のヴィラ――城の豪華さはもちろん、広大な敷地内には、古帝国の皇帝の別荘跡、いわゆる遺跡が含まれている、世界で唯一のヴィラである。
歴史あるこのヴィラは、もちろんリリエンタールが建てるよう命じたものではない――リリエンタールは、城を建てるよう命じたことはない。
彼が所有している城は、全て歴史有る建造物。
このヴィラもその一つ――このヴィラは現在敷地に含まれている、古帝国の皇帝の遺跡にを元に、かつて隆盛を誇った貴族が建てさせたもの。
命じた貴族は、完成前に亡くなってしまったが、遺跡には立派なヴィラは完成した。
そして時代はくだり、かつて隆盛を誇った貴族もその勢力を失い、ヴィラは売りに出された。
その頃、リリエンタールはグロリアと婚約を破棄し、聖職者となって教皇領へ向かうことに――ヴィラが教皇領に近かったこともあり、グロリアが「司祭になったお祝いに」という名目でリリエンタールにプレゼントした。
リリエンタールは「そんなものは要らぬ」だったが、王太子たるもの別荘の一つくらいは持っていなくてはと言うことで、所有することに――この頃は、ヴィラだけで遺跡は含まれていなかった。
遺跡を買い取ったのは、ボナヴェントゥーラ枢機卿に保護を依頼されたため。
拝金坊主などいろいろと言われるボナヴェントゥーラ枢機卿だが、金にならない遺跡の保護にも力を入れていた。
ただ彼は一応聖職者なので、聖教と関わり合いのない遺跡に金を使うのは難しい。
そこで、東西の古帝国の正統後継者――リリエンタールと執事に話を持ちかけた。
リリエンタールは遺跡に興味を持たなかったが、執事ことシャルルはその話に興味を持ち、リリエンタールを説得し、東西の正統後継者の連名で遺跡を買い取った。
以来このヴィラは「古帝国城」と呼ばれている――
余談としては、ボナヴェントゥーラ枢機卿は最初からリリエンタールの説得はシャルル任せにするつもりだった。
追記としては、リリエンタールも執事も聖職者だが、二人は聖職者というよりは王族なので、俗世の身分と資金力に聖界側の識者が依頼した形。
【いやー、この古帝国城、受け継ぐハメになるのか? 戦々恐々としていたが、受け継がなくていいっぽいな】
古くより続く名門貴族は、古帝国の貴族の血を引いていると標榜するのが慣わし。
リトミシュル辺境伯爵も祖先は古東帝国の名門貴族の末裔だ……と名乗っている。
このバルツァー家に関しては、本当だろうと言われている。
フォルクヴァルツ選帝侯は、古西帝国の名門貴族の末裔だと、教皇庁に認定されている――ゆえに彼は神聖皇帝の座につくことができる。
古帝国の貴族の血を引いて、正式に認定され、結婚して継承権を所有する男児を儲けているのは、このフォルクヴァルツ選帝侯と、アブスブルゴル帝国のレオポルト五世だけ。
レオポルト五世の後継者に関しては、続かないことは公然の秘密ゆえ――リリエンタールと執事が所有する、古帝国関連の遺産はフォルクヴァルツ選帝侯の息子が受け継ぐ――欲しくなくとも。
【維持費が師団並だからな。アントンとシャルルにしてみりゃ、どうってことない額だろうが、お前にはきついだろう、アウグスト】
フォルクヴァルツ選帝侯は潤沢な資産を所有しているが、古帝国の遺跡の維持となると骨が折れる。
【維持できてしまうから、放棄するわけにもいかないのがな】
完全に無理ならば、最初から放棄することもできるが、利殖にも長けているフォルクヴァルツ選帝侯は、自分、もしくは息子が遺跡込みでこの城を受け継いでも、やっていける――
【国が保管するのがいいのだろうが、この辺りは君主がよく変わるからな】
【そうだなあ。なによりわたしは、アントンと同じく、古いものにはあまり興味がないからな。資産はできれば、技術開発に投じたい】
リリエンタールは蒸気機関車、カメラ、映写機、電灯、電動エレベーター、車、戦車、潜水艦など、新しい技術に投資し――時代についてくることができない貴族たちを、次々にふるい落としている。
【その願い、叶いそうだな。あの見るからに丈夫な妃なら、アントンの子を産んでくれるだろう】
普通は「丈夫そう」と表現するものだが、クローヴィスに関しては「そう」を付けるのも失礼だと――リトミシュル辺境伯爵は本気で思った。
【たしかに、健康さが激流のように溢れ出していた。ああいう健康で美しく頑丈な妃こそ、アントンに相応しい】
フォルクヴァルツ選帝侯も「そう」を付けなかった――あのクローヴィスに「健康そう」だとか「丈夫そう」だとか「頑丈そう」などは、表現としては不適。
【あのコルセットすら跳ね返すであろう、鍛え上げられたあの体なら、健康な子どもを十人くらい簡単に産める】
リリエンタールの青い血は、近親婚に次ぐ近親婚によって保たれた純血種。その血の濃さから、子どもは無理ではないか……と、影で囁かれることもあった。
その可能性は否定できないと二人も思っていたが、クローヴィスを一目見て、二人の中からそういったことは、全て吹き飛んだ――クローヴィスは容貌の美しさに気を取られがちだが、あの容貌は健康美があってこそ輝くもので、容貌がなくとも健康美だけで充分人を惹きつけることができる。
上流階級の華奢や不健康さとは正反対、その美しさは生命の輝きに満ちあふれ――下手をしたら目を潰しそうなほど。
【正式なアントンの子どもが十人か……全員男児でも、王位継承には足りないのが、アントンの怖ろしいところだ】
リリエンタールが所有する王位継承権は、十どころではない――今は一人もいないので、何処の国も黙って居るが、一人でも生まれたら「我が国に!」と争いになる可能性が高い。とくにリリエンタールの子は、血筋だけではなく、財産も付いてくる。
更に言えば、シャルルが独身なので、彼の財産もリリエンタールの子に受け継がれることに――
【どこの国でも欲しがるな。後継者がいる我が故国でもな】
【母親の血筋は、ベッケンバウアーにも劣るが?】
【そうだ。だから、やはりアディフィン王国を潰す必要がある。アントンに滅ぼされる前に】
【アディフィン王国内が荒れている最中に、共産連邦が送り込まれたら嫌だもんな】
リリエンタールは自らの兵のように、共産連邦の軍隊を自在に操れる――これに関しては、疑いの余地はなかった。
アディフィン王国の首都に向かわせるためには、リトミシュル辺境伯爵領を通り抜けなくてはならず、この辺境領を抜けることができたなら、あとは簡単に制圧することができる。
【蹂躙されたあとに、アントンがやってきて追い返してくれるだろうが…………コンラートのために、死力を尽くす気にはならんな】
リリエンタールに攻め込まれないように、リトミシュル辺境伯爵は、武力を使わずとも平穏が維持できるよう、幼年学校時代に交流を持ったのだが、それを邪推した、アディフィン国王が足を引っ張った。
アディフィン国王が全てを無にした……とは思っていない。そんなことは思う筈もなかった。彼らはアディフィン国王をそれほど高く評価してはいない――
【それはそうだろうな。なにより、ベッケンバウアーは、すぐさま逃げそうだ】
【間違いなく、お前の所に逃げ込むぞ】
【コンスタンティンは、姉夫婦を見捨てるわけにもいかないしなあ……どの国も、ルース帝国を見捨てて痛い目を見たから避けるだろう。だが保護するのは駄目なんだが、かといって、見捨てても駄目だよなあ】
【その辺りを調整するのが、お前の仕事だろう? アウグスト】
【わたしは天才だから、アントンと対話し調整できてしまうんだよなあ】
フォルクヴァルツ選帝侯が言うとおり、彼は会談で上手くまとめることができる――だからこその外務大臣であり、リリエンタールはそのように動かす。
【アントンは戦争を終わらせる方法も、無数に持ってるからな……もっとも困るのは、ウチの領地を通らないで首都に攻め入られることだ】
【そんな方法あるのか?】
【分からんが……シャルルがまだ気にしていた】
言いながら、リトミシュル辺境伯爵が黒い眼帯を外し、義眼を人差し指で叩く――眼球を失ってから既に二十年以上の時が過ぎた。
【気にする必要などないのにな!】
軽く言うフォルクヴァルツ選帝侯に、リトミシュル辺境伯爵は頷く。彼は隻眼で過ごした歳月のほうが長いということもあり、もはや全く気にしていなかった――失った当初から、気にしていなかったが。
【そうなんだが、シャルルは気にしている】
リリエンタールを見送ったあと、蒸気機関車内でそんな話をし――
【シャルルが気にしているのなら、お前が負傷しない方向で進めるかもな。どういう作戦なのか、皆目見当も付かないが】
【わたしも全く見当がつかない……ん? なんだ?】
フォルクヴァルツ選帝侯が顔を近づけ、義眼を指で押し、
【ここから拳銃のように弾丸が飛び出して、相手を殺傷できたら面白いと思わないか】
なにか言い出した。
【面白いとは思うが、ここから弾丸を撃ち出したら、撃ちだした側のほうがダメージ大きいだろう】
拳銃の反動をよく知っているリトミシュル辺境伯爵は、それを脳付近で食らったら、殴られた時に匹敵して、その場に崩れ落ちるだろうと。
【でも、心惹かれるんだよな。火が噴き出しても面白そうじゃないか】
【面白いが、出した方が火傷で瀕死になるな】
【ハインツなら、上手く小型化できるんじゃないかな】
【ハインツなあ……研究させてみるか? そういえば、お前のハンググライダーはどうなった?】
二人はそんな話をしながら、広大な遺跡の中を歩き――
【閣下! どこに!】
”敷地内から出ないから、心配するな”と言い、軽く武装して散歩に出た二人は、日が暮れかかっても城に戻ってこなかった。
――たしかに、今日中に戻ってくるとは仰らなかったが!
随員の責任者がキースならば、今日中に戻って来るという言質を取ったが――今回は、クサーヴァーの失敗だった。
【単身で出歩いてはいけないから、大きな敷地を持つヴュルテンベルク公の城に、宿泊させてもらうのだと、仰っていらっしゃったーーー! ……この城は遺跡の保護を兼ねているので、線路も敷かれていないし、馬にも乗っていらっしゃらないので、それほど遠くへ行ってはいないはず。敷地内にいらっしゃると……】
上司の言動がどうであれ――強いので、それほど心配しなくても……と頭を過ぎる部下が何名かいるが、放置して良い事案ではない。
【バッケスホーフ中佐。この城の敷地は、約2平方キロメートルだそうです】
邸内の地図などはないか? 広さはどれくらいか? この城を預かる家令の元に向かわせた部下が戻ってきて発した言葉は、
【…………は?】
想定外の広さの報告だった。
想定しない広さであろうが、二人の安否を確かめなくてはならない――「絶対無事だろうけど」思いながらクサーヴァーたちは、二人を捜しに出たが、古帝国城の全容を知り尽くしている彼らを見つけることは叶わず、二人は二日後の朝に、何ごともなかったかのように帰ってきた。
【わたしたちからは、しっかりと言質を取らなければならない。言質を取らなかった結果がコレだ】
こうしてクサーヴァーは言質を取ることに、注意を払うようになった。同時に自分は言質を取られないようにするようにもなった。




