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Eはここにある――【140】と【141】の間の話/1

 リリエンタールが用意するよう命じた蒸気機関車を乗っ取ったリトミシュル辺境伯爵と、フォルクヴァルツ選帝侯――と、部下たち。

 伴われた部下の九割は「いつものことだしなあ」と、とくに気にせず各自の持ち場についていた。


 強奪しておきながら、慣れとは怖ろしいものである。


 この特別編成蒸気機関車がどのようなものか? 事情を知っている部下の一人クサーヴァーは、


【………………】


 目を閉じて、椅子に体を投げ出して――もちろん顔色は悪い。


[…………]


 クサーヴァーと同じように、あまり顔色がよくないプラチドだが、彼はハイドリッヒに襲われ、目覚めたら発車した蒸気機関車に乗せられていた。

 意識を取り戻し客室を見回すと、分かり易いように用意されたであろう、ルース帝国を表す双頭の鷲の旗と、神聖帝国を表す双頭の鷲の旗が飾られていた。


【…………】


 そしてプラチドに強襲をかけた、リリエンタール直属諜報員の一人ハイドリッヒ――彼はフォルクヴァルツ選帝侯から依頼を受け、プラチドを攫ってきた。

 リリエンタールを裏切ったというわけではなく、フォルクヴァルツ選帝侯に「プラチドを(かどわ)かしてきてくれ」と頼まれ、難しい仕事ではなかったので引き受けた。

 リリエンタール直属の部下は、仕事を命じられていなければ、自らの裁量で他者からの依頼を引き受けてよいことになっているので、彼が仕事を引き受けたとしても何ら問題はない――もちろん失敗をして、危険に晒されても、リリエンタールは助けてはくれないが。


 簡単な仕事だと引き受けたハイドリッヒはあの二人が、ブリタニアス君主国行きの蒸気機関車を乗っ取ることを知らなかった。知っていたとしてもプラチドを攫ってくる依頼は、引き受けたが。


【………………】

[…………]

【…………】


 三人は「ハーゲンのやつ、いいなあ」――共産連邦の全権大使の死体を乗せ、共産連邦の首都近くへ向かったハーゲンが羨ましい(・・・・)なと、意見が一致していた。

 もちろん口に出したりはしなかったが。


 そして、帰国したハーゲンは、クサーヴァーから「この件」について聞くと、笑顔を浮かべて「あっち(死体運搬)で良かった」と――敵地に乗り込んだハーゲンだが、思っていたのとは違い、とても楽だった。


 なにより上官が無茶しないので――


 無口で考えていることが少し分かり辛いが、軍人らしく変わったことなど一切しないアイヒベルク伯爵と共に移動しているハーゲンとは反対に、よく喋るが考えていることが全く分からず、軍人らしいのに変わったことしかしないリトミシュル辺境伯爵と、これまたよく喋るが、自らの知性・教養の高さを考慮せずにまくし立てる未来の哲学皇帝、フォルクヴァルツ選帝侯と行動を共にしている彼ら(・・)


[ハイドリッヒ、念のために聞いておきたいんだが]

【なんだ? プラチド】

[俺を攫った理由は聞いているか?]

【聞いてない】

[だろうな]


 下手に興味を持ち、詳しく聞いてしまったが最後――ということは多々ある。聞かなくても、そうなることも多いが、進んで聞きたいということはない。


 そうしていると、クサーヴァーはリトミシュル辺境伯爵に呼ばれ、重い足を引きずりながら部屋を出ていった。


[……クサーヴァーは分かるが、俺たちはなんで?]


 プラチドが言う通り、クサーヴァーはリトミシュル辺境伯爵の部下なので、伴われてもおかしくはないが、ハイドリッヒとプラチドは所属が違う。

 ハイドリッヒに関しては、リリエンタールの命令でグリュンヴァルター公国の統治の他に、白海(黒海)とその沿岸沿いのオデッサ領を任されている神聖帝国の監査を任されている関係で、神聖帝国側の間諜と話すことは多く、事情によっては神聖帝国側と組むこともあるので、ハーゲンがいない現在、フォルクヴァルツ選帝侯に伴われても、不思議ではない……とは言い切ることはできないが、居てもおかしくはない。


 だが教皇領の金庫番のプラチドは違う。


【考えられるのは、これから教皇領に向かって、要人に会いたいからお前を連れて……無理があるな】


 プラチドの利点を挙げてはみたものの、


[無理しかねえよ]


 あの二人は教皇にすら会う伝手を持っているのだから、プラチドを伴う必要などない。


【なんだろうな……素直に聞いてみるか】

[聞いて後戻りできなくなるのは、嫌だなあ]

【そりゃな……あの人たち、俺たちの頼みの綱が断らないラインを見極めるのが、最高に上手いからな】

[かといって、聞かないで、あとで聞かされても変わらないんだけどな]

【まあな。…………どうする?】

[聞かないでおく]

【それも手だよな】


 二人は待機という名目で、事情を聞かないことに決めた。


**********


 他に属している実力ある若手を、勝手に伴った二人がやってきたのは、リリエンタールの読みどおり教皇領。


【そうだろうな】

【だと、思った!】

【じゃあ、猊下に会うとするか】

【猊下に面会許可を取ってくれ、プラチド】

[……………………]


 二人の対応を任せられているボナヴェントゥーラ枢機卿は、所要でアブスブルゴル帝国へ出かけていると聞いた二人は、笑顔でそう答えた――台詞から分かる通り、二人はボナヴェントゥーラ枢機卿が居ないと踏んで教皇領へやってきた。

 実はリリエンタールも「イヴァーノはレオポルト(アブスブルゴル皇帝)のところに行っているであろう」と思ったが、執事には言わなかった。


 ボナヴェントゥーラ枢機卿が出向いた理由は、アブスブルゴル帝国の皇女が執事におかしなことを仕掛けたのを、注意するため――皇女が「司祭(執事)」の名誉を損ねるような、おかしなことを、べらべらと話したりしないよう、教皇からの厳重注意――の書状をもって威圧しにいったのだ。


 執事は事実無根な女性問題を、教皇に知られるのを嫌う……というか、恥ずかしがる。さらにその対処に、昔馴染みたちが介入するも気恥ずかしくて、処理してくれた相手としばらく手紙やり取りすらしたがらない。

 身分の関係上、教皇や枢機卿らが介入してくれなければ、大問題になることは分かっているが「王宮の廊下で痴態晒していた皇女と、ありもしない既成事実」などということは、幼少期からの知り合いに知られたくはない……という感性の持ち主だった。


 リリエンタールはその辺りの感覚は分からないが、執事の性格は分かっているので「教皇(パパ)の命でイヴァーノが動いているであろう」とは言わなかった。

 もちろん執事も、そうなっているであろうことは「うっすら」とは分かっているが、恥ずかしくて仕方ないので目を背けている。

 対処に当たるボナヴェントゥーラ枢機卿も「取引を持ちかけることができるから、気にするな」と――この席で、他の重要案件を持ちかけたりできるので、ボナヴェントゥーラ枢機卿のフットワークは軽い。


 教皇領にボナヴェントゥーラ枢機卿が居ないのであれば、彼らが会おうとしている相手は唯一人――教皇メデュヘニアエス十二世。


【猊下への面会予約を取るのは、大変だろう。なあに、アウグストと観光してまわるから、気にするな】


 こんなことを行っているリトミシュル辺境伯爵だが、彼は叔父や従兄弟が聖職者であり、教皇庁に居る――当主として面会を申し込めば、すぐに叶う。フォルクヴァルツ選帝侯も同じ。


【アントンのヴィラで寛いでるから、気負わなくていいぞ】


 部下は「また、ヴュルテンベルク公(バイエラント大公)の所に行くんですか」と――ただ、これも珍しいことではないし、これもいつもどおりで許可を取っていない。


[…………]


 教皇庁の()の金庫番であるプラチドが、教皇との面会許可を取ろうとすると、一週間はかかる。

 もちろん「早い」部類なのだが、そうなると一週間、この二人にリリエンタールのヴィラを好き勝手させることになる。

 プラチドのせい(・・)ではないが――


 ただプラチドも分かっている。

 この二人は面会許可を取り付けるのに時間を掛けたいからこそ、プラチドを連れてきたのだと。


[一週間ほどかかりますが、宜しいでしょうか?]

【もちろん】


――教皇領で、なにをするつもりなのか…………


 自由に動き回られたくはないが、行動を制限する権限もない。

 なによりこの二人は、高貴な身分で多額の寄進を行っていることもあり、教皇庁にとっては善き信徒の括りに入っており、検邪聖省の修道士(異端審問官)も目こぼしするので、見張りを付けるのも難しい。


【じゃあな! プラチド】

【猊下との面会、頼んだぞ!】


 二人はそう言い、教皇領と他国の境にあるヴィラへと向かった。

 彼らについていくクサーヴァーはプラチドに振り返り「期待するな(・・・)」と口の動きで伝え――


[……俺がお前の立場でも、そう言うわ]


 同意し、教皇庁へと向かった。


【宜しいのですか?】


 プラチドとは反対方向へと向かった彼ら――ヴィラに到着してすぐに、クサーヴァーは、許可を取らずに使いまくっていいのか? とリトミシュル辺境伯爵に尋ねた。


【気にすることはない……といっても、気になるから尋ねたんだろうな。アントンには、わたしやアウグストの持ち物、何を使ってもいいと言っているぞ。勝手に我が家に泊まりに来ても構わないし、別荘も好きにしてくれと。ただ、アントンのほうが遙かに持ち家が多いから、こうなってるだけだ。アントンは各国の一等地と避暑地に大邸宅を所有しているからな。わたしやアウグストが単身で出歩くのは、あまりいい顔をされないので、お前たちを連れて歩くので、部屋数の確保が必要になるから、大邸宅に泊まる必要がある……というだけのことだ】


 話は分かったクサーヴァーだが、それでも「いいのか? いいんだろうけれど」という気持ちは消えなかった。


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