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邦領君主の回想と返答・4

 決闘騒ぎにより幼年学校は開校以来初の五日間休校となった。

 教皇から国に対して抗議文が送られてきたこと、そして抗議文の内容が事実であることが確認されたので、「将来のある生徒たちのために内密に」のような腐ったなれ合いで済ませるわけにはいかず、法務大臣をも兼任している軍務大臣リトミシュル辺境伯爵オスカーが陣頭指揮を執ることとなった。


 十代前半から半ばほどの少年の殆どは、検察官の取り調べにおどおどし、泣き出すものも稀ではなかった。

 軍に属している教官たちの取り調べはオスカー元帥が自ら行い、怒号となにかを殴る音が廊下まで響いていた。

 用事がありその廊下を通らなければならなかった同級生(ヘラクレス)は、怒号に腰が抜け這いながら廊下を進んでいるところをオスカー元帥の従卒を十五年務めているというベテランに発見され「流れ弾に当たってしまったのだね」と寮まで運んでもらった。

 オスカー元帥直々に取り調べるのは軍に属している教官と理事長、そして息子のヴィルヘルムと騒ぎの中心であるリリエンタール。

 フォルクヴァルツ選帝侯もだが、彼は当日に取り調べが終わっている。

 リリエンタールに殴られ振り回されたヘクトルだが、見た目ほど大怪我ではなく ―― もちろん長期入院と留年は免れないが、命に別状はないと寮の掲示板に張り出された。

 それ(・・)を見た生徒たちだが、喜んでも怒ってもリリエンタールの不興を買うような気がして、ほぼ全員が「あ、うん……」と、見なかったことにしたが、


【もっと大怪我だとおもっていたよ】


 カール・ハイドリッヒだけは畏れなく、リリエンタールに「意外と軽傷だったね」と尋ねた。


【素手で重傷を負わせようとおもったら、あんなに長引かせはせぬよ。人体急所に一撃入れればいいだけだ】

【そういうものなんだ。わたしはてっきり、撲殺しようとしているのかと】

【侯主、人間を素手で撲殺するのは無駄に労力が掛かるゆえ、愚か者のすることだ。素手で殺そうとおもうならば、さっさと首の骨を折ればいい】

【なるほど。決闘を見たのは初めてだったので、血や痙攣に驚いてしまったけれど……ふむ、勉強になったよ、オデッサ】

【あんなことが人の役に立つとは思わなかった】

【まあ、殺意がないのは分かっていたんだけどね】

【殺意……な】


 リリエンタールはカール・ハイドリッヒの言葉に口元緩めて微笑んだが、それは形だけで誰も微笑んでいるとは思えぬものだった。

 嘲りが含まれる冷笑のほうが、感情がこもっているだけ「まし」といったその表情。

 カール・ハイドリッヒも気付きはしたが、然りとて彼に笑わせる術はなかった。


 生徒たちの取り調べは続き ―― リリエンタールの虐めを見て見ぬ振りをしていたことを検察官の取り調べで答えた生徒たちの多くは、自らの行動を恥じ、礼拝堂へと赴き神父に告解する。

 自らの心の弱さや醜さを神父に懺悔するのは、珍しいことではないのだが、


【自ら処刑リストに名前を書き込みに行ってる】


 その神父こそがオスカー元帥直々に足を運ばせる報告書を出した人物だということを、誰も知らない。


【告解は決して人には教えないが、逆に言えば誰がなにを懺悔したのか分からないから、あいつ(神父)が何時、どう動くかも分からないってことだ】


 まっさきにオスカー元帥に取り調べられ、無罪放免を勝ち取ったフォルクヴァルツ選帝侯が、カール・ハイドリッヒの部屋へとやってきて、教えてくれた。


【どう動くか分からない?】

【あいつ、神父の皮を被った異端審問官】

【…………お、教えてくれて、ありがとう】


 カール・ハイドリッヒの神父の第一印象から今までは、非常に穏やかな人で、その後も変わることはなかったが。


カッヘルベルク(フォルクヴァルツ)、取り調べはどうだった?】

【楽しくチェスをしただけだ】


 朗らかにフォルクヴァルツ選帝侯は言い ―― 本当か嘘かを問うのは野暮だと、


【勝てた?】

【勝ってない。わたしに参謀は向いていないなと実感した】

【そっか。わたし、侯国一弱いって自負しているんだけど、勝負してくれないかな?】

【おお、いいぞ】


 チェス盤を取りだし ―― カール・ハイドリッヒは勝った。ただし何故勝ったか分からないほど翻弄されて。

 感覚としては完敗。

 そして先ほどの会話を思い出した。フォルクヴァルツ選帝侯は「勝ってない」と言ったことを ―― 彼は負けてはいないということに気づく。


【さすが邦領君主陛下、お目が高い】


 カール・ハイドリッヒが気づいたことに、気づいたフォルクヴァルツ選帝侯はウィンクをし、


【もう一戦してもらえる?】

【もちろん】


 対局時計をセットしなおし ―― カール・ハイドリッヒは在学中、何度もフォルクヴァルツ選帝侯とチェスを打ったが、一度として負ける(・・・)ことができなかった。



 カール・ハイドリッヒの取り調べは三日目で、最後の一人だった。

 物腰穏やかな二名 ―― 髪を撫でつけている方は検察官で、もう一人は補佐と説明された。その補佐は穏やかというよりは気弱そうで、更に細くて両サイドに髪の毛が残るだけ。


【形式的なものですので】

【命令なもので、お付き合いください】


 検察官に対し丁重な口調で、既に取り調べを終えた同級生たちから聞いた質問内容に、淀みなく答えた。


【……以上です】


 この件に関しては自分に恥じることはなく、回答を考える時間があったので、言葉に詰まることもなく。


【ありがとうございました】

【取り調べは以上です。ですが、ちょっと終わるには時間が早いので、雑談していただけませんか?】


 検察官が懐中時計を取りだし、そのように依頼してきた。

 その言葉を無邪気に信じるほどカール・ハイドリッヒは、裏の読めない男ではないが、探りから逃げ出すほど弱腰な君主でもない。


【雑談ですか? 構いませんが……何をお話すればよろしいのでしょうか?   】


 ”何をお話すればよろしいのでしょうか?”の後に”憲兵どの”と付けたくなったが、そこは飲み込み ―― 気弱そうな男が憲兵だと教えてくれたのは、ヴィルヘルムである。


 憲兵の尋問をも無事乗り越え、取り調べ最終日にあたる四日目、衆人の視線の中、リリエンタールとオスカー元帥が食堂で向かい合って座る。

 リリエンタールの取り調べだけが公開になった理由をカール・ハイドリッヒは知らない。ただ公開とはいえ、声が届くほど近くにいる生徒は、オスカー元帥の息子ヴィルヘルムだけ。

 周囲に護衛もいないところから、息子(ヴィルヘルム)父親(オスカー)の護衛をしているのだろうと皆は解釈したが、後々このことが話題になった際「あの場面でなにかあったら、親父(オスカー)より皇帝(アントン)選ぶぞ」と ―― 可哀想なものを見る眼差しを向けられた者が大勢いた。


 そんな息子の判断に気づいているであろうオスカー元帥と、意に介さないリリエンタール。

 二人に近づくことは許可されているので誰でも近づき、話し合いを聞けるのだが、とても近づく気持ちになれないものばかりだったのは、致し方のないことだった。

 長テーブルが並ぶ食堂。

 その中央にある長テーブルを挟み向かい合う。

 リリエンタールは頬杖をつき、ステンドグラスを眺め、対するオスカー元帥は、正面からリリエンタールをずっと見続け ―― 先に口を開いたのはオスカー元帥だった。

 食堂内にいる怖々とした見物人たち全員に聞かせることができるほどの声を出せるオスカー元帥だが、この時は全く聞くことができなかった。

 頬杖をついたままリリエンタールはオスカー元帥に視線を向け答えた。

 その答えを聞いたオスカー元帥はすぐに立ち上がり、生徒たちはすぐに道を空け ―― 休校五日目の朝食前に、教官の移動や処分が掲示板に張り出された。

 リリエンタールの虐めを増長させていた教官は憲兵に逮捕され軍事裁判に掛けられる運びとなり、寮監を含めた六名ほどが移動になり、全教官が戒告、理事長は懲戒。

 

 処分が張り出された午後には新たな理事長と、教官と寮監がやってきた。

 以前の教官たちは普通の軍人だったが、今度赴任してきた教官は戦争で名を挙げている、英雄の部類に入る有名人が含まれていた。

 だがそれに彼らが気づくのは翌日以降。

 本日はカイゼル髭の新理事長、


【わたしが理事長に再就任することになった、アルベルト・フォン・バルツァーだ】


 ヴィルヘルムの祖父バルツァー卿の登場に、若い生徒たちも驚きを隠せなかった。

 バルツァー卿は非常に有能な人物で、重要な役職を幾つも拝し、見事な結果を出してきた人物。

 また東部の国境を守るリトミシュル辺境伯爵でもあったことから分かるように、隣接しているルース帝国とは何度もやり合ってきた。

 ルース帝国嫌いを公言したことはないが、来歴からして好みそうではないことは、若い彼らでも分かっていた。

 また騒ぎが起こるのだろうか……と心配した者もいたが、そういった騒ぎは一切起こらなかった。

 かつて国軍をまとめあげていた退役元帥は、いまだ統率に長けており、また私心などは全く見せず ―― バルツァー卿に言わせれば、いくら老いても十歳そこそこの普通(・・)の子供に内心を見破られるほど耄碌はしていないし、そこまで衰えていたら息子(オスカー)から依頼などされないと。


【おれの従兄、以前理事長がいた時に幼年学校に通ってたんだけどさ……”お前バルツァー卿が理事じゃないときで、良かったな”って入学祝いの時に言われてさあ……】


 おそらくその時、従兄から厳しさの内容の片鱗を聞かされたと思われる同級生(ヘラクレス)の目は、若干光を失っている。


【わたしも家臣の息子がその時期で……”陛下、良かったです! あの辺境王は、邦領君主でも容赦しない恐れがありますので”と……理事長変更の手紙が届いたら、心配して様子を見に来そうではある】


 バルツァー卿は非常に厳しく、以前理事長を務めていたとき、厳しさで有名な古代国の王の名を取りレオニダスと呼ばれていたほど。


【お年を召したから、優しくなる……ってことはないかな】

【どうだろうねえ】


 同級生(ヘラクレス)とカール・ハイドリッヒの願いは虚しく、バルツァー卿は五年間と変わらず ―― 一ヶ月もしないうちに「レオニダスは老いてもレオニダスだ」と生徒たちは身を以て知った。

 だが生徒を指揮官として育てるという明確な目的と、兵士に何が必要なのかをしっかりと教える実践教育を行うため、学業は厳しくなったものの、幼年学校での生活そのものは楽しくなった。


 ちなみに、この理事長と教官交代劇をもっとも喜んだのはヴィルヘルム。

 祖父がやってきたことで、


【これで思う存分、遊べるな!】


 悪ふざけができると、フォルクヴァルツ選帝侯とリリエンタールの肩を抱いた ―― 一人は「そうだな!」と同意し、もう一人は無言のまま、虫けらを見るような眼差しを向けていた。


【ちょっと感情的になったりするんだね】


 少し離れていたカール・ハイドリッヒは「お前な……」というリリエンタールの視線を、優しく見守った。


 祖父の理事長就任を喜んだヴィルヘルム ―― 祖父が孫に甘いとは、誰も思わず、実際全く甘えは許さなかったのだが、前理事長のときとは変わって、本当に好き勝手にやり出した。


【浮かれているね】


 ノートもペンも教科書もなくならなくなったのだが「持ち歩くのが面倒だ」と言い放ち、補充せず以前と変わらず無手でやってきて、机に座るだけで授業を受けているリリエンタール。

 休み時間に「ここ、分からないんだよね」質問したカール・ハイドリッヒは、取り巻きたちとともに廊下を走り抜けるヴィルヘルムを見て呟いた。


【まあな。あれは強者相手に楽しむタイプだから、前の理事長ではつまらなかったのであろう。もう少し気概を見せれば良かったのだろうが】

【前の理事長ってバルツァー家の遠縁に入った人だったから、何も言えないよね】


 前の理事長はそれなりに武功をあげて、バルツァー一門の下っ端に属した人物で、ヴィルヘルムの行動に注意できるような精神を持ち合わせていなかった。


あれ(ヴィルヘルム)は、そういうのは本当に好まぬ。わたしもその気持ちは、分かるが】


 ヴィルヘルムが「リリエンタールへの嫌がらせを止めさせろ」と命じれば、前理事長は従ったが ―― ヴィルヘルムが求めているのはそういう人間(・・・・・・)ではなかった。

 なにより学内をしっかりと治められていないので、たとえリリエンタール以外の誰かがあの教官のストレス解消サンドバッグに選ばれ、前理事長が速やかに対処しなければ、今回と同じことが起こっていた。


【理事長も甘くすればいいのにね。そしたらヴィルヘルム、やる気を失うと思うんだけど】

【できない人だと分かっているからこそ、なのだろうな。ああ、そこのかけ算、間違っているぞ侯主。お前は足し引きはいいが、かけ算、割り算が苦手だな】

【あ、本当だ。教えてくれて、ありがとう】

【教えなければ、この問題自体を教えることができないからな】

【そうだね】


 三分ほど試行錯誤して、問題を解き、


【ありがとう、オデッサ】

【そうか】

【ところでオデッサ、夏休みはバルツァーとカッヘルベルク(フォルクヴァルツ)と一緒に、アバローブ大陸の領地に行くんだって?】


 鞄にノートを片付け、レターセットを取り出しながら尋ねた。


【……残念ながらな、その通りだ】


 リリエンタールは本当に感情の起伏がない男だが、全く無いわけではない。


【彼らのことだから、一緒に行こうが行くまいが、現地では会ってしまうものね】

【行くのはわたしが持つ領地ゆえ、入国拒否もできるが、拒めば拒むほど本気になるからな】

【ははは】

【そう言えばアウグストが侯主を誘ったそうだな】

【うん。本当に魅力的なお誘いだったんだけど、異父姉上(あねうえ)の結婚式があるからさ。弟としてまた君主として、これは外せない】

【それは一仕事だな】

【うん。一緒に行けないのは、本当に残念だけれど、土産話を楽しみにしているから】

【……土産になるような話になるかどうか】

【それで相談なんだけど、土産話を送るって婚約者に約束してもいいかな?】


 カール・ハイドリッヒは便箋を一枚机に乗せる。


【婚約者にアレ達の話を送りたいと? 正気か? 侯主】

【本気だよ。君たちとヘクトルの決闘とその顛末を書いて送ったら”もっと詳しく!”って二回ほど詳細を求める手紙が来たほど】

【…………変わった婚約者だな】

【まあね。外への憧れが強い子なんだ。幼いころから、修道院の寄宿舎で花嫁修業しているから、外の世界をあんまり知らなくてね。かく言うわたしも、一族たった一人状態で、安全な箱庭で生活しなくてならないから、よその大陸とか知らないから似たり寄ったりだけどさ】

【跡継ぎとして生まれたものの宿命だな。手紙は好きに書くといい】

【ありがとう。ところでオデッサは、婚約者殿下(アナスタシア)に手紙を送ったり……してないよね】

【送ってはおらんな】

【でも婚約者殿下(アナスタシア)からは、お手紙届いているよね】


 寮で暮らしているので、手紙の有無はすぐに分かる。

 また家族からの手紙と婚約者からの手紙は、封筒などが違い一目で分かるものなのだ。

 とくにリリエンタールの婚約者はアディフィン語とは違う文字を使っているので、更に目立つ。


【届いている】


 カール・ハイドリッヒは笑顔でペンと便箋をリリエンタールに差し出し、


【政略結婚なのは分かる。オデッサが婚約者殿下(アナスタシア)に全く興味を持てないことも分かる。……でもね、手紙が送られてきたら返すべきだよ。オデッサに婚約者殿下(アナスタシア)を幸せにしろと言っているんじゃない。でも不幸にすべきではない。それは君主の最低限の務めだよ】


 手紙を書くべきだと促した。


【婚約者から、手紙の返事がないのは不幸か?】

【不幸だろうね。なにより不安になるし。面倒だったら代書するよ。オデッサより字が下手……あ、御免。わたし、ルース語、まったく分からなかった】

【まめに婚約者と文通している君主の助言は聞くべきだな。便箋とペンを借りる。で、侯主のことを書いてもいいか?】

【うん。婚約者殿下(アナスタシア)と一緒に映した写真ある?】

【ない】

【せっかく写真を簡単に撮影できるのだから、映したほうがいいとおもうよ……修道院はカメラ持ち込み禁止で、婚約者の容姿が分からないわたしからしたら羨ましい限り。肖像画も贅沢品だから無理だしさ】

【人というのは、恵まれていると分からぬことが多いものだ。ただアナスタシアの写真は寮にあるので見るか?】

【見る! 美少女だって噂だから、楽しみだな】


 リリエンタールは思ってもいないのだが、今までの不実の詫びにと、手紙を速達で送る。


【まさか、夏期休暇が始まる前に返事がくるとは】


 思ってもみなかったアナスタシアの返信の速さに少々驚き、封を開け ―― ”夏期休暇の訪問、楽しみにしています”と書かれていた。

 その文章を読んだところで、リリエンタールがなにかを感じることはなかったが。


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