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新妻、キャンプに行く【前編】

前提

結婚式を終え、猊下とババア陛下さまをお見送り、キースと閣下の話し合いによる領地問題の決着がついたあとの休暇 ――


 家族でキャンプに来ました!

 冬、デニスに「恋人も一緒につれて家族でキャンプに行きたいな」と言ったので ―― 有言実行です。

 継母(かあさん)とカリナもいるので、設備が一切ない大自然にガチキャンプではなく、設備の整ったキャンプ場のコテージに三泊四日 ―― わたしと閣下はそのあと四日ほど泊まりますが、家族は三泊四日です。

 仕事とか学校とかあるからさ!

 わたしは国外軍事行動の代休中、閣下にいたっては現在公職についていないので時間は自由。

 大統領選挙はどうした?

 ああ出馬()して下さったよ。

 結婚式当日、式を終えてから中央公園に移動する途中、書類を選挙管理事務所に出してこられたとのこと。

 選挙管理事務所のほうでは、閣下がくるのを今か今かと待っていたので、書類を受け取ったとき、みんなから歓声が上がったらしい……って、その日わたしの結婚式に参加してくれた親戚のオスカーが翌日出勤したら、興奮気味に教えてもらったって。


 我が国の大統領選挙は選挙権のある人(規定額の税金を納めている二十五歳以上の男性のみ)による直接投票。

 ネットもなければテレビもない時代なので、顔を覚えてもらうためには、各地に出向いて演説するのが普通なのですが、閣下は「人々に顔を覚えさせるために出歩くのは性に合わぬ」ということで、選挙活動は新聞に「立候補した」ことを、顔写真とともに毎日載せるだけで終わり。

 各地の有権者のもとに足を運んで演説をしてはなさらないそうです。


 それで当選するの? 


 多分当選すると思います。

 中央公園で開いたパーティーには、大統領選に立候補していた五名も招待したんだ。その全員が、わたしのところに来て、政治家の基本動作「握手」をしながら、


「ありがとう、クローヴィス殿。ありがとう! これで我が国の将来は安泰だ! わたしは自分が完全敗北することを理解しているが、選挙活動を続けさせてもらう。そして投票日にはリリエンタール閣下に投票させてもらう! ありがとう!」


 そう言って去っていったんだ。

 投票は自分になさるべきではと思いましたが、でも五人とも「最後まで全力で戦う。でも閣下に投票する! ありがとう!」立候補した人がこの有様なので、他の人たちもきっと閣下に投票するんじゃないかなー。

 父さんは「閣下に投票させていただきます」って言ってた。

 閣下は「それは心強い。これで零票は免れた」とも。

 きっとこの会話、キース大将に聞かれたら


「なに言ってるんだ、ツェサレーヴィチ・アントン・シャフラノフ! お前が零票などあり得んだろう! わたしだって嫌々ながらお前に投票するんだからな!」


 お怒りになりながら、自らも投票することを暴露しちゃうと思う。

 ……うん、きっと閣下に投票すると思う。ルース皇太子に政治を任せるのは腹立たしいけど、閣下以上の人はいないことを、キース大将はよく知っているので。

 でもキース大将、閣下が大統領になったら、キース大将は副大統領に選出されて、二代目大統領ルートを走らされることになるのです……もちろん言いませんが。きっとわたしが伝えたとして、キース大将が色々動いても、閣下がそうすると仰っていらっしゃるので、それは揺るぎない未来でしょう。


「姉ちゃん。薪割りお願い」

「任せて」


 キャンプに大事な薪割りをわたしが担当。薪の百キロや二百キロくらい! もちろんそんなに割りませんけどね。


「誰が一番の大物を釣ってくるのかなあ」


 父さんとデニスと閣下、そしてジークムントは湖に釣りに行っております。

 キャンプでの食糧確保は男性の仕事だからねー。まあ、わたしもできるのですが、継母(かあさん)とカリナはわたしが守る! ということで。

 もちろん近くにアイヒベルク閣下と、


「どうでしょうね。人相手でしたら、閣下の圧勝ですが、魚などの生き物相手となると、いかな閣下でも絶対はありません……が、勝負事になるとあの人は全ての運を味方につけることができるのか! と言いたくなるような強さを発揮しますので」

「そうなんですか、ベルナルドさん」


 執事のベルナルドさんがいる。


 もちろんオディロンもいるので、お祈りは欠かさないよ!


 薪の準備を終えてから、カリナとベルナルドさんと乗馬を楽しむ。

 カリナ、最近乗馬に興味があるらしくて。

 カリナが乗っているのはポニーで、可愛い!


「はやく上手になって、姉ちゃんとかベルナルドさんみたいな馬に乗りたいなあ」

「ポニーに乗れるうちは、ポニーに乗っておくといいよ。姉さんみたいに、乗馬したいなと思ったときには、もうポニーに乗れない人もいるんだから」


 思い立った時にはすでに身長……というか足が長くて、ポニーはどうやっても乗れなかった。いや乗れるけど、ポニーが可哀想な感じになるから、止めたよ。

 可愛いんだけどなあ、ポニー。


「うん、分かった」

「乗れるようになったら、黄金の馬(アハルテケ)に乗ってみようね」

「楽しみ! 姉ちゃんみたいに格好良く乗れたらいいなあ」

「カリナなら乗れるよ!」

「ええ、カリナさまならば颯爽と乗りこなされることでしょう」


 広場を行き来していると、釣り竿と釣果を持った面々が戻ってきた ―― 閣下の釣り竿はジークムントが持ってますけどね。


「うわああ、すごい」


 釣果は上々 ―― 全員四匹以上、最多はジークムントでなんと九匹。


「意外な才能があったみたいです」


 にやにやしながら言ってるけど、実際才能あるんじゃない? 九匹も釣ってるし、どれも大きいし、一番大きいのはきっと十キロ越えだよこれ! そして全部サーモン!

 きゃっきゃしながらわたしがサーモンを捌きました。


「どうしたイヴ」

「この十キロ越えとおぼしきサーモンに、ぶすっと太い鉄串を刺して火で炙り、丸かじりしたいなと思ったのですが」


 そんな鉄串はなかった!


「……ふむ。ちょっと待て、イヴ」

「はい」


 他のサーモンやパーチの処理をしていると、


「これならば、そのサーモンにも負けないであろう」

「閣下……」


 閣下が立派な鉄串……ではなく、剣を持ってきて下さった。

 柄の装飾が双頭の鷲なんですけど!


「この人、こんなの捨てるほど持ってますから」


 ベルナルドさんが気にしないでください! と。


「この剣でしたら、そのサーモンの重量にも耐えられます」


 アイヒベルク閣下が、専門家(?)らしい意見を下さった。


「元気にかぶりついている姿を見せて欲しい」


 ……閣下のご期待に添うべく、サーモンを剣刺しにして焚き火の上の網に置いた。その上にはダッチオーブン。あらかじめ用意しておいた野菜と、釣ってきた魚を並べて塩胡椒とハーブを入れて吊す。

 パンは真ん中穴あきの、平たい黒パンを持参しているので大丈夫。


「良いにおいしてきたね、姉ちゃん」

「そうだなあ」

「姉ちゃん、そのおっきいサーモン、一口もらってもいい?」

「もちろん。半分くらい、いや全部食べたっていいんだぞ」


 似たようなサイズのサーモン、もう一匹あるからね!


「そんなに食べられないよ」


 うちの妹は小食だった。


「姉さん、絶対違うから」

「なにがだ? デニス」


◆◇◆◇◆◇◆


 思う存分(くし)焼きサーモンを食べました。

 カリナも数口かみついてきて、可愛かったー。わたしが食べている姿は、まさに「熊姉」だと思いますが!

 食べ終わったあと、釣ってきたジークムントに「美味しかったです!」と言ったら「食べきれるとは思わなかった」と言われたが、わたしはわたしの胃袋の容量を知っておりますので!

 食後、釣りにいった四名とベルナルドさんは椅子に腰掛け焚き火を囲み、ウィスキーの入ったグラス片手に語らっております。

 わたしたちはといいますと、さきに入浴を。


継母(かあさん)、サウナの準備できたよ」


 コテージには寒い国の定番設備、サウナも設置されている。


「カリナがアロマオイルをブレンドしたよ」

「あらあら、楽しみね」


 わたしは白樺の枝を束ねた(ヴィヒタ)ものを渡す。


「二人でゆっくり楽しんでね」

「うん!」


 お前は一緒ではないのか? うん……その、親に肌を晒せない状況になっているので。ほら、その……。最後の一線? は越えてないけど、それ以外は……。

 だから閣下と一緒にサウナに入る予定です!

 閣下はあんまりサウナ好きじゃないみたいだけどね。

 もともと北国出身じゃないし、南国にいた期間が長いので、サウナとは無縁の生活を送ってきた閣下ですから。

 でも、今日は一緒に楽しんでくれるそうです。

 楽しみだなあ! でもあまり無理はなさらないでください。

 でも楽しみだから、アロマオイルをブレンドする。どんな香りがいいかなあー。

 アロマオイルを調合して……手持ち無沙汰になったので、何ごとがあってもいいようにライフル銃の整備をする。

 大自然はなにがあるか分からないからね! 何ごとかがあった場合、戦うのはわたしの役目!


「イヴ、散歩しないか」

「よろこんで!」


 手にランタンを持った閣下に声をかけられた。

 もちろんですとも! と、腰に剣を佩きライフル銃を担いで外に出るとデニスと目が合った。

 デニスはサムズアップし ―― 意味は分からないが、わたしもサムズアップを返す。

 そして閣下と星空の下、肩を並べて釣りのときの話などを聞く。


「イヴはライセンスを持っているのだったな」

「はい」


 ロスカネフ王国……というより、大陸では釣りはライセンス制。

 もっともライセンスとはいっても千差万別で、国家資格で毎年更新しなくてはならない国もあれば、一日券とか一ヶ月券、半年券などのチケット制の国もある。後者のチケット制はチケット収入で川周辺の整備を行うものだ。

 ロスカネフは国家資格というほどではないが、チケット制でもない。

 八時間ほどの講習を受けて(期間は何日かかっても構わない)一年間ライセンスを得るか、八時間講習の後試験に合格して一生使えるライセンスを得るか、どちらでも選べる。

 だいたいは一生ものライセンスを希望して試験を受けて、落ちたのでしかたなく一年ライセンスって感じだけどね。

 デニスと父さん、そしてわたしは一生使えるライセンスを取っている。

 カリナも「取る!」と言っているので ―― 十五歳になったら取ろうね! カリナならきっと取れるよ!


「後日、二人きりで釣りにいこう」

「はい」


 閣下と釣りは楽しみなのですが……ただ、わたしは釣り糸を垂らして釣るよりも、浅瀬にいるサーモンに気配を消して近づき、ナイフを突き立てるほうが得意といいますか、そっちのほうが釣果優れてるというか……熊っぽいからしないけど。


 既婚者として、素手で魚は捕らない方向で!


 もちろん時と場合によっては、封印を解いて素手でやるけどさ!


「イネス殿についての話題になってな」


 黒い影のような少し背の高い草が生い茂るなか、足を進めていると ―― 誰ですかな? それは。イネス……


「イネス殿……あああ! 実母のことですか」


 母さん、忘れたわけじゃないよ! 「殿」が付いたので分かんなかっただけだから!


「そうだ。なかなか遣り手でパワフルな人だったのだな」

「え、ええ……そうでしたね」

「イヴから刺繍好きだと聞いていたので、大人しい女性かと思っていたのだが、よく考えたらイヴも刺繍を好むが闊達だものな」

実母(はは)とわたしを比べたら、わたしのほうが遙かに闊達ですが……たしかに遣り手と言えば遣り手だったかもしれません」


 わたしの実母はむっちりパワフルな人だった。

 体型がむっちりな! もっともむっちりとは言ったが、残っている服をいまわたしが見ると小柄である……聞くな!

 ありふれた中産階級の家に生まれた実母は、基礎学校から基幹学校へと進み、我が国唯一の四年制女学院大学へと進学した。

 これ「大学」と銘打っているが、授業内容は専門学校にちかい ―― 記憶が戻ったわたしからするとね。

 じっさいこの世界でも大学というよりは「花嫁学校」扱い。まあ花嫁学校としては最高峰だけど。

 女学院大学ではパーティーの種類別ヘアスタイルやメイクの仕方、ドレスや装飾品について、各種手紙の書き方とレターセットの選び方。

 (サンドバッグにキックしたりしない)カーテシーや(早食い・大食いなしの)テーブルマナーを学び、刺繍や編み物やパッチワークなどの、裕福なご夫人方が集まって、お茶を飲みながら楽しむ趣味ができるように教えてくれる。これらを淑女課程と呼ぶ。


 ほかに重要なのが帳簿の付け方など。

 女学院大学は中産階級の女子がメインなので、同じような中産階級、すなわち仕事をしている男性のところに嫁ぐわけだ。

 嫁ぎ先は自営業者も多く、その夫を支えるためにも帳簿に伝票、小切手の仕分け、嫁いだ先によっては物品管理などなど ―― これらは商業課程と呼ばれる。

 カーテシーや編み物などの淑女課程は全員問題なく修了するが、帳簿の付け方などになってくると、出来る者と出来ない者に分かれる。

 女学院大学は留年などはないので試験に合格しなくても卒業はできるが、商業修了証はもらえない。修了証は二枚持っているほうが見合いがくる……って実母(かあさん)が言ってた。


 余談というか説明する必要もないが、女学院大学に留年制度がないのは、女は若いうちに結婚すべきだという社会通念があり、学校の性質が花嫁学校なので、規定の年数で卒業させなくてはならないのだ。


 実母は淑女・商業どちらの課程も修了し ―― 見合いを組むおばさま方に、細かい希望を伝え、父さんと見合いして結婚した。


 母さんが出した希望は「独立したばかりの人」という、見合い市場ではマイナスな条件だった。

 見合いおばさまたちは、もっと良い見合い相手がいるわよと言ったが実母は、


「二人で仕事を大きくしたいと希望したと聞いた」

「はい。一から一緒にやっていきたかったそうです」


 ”女の自分は事務所を立ち上げることはできないから、立ち上げることができた男性を支えたい”と ―― 

 見合いおばさまたちは男を立てる女が大好きなので「その心意気買ったわ」と、若手で将来性があって人柄もよくて、実家も裕福な男を捜し、


「クローヴィス卿はまだ結婚するつもりはなかったそうだな」

「独立したばかりでしたから」


 おばさまたちのお眼鏡にかなった男性が父さんだった……そうな。

 父さんは無駄な苦労をかけさせたくはないと一度は断ったのだが、そういうところがますます見合いおばさまたちのお眼鏡にかなったようで、実母を全力で応援した。


「長年の顧客は見合いのときに得たと言っていたな」

「そうです。見合いを斡旋してくれるご夫人方は、それは顔が広いので、彼女たち一人一人に顧客を二人くらい捕まえてくださいと、実母(はは)が頼んだそうで」


 見合いおばさまたちのネットワークを使って新規顧客を開拓した……というわけです。こうして実母は父さんとの結婚にこぎ着け、事務所はすぐに軌道に乗り、実母は内助の功を発揮しまくり、結婚してすぐにわたしが生まれ、楽しく子育てをしながら、顧客を増やす……こんな感じのパワフルな人だったんですが、風邪であっさり死んじゃったんですよね。

 まあ今でも寂しい思いはあるが、実母の人生は誰に聞いても楽しそうで、当人が残した日記にも愚痴らしきものはほとんどないから、もう悲しいと思うことはない。


 思い出にある実母は、いつも満面の笑みを浮かべている。


「話を聞けば聞くほど、お会いしてみたかった」

「きっと実母も……びっくりしたと思います」


 実母と継母なら度胸そのものは継母のほうがあるからね。その継母でも閣下と結婚すると聞いたときは、意識を失いかけたからなあ。

 継母のほうが度胸があるのは、継母の前夫が弁護士で、事務所にたまにおっかない人が来ることがあったそうで、そういう客を間近で見ることが何度もあった継母は、度胸があるのですよ。


 ちなみに継母の最終学歴は女学院を二回卒業。

 なんじゃそりゃ? と思われそうだが、女学院というのは二年制で、淑女課程か商業課程かのいずれか一つしか学ぶことができない。そこで二回入学し、淑女課程と商業課程を修め ―― 女学院大学と同じように二つの修了証を取得したのだ。

 女学院しかない地方に住んでいる女性は、このパターンだ。

 女学院大学は首都に一つしかなく、女学院は地方都市に五つほど ―― 最初から女学院大学に進めばいいのでは? と思われそうだが、


 女が進学のために実家を離れて一人暮らしする


 などという概念が存在しないので無理なのだ。

 かろうじて花嫁学校である女学院と女学院大学進学者は自宅から通えない場合、親族の家から通うことが一般的だが、出来ることなら実家から通うのが良いとされている。

 若い娘の一人暮らしなんて以ての外ですし、下宿も受け入れてはくれない。

 もちろん女子学生寮なんかない。我が国で女子学生寮があるのは士官学校だけ。

 貴族の子女が通う王立学習院も、一応寮はあるけれど使用人付きだったりと……全てが終わってから色々と調べてみたところ寮というよりは、高級ホテルに近い。


 なんで全てが終わってから調べたんだよ! と突っ込まれそうだが、全てが終わるまで余裕がなかったんだよ! 忙しかったんだよ!


 話を戻して―― 就職すると女子寮は割合あるけど、働く女性と未婚の娘の扱い違うんで。

 継母は女学院のある地方都市の出身なので、地元の女学院を二回卒業したというわけ。


「夫人の情報網というのは、なかなか侮れないものでして。デニスが退役した女性士官を呼び戻す提案をした際、みながどこどこに住んでいるのかなどの、退役後の個人情報入手に使ったのが、継母たちの情報網なのです」


 ネットのない時代で、どうしてそんなにも情報が手に入るのか?

 謎で仕方ないのですがね!


「たしかにフランシスも、そういった筋から情報を仕入れているとは言っていたが、情報を集める部下たちは、自分たちの設定をしっかり組まないと、負けるといっていたな」

「……え? あ、ああー。奥さんのこととか、子供のこととか聞かれるんですね。奥さんに先立たれたと言えば紹介されますし、子供がどこの学校通っているのかと聞かれたら、親戚の子が通ってるですし、病気で通っていないとなると、いいお医者様がいるのよ……攻撃ですね」


 一斉攻撃がくるからなー。まあわたしですら父親と二人の母親の実家に兄弟の就職先と配偶者の実家、その子供の職業と配偶者の実家に、子供たちの進学先、ご近所さんもそのくらいは普通に覚えてるから、本職(?)であるおばさまたちにかかったら……。


「そうだ。フランシスはまあ、あの通りなので上手く躱せるが、息子のほうはまだ苦手らしい」


 根掘り葉掘りレベルが99999オーバーなおばさま方を相手するのは、相当な防御レベルを所持していないと……そしてさすが室長。


「室長が情報を抜き取るのが苦手な相手とかいるんですか?」

「キースは苦手らしいな」

「あー」

「だからこそ、軍の総司令官に相応しいと推挙した」

「? ああ、重要機密を知っている立場ですから、それを抜かれない人がいいってことですね」


 キース閣下は存在自体が防諜システムなんだな。すげー格好いい!


「そこが大きいな。キースはあの通りなのでな」


 あの通りって、どの通りなんでしょうかー。あれかな? ハニートラップに絶対ひっかからないからかな? ……うん、まあひっかからないよねー。むしろハニトラ要員が「好きになってしまいました」って秘密をべらべらしゃべり出しそう。


「わたしも苦手らしい。わたしとしては、あれに情報を全て持っていかれても困りはせぬのだが、わたしが所有している情報量は莫大で取捨選択が難しく、それに労力をかけるくらいなら、別の手段で情報を入手したほうが楽だと言われたことはある」


 さすが閣下ー。なんか、凄いー。

 って思ってたら、キスされた。


「ご家族がいるときはキスだけ、という約束は守るからな」

「……」


 守っていただいて嬉しいのですが、なんか照れるー!

 頬とか耳朶とか顎とか首に軽く、でも何度もキスされて……ふ、ふわああああ、どうしよう! どうもしないけど、どうしよ……っ!


「閣下! なにかおります! わたしの後ろに!」


 周囲にいる護衛じゃない。人の気配とは違う。

 がさりと草むらが動き ―― 何やつ! ……と思ったら、


「きゃんきゃん」

「……ん? 犬?」


 何故か知らんがこんな場所に子犬がいた。

 子犬といってもシェパードっぽいのでデカイけど……ランタンの明かりしかないから分かんないけど、これ昔うちで飼ってた犬・ラプィに似てる!


「お前どこから来たんだ? 聞いておきながらだが、答えてもらってもわたし分からないわ」

「ビュートに似ているな」

「ビュート?」


 わたしは拾った犬を足下に置き歩き出すと「飼い犬です」といった感じで付いてきた。まあここに置いて行くつもりはないので。


「ラピィとはイヴが飼っていた犬だったな」

「はい」


 わたしが三つの時に、近所からもらったシェパードの血が入っている犬で仲良く暮らしていたが、犬の寿命は人よりも短いのでわたしが十六の時に天国へと旅立った。

 その後は犬を飼っていない。

 カリナが「ラピィ以外の犬はいやー」と……カリナ、ラピィと仲良かったからなあ。


「ビュートというのはベルナルドの飼い犬でな。正確に言えばノーセロート王国王太子シャルルの忠臣だった犬だ」


 きゅんきゅん! 言いながらわたしの足に纏わり付く犬 ―― まっすぐ歩きなさい。人が足を下ろそうとするあたりに来ないの! いや、避けるけどさ!


「忠臣だった犬? ですか」

「ああ。ベルナルドが撃たれそうになった時、間に入って身を盾にし命と引き替えにベルナルドを救ったシェパード、それがビュートだった」

「……」

「随分とベルナルドに懐いていたそうだし、ベルナルドも可愛がっていたそうだ。その一件があってから、ベルナルドはどうも犬が苦手でな。あ、人間の狗はべつに嫌いではない」

「閣下……」


 その狗というのは、レオニードとかそういう類いですよねー! わたしはちょっとそっちはご遠慮いたしたいですー。


「そのオオカミは連れて帰るのであろう?」

「はい……そうしたいな……オオカミですか? これ」


 わたしはてっきり犬だと……いや、普通に考えたらオオカミだよな。こんな大自然のど真ん中にいるんだから。

 閣下はランタンをオオカミ? に近づけ、


「間違いなくオオカミだ。群れからはぐれたのであろうな」


 そのように仰った。

 そっか、オオカミかあ。


「邸で飼うのには問題ないぞ」

「よろしいのですか?」


 オオカミって飼育OKでしたっけ? いや閣下が問題ないとおっしゃっているのだから、問題ないのだろう。


「もちろんだ」


 良かったな! 子犬改め子オオカミ!


◆◇◆◇◆◇◆


 子オオカミを拾った翌朝 ――


「こんなところに犬がいる筈ないじゃないか、姉さん」


 カリナが子オオカミとじゃれているのを、眺めながら拾った経緯をデニスに説明したら、そのように言われた。

 ……うん、たしかに……こんな山中にいるとしたら、犬じゃなくてオオカミだ。

 デニスが言う通り。

 こんなところに子犬が一匹なんてあり得ない ―― 言い訳すると勘違いした原因は前世の記憶。

 わたしが住んでいたところはもうオオカミは滅亡していたので、山にオオカミがいるという考えがなかった。

 前世でもオオカミがいる地域に住んでいたなら、オオカミやコヨーテが脳裏を過ぎるかもしれないが。

 そういうことです、前世の記憶が戻った弊害なんです。

 自分がうっかりなことは否定しないが!


 カリナと遊んでいる子オオカミの側にはジークムント。

 間違ってカリナに噛みついたりしたら大変なので、目を光らせてくれているらしい。

 子オオカミですが昨晩のうちにジークムントが洗い、自分のベルトを切って首輪を作り、ロープを回してリード代わりに。

 嫌がるかと思ったけれど、子オオカミは首輪をつけられて喜んでいる。

 野生のプライドは何処行った!

 家畜化されたオオカミって、きっとこういう性格のオオカミだったんだろうなあ……。あと子オオカミの躾はジークムントがしてくれるそう。


「ちゃんと躾けますので」

「オオカミ、躾けたことあるのか?」

「調教師ほどとは言いませんが、犬を使う任務もありましたので、ある程度はできます」


 ―― とのこと。

 子オオカミはジークムントと同じく琥珀色の瞳で毛並みは灰色で、ジークムントがオオカミになったら、子オオカミみたいな感じじゃないかなーと思うような色彩。

 ジークムントに似ているので格好いいオオカミになることだろう。めっちゃ人懐っこいけど。

 

「姉ちゃん、この子の名前は?」


 子オオカミを抱っこしているカリナが可愛い。

 なぜわたしの妹は、こんなにも可愛いのだろう。


「カリナに付けてもらおうかなと思ってるんだけど」

「え? いいの」

「もちろん」


 カリナは子オオカミを撫でながらジョシュアと名付けた。


「閣下のお城で飼うから、たまに見にくるといいよ」

「姉さん、閣下のお城じゃなくて、閣下と姉さんの家だよ」

「……」


 デニスがなんか恥ずかしいことを言いだし……だし……うん、そうだな。


 子オオカミ(ジョシュア)を拾うというイレギュラーなことはありましたが、当初の予定通りみんなでハイキングに。

 事前にアイヒベルク閣下がルートの安全確認をしてくださった ―― 大将閣下にさせることなのかなーと思うのだが、アイヒベルク閣下当人は「信頼の証ですので」と笑顔で。

 うん分かる!

 わたしも尊敬する上官から信頼されて、ルートの下見や警備を任せられたら、張り切っちゃう!

 そうだね、閣下の信頼を感じられる仕事を階級云々で否定……でも大将閣下なんだけどなあ、皇子の息子なんだけどなあ。


「ジョシュア!」


 生まれたときから飼い犬でした! みたいな顔をしてはしゃぐジョシュアを連れ、少し離れた森へ。

 森林浴というか、鳥や虫の鳴き声に渓流の流れる音と、意外と煩い森の中を会話をしながら歩く。

 川縁には前日のうちに用意されていた椅子 ―― 朝露で濡れないようシートが被せられており、それをばぁ! と外し荷物を置いて腰を下ろす。

 わたしは座るほど疲れてはおりませんが。


「姉ちゃん! もう少し歩こうよ!」

「いいよ」

「わぉぉわぉぉぉ」


 わたしの妹も元気です。そしてジョシュア(子オオカミ)も元気。

 わたしとカリナは手を繋ぎ、ジョシュア(子オオカミ)を繋いだロープを握り、水音を聞きながら川沿いを歩く。

 ギムナジウムでの出来事 ―― わたしが在学していたのは十年以上前ですが、その頃と生徒たちは余り変わらないねえ。

 

「そうそう、姉ちゃん。みんなで、男の子が生まれるようにお守り作ってるんだよ」

「……そうなんだ」


 結婚したら子供……はこの時代では当たり前の考えですので、驚きはしない。親戚一同丈夫な子を産むんだよと、結婚式で早々に産着を渡したりするのもよくあること。


「内緒にしてるけれど、母さんも男の子用の服を作ってるの。一人目は男の子のほうが姉ちゃんの肩の重荷が下りるって」

「あー」


 結婚する前から心配をかけていたが、結婚後も親には心配をかけてしまっているようだ。

 閣下は気にしなくていいと仰って下さるし、両親にも説明して下さったが、それとこれは別だよなあ。


「でもさ、カリナは女の子のほうがいいなあ。女の子が生まれたら、カリナ、姉ちゃんがしてくれて嬉しかったことを、全部姪っ子にしてあげるんだ」

「カリナ……」

「できたら姉ちゃんそっくりの女の子がいいなあ」

「え? 姉ちゃんそっくり?」


 カリナの願い事はできるだけ叶えてあげたいのですが、わたしそっくりの女の子は……容姿はわたしにはどうすることもできないけれど、出来ることならわたし似ではなくて、初見で女の子と分かる子が……。


「わたしだけみんなの生まれた時の姿、見たことないんだよ! 父さんは姉ちゃん、母さんは兄ちゃんのこと知ってるのに!」

「あー。たしかに」


 子供の頃の写真なんてないから、わたしも生まれてすぐの自分の顔は分からないけれど……父さんと実母(かあさん)が言うには”生まれたときから、顔がしっかり、きりりとしていた”そうだ。

 取り上げてくれた産婆さんも”こんなきりっとした顔だちの子は初めてだ”……と。生まれた時から絶望的なまでに、きりっとした顔していたらしい。

 赤子って”ふにゃ”っとしているもんじゃないの? カリナはふにゃっとしていて、可愛らしかった。


「だから、姉ちゃんそっくりの子だったら、姉ちゃんも自分がどんな顔してたか分かるから楽しいと思うよ」

「判定は父さんにしてもらうのか」

「うん。父さんは喜ぶし、母さんも生まれた時の姉ちゃんを見たかったって言ってるからさ」


 わたしそっくりの子か……でもやっぱり男の子でお願いします。性別初見殺しはハードモードなんだよ、カリナ ―― 来た方向から吹く風に煙を感じて振り返ると焚き火が。


「何を焼くのかな?」

「ウィンナーじゃないか」

「外で焼いて食べるウィンナーって、なんか美味しいよね、姉ちゃん」

「不思議だよな」


 みんながいる所へと戻り、カリナにわたしが背負ってもってきたウォーターサーバーの水を ―― ただの樽なんですけれどね。もちろん水を運ぶためように作られた、三十リットル入る樽。

 山の水はまだ綺麗ですが、万が一ということが。わたしなら飲んでも平気(国外作戦行動にて実証済み)ですが、カリナや継母(かあさん)、父さんなんかは心配なんで。


「氷が入ってるお水美味しいけど、姉ちゃん重くなかった?」

「全然平気」


 比べてはいけないのだろうけれど、ウェディングドレスより遙かに軽い。


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